21.勝利の宴と私の戦場
久しぶりのグルメ回。
主人公はロマンが大好き。
「え~、アキラちゃん、もう『墓所』見てきたの~?」と、私はリズさんに先程の出来事を語った。溢れ出る呪い、それのせいで『魔力焼け』を起こした事。
近づく事さえ、ままならない。あとジェームス関連……。『お姫様抱っこ』の件で、リズさんがニヤニヤしている。大変に話し辛い。
色々と説明したが、リズさんは「なるほど~、そういう事なら私の魔法の出番ね~」と言う。そういえば、どんな魔法か知らなかった。
「今まで教えてくれなかった奴ですよね。……何の魔法なんですか?」
「そうね~、一言でいうと『封印』ね」
封印、封印ねぇ……あのドロドロとした呪いが果たして封印できるのか、と私は首を傾げた。
そうこうしている内に、外が騒がしくなっている。どうやら、ロシア軍と戦っていた遠征軍が帰ってきたようだ。
「あら、皆でお出迎えしましょ~」とリズさんが言う。そうだ、怪我人が居ないか無事に勝ったのか色々聞きたい事もある。もう、体の方も『魔力焼け』については問題ない様だ。皆を出迎えに行こう。
「とにかく、もうあの矢の威力のおかげで勝てたわい」
「いやいや、きちんと連携をさせた伝令役が一番の活躍ですぞ」
「とにかく、皆が協力したのが良かったのじゃろう。皆の者、無事で何よりじゃった」と、言うお爺さんの言葉で皆が叫び声をあげる。
良かった。とにかく、皆は無事のようだ。
「怪我をした人は居ませんか? こちらに薬がありまーす」と、私が皆に声を掛ける。私はともかく、占い師のお婆さんは、本職の薬学の知識がある。瀕死でなければ手当が出来るだろう。
何人かが矢で受けた傷や槍による裂傷など、様々な怪我をしていた。このくらいで済んで、本当に良かったと安心した。
「……しかし、せっかくの宴を開こうにも、この人数ではなぁ」と、大将の息子さんが言う。確かに、あちこちの部族の方達が、少なくとも千人単位で集まっている。この量の食事を、何とかするのは大変だ。
私は、お母さん達の集まりに行って「大量の料理を大皿に盛りつけて下さい。人数で分ける必要はありません。各自で取り分けて貰いましょう」と、提案した。
つまり、『ビュッフェ形式』での宴をやって貰おう、という訳だ。そもそも、この小さな村で器が足りる訳が無い。
「でも、それじゃあ、失礼にならない?」
「私が説得してみますよ」
なあに、あのクリルタイに比べたら、この位は問題とは言えない。
「ハーン様、今から宴の準備をします。料理は、まとめて大皿で出します。各自で取り分けるようにして下さい。でも皆さん、決して一人で取り過ぎないように」と、釘を刺すとあちこちから笑い声がする。
「お前、少し遠慮しろよ」とか、「好きな物だけ食えるのか」と言った反応だ。
良く見るとイスラム風の方もいる。同じ食事を出したら、却って問題になりそうだ。
「うむ、ようわかった。皆の衆、お互い同じ戦場で支えあった仲間じゃ。同じ皿の料理を隣人と分け合い、此度の戦勝を祝う宴とするぞ!」と、お爺さんの演説が始まった。……出来れば、演説は短めに抑えて下さいね。
そういう訳で、出来るだけ早く、大量の料理を用意する必要がある。とりあえず食材はジェームス達に、要塞から出来る限り持ってくるよう指示を出した。
ここで作るべき料理。それは『鍋』だ。清方面で買い漁っておいた、陶磁器が役に立つ事になる。
要塞には、それこそ場所も考えずに量だけを求めて食材を買い漁ったため、どうにでもなる。後は、羊を数十頭潰し、リブなどを焼いて切り分けてやれば即席の料理の出来上がりだ。ついでに胡椒も用意済。
そうやって、前菜で時間稼ぎをしている間に時間のかかる料理を準備するのだ。
『鍋』の良い所はダシさえ用意すれば、何種類でも料理を用意できる事だ。
幸いアラブ地方の料理については、味付けをロンドンの屋台で勉強していた。香辛料の使い方も、昔に比べれば上達している。
ここは、私にとっての『戦場』なのだ。いざ、参る!
とにかく、急いで下ごしらえを済ます。煮るだけなので、火の通りや分量を考えてサイズを揃えなくても良い。あちこちから女性陣をサポートに付けてもらい、食材を切って貰う。
およそ三千人近く相手に『鍋』を用意するのであれば、幾らあっても足りないはずだ。
ダシに関しては急ぎで大量の料理を作るため、あまり煮込んでいる時間はない。
清で買い漁った椎茸の乾物も併用し、戻し汁をダシとして使う事にした。干し帆立もあればよかったが、さすがに見つからなかった。
ゲルの方でも、皆が大忙しで料理を進めている。もしかしたら、私にとって今までで一番ハードな一日になるかもしれない。ジェームスとサンダースさんも、こちらで作業を手伝わせる。
……とにかく今は、手を動かす事だ。
まあ、途中で料理が足りなくなったり、習慣の違いでのトラブル等もあったが、皆の協力で何とかした。
『鍋』の評判については、寒い砂漠の夜である。暖かい食べ物に舌鼓を打っていた。皆が美味しそうに食べては、お替りを繰り返していた。
あちこちに移動し、様々な種類の『鍋』を食べ比べした者も少なくなかったようだ。
……その結果、約三千人と思しき欠食児童、もといおっさん共の腹を満たすのには、三時間掛かった。
古来からの伝統で戦の前には、あまり食べ物を口にしないそうだ。そりゃお腹も減るだろう。
「お嬢、手間を掛けたな。わし等だけでは、とても間に合わんかった」と、お爺さんが言ってくれた。
お粗末様でした。……いや、本当に疲れたわ、これ。
という事でお爺さんが締めの挨拶を行い、互いの部族でこれからも協力する事を誓い合い、宴は終わった。いや、要塞の食材の半分近くを消費したなぁ。凄い食べっぷりだと、感心した。
「アキラちゃん、ありがとうね。おかげで助かったわ」と、お母さんからのお礼と同時に、頭を撫でられた。……何というか、どうにも頭が上がらない人が増えていく。
「それにしても賑やかだね~。あ、あそこの人達まだ食べてる~」と、リズさんも結構ビュッフェ形式を説明して、理解してもらうのに苦労したとの事。
やっぱり、食べ切れない程に料理を取る人や料理の仕方を聞く人も居たらしい。最終的にグレッグさんが見張り役として、そういう人を注意すると言う形で収まったという。
それも含めて、これぞ『異文化コミュニケーション』と、言う感じである。
結果論にはなるが、もしかしたら今回の部族の人達との交流によって、シルクロードの復活に現実味が出た気がする。古来より、胃袋を掴むのは基本と言うのは万国共通である。今日の宴で食べた料理を作りたい、と言う人も多かろう。
損して得取れとは、よく言ったものである。これで、この村からの交易品が決まりそうだ。上手くすれば我が商会の赤字が補填できるかも、と私は皮算用をする。
商売的に、香辛料に家畜、乾物に米……食べ物類というのは、けっして儲けが出る商品ではない。だが、常に備蓄しておいて、直ぐに出せる様にしないといけない類の物になる。
お爺さん達と、その辺りを詰めていけば、建国はともかく、もう少し他国との交流が深まるはずだ。いずれは、東西を結ぶ交易路として、この村が栄える事も可能になるだろう。
さて、いよいよ『呪いの魔道具』攻略を始める頃合いか、と考える。あれさえ何とかなれば、この寂れた遊牧民の村にも未来が見える。
豊かで賑やかな、何処までも平原が続く街。馬やラクダなどを連れた商隊が列を作り、食料や水を求める人々で行きかうシルクロードの中継基地だ。
此処にそんな光景を作ってみたい、と私は心に誓うのだった。
「えっ、3,000人を3時間で?」「できらぁ!!」という奴ですね。
非常に王道である。料理マンガ的に。
「主人公が戦場で活躍できない」と言う縛りがある以上、その他の見どころと言う話になります。
生産したり、料理をしたりと言うのがメインになる訳です。戦闘は……その内ですね。