20.アイツは私の何なのさ
強いて言うなら、女子回。
「なあ、『墓所』を見に行かないか?」ジェームスが言い出したのは、皆が出陣してから3日後。やる事が無くて、とりあえず族長もとい大ハーンのゲルで、ダラダラしていた時の事。
お爺さんは水たばこを吸いながら寛いでいるし、私も手持ちの作業が無くなってしまい、マジックバックの大掃除でもするしかないと考えていた。
流石のジェームスも、未知の魔道具を前にして何も出来ないのはどうなのか?と、考えたとしても当然だろう。確かに策を練る前の事前調査を、と言う訳で『墓所』の近くで観察を行う事になった。
「……そうじゃな、別に近づくだけなら問題なかろう」と、お爺さんは言った。
どう考えても皆が戻ってくるのは数日後。出来る事があるならやってしまおう。
三人でゲルを出て、砂漠へと歩いていく。「ねえ、お爺さん。『墓所』って遠いんですか?」
準備も何もしていないが、砂漠を歩いて大丈夫なのか。最初に訪れた時のトラウマで、砂漠を歩くのには若干の抵抗があった。
「……そんなに遠くは無いぞ。前にお嬢と話しておった岩から、少し離れてはおるが」
ならばよかろうと、三人並んで歩いていく。午前中だし、日差しもまだ大した事は無い。お散歩気分でいいかと思う。
とにかく暇でなければ何でも良い、と言う感じだ。
そうして三十分程度歩いた所に、こじんまりとした祠があった。高さは三m位。恐らく墓本体は地下にあるのだろう。この祠はその入り口という事になる。
ただ、何と言うか微妙に違和感を感じる。良く身に覚えにある感覚だ。……分かった、これ『門』と同じ雰囲気なんだ、と思った。不気味で実体が在るのか分からない感覚。
ただ『門』と異なるのは、その独特な『粘着感』だ。ドロドロとした纏わりつくような気持ち悪さ、と言ったら良いのか。二人は感じないのだろうか?
そう思って聞いてみたが、「ああ、確かに似ている。丁度『魔法』が発動した時の感覚にも近いかな?」とジェームスの感想。やはり、この下に『呪いの魔道具』があるのは確定なのだろう。
お爺さんが指をさす方向を見ると、様々な装飾が入った扉があった。……先程よりもずっと濃い『粘着感』を感じる。扉の隙間から流れ出るような感じがして、不気味な感覚が体を包む。まるで、祠の周りにどす黒い霧が渦巻いているようだ。
「店長、顔色が悪いが大丈夫か?」とジェームスが声を掛けてきた。
何だろう、少し脂汗が出ているようだ。確かに、これは『呪い』なのだろう。頭から血の気が引くような感じがする。
「……ん。大丈夫、だと思う」今の所、そこまで酷い気分ではない。
気を取り直して、扉部分をお爺さんとジェームスが調べている。私は、後ろから見ているだけだ。
二人のやり取りからして、扉を開ける方法や装飾の意味を質問しているらしい。随分と熱心だ。私には分からないが魔道具師にとって、それらの意味や年代から推測できる事もあるのだろう、と眺めていた。
ふと、体の力が抜けていったように感じたのは、それから小一時間の事。またか、と思いながら倒れこむ。どさっ、と言う音に気が付いた二人が慌てている。こちらは体が動かない。
「まずいっ、爺さん。急いで戻るぞ!」ジェームスは私を抱え込み、走り始めた。
ぼんやりとした意識の中で、ジェームスの声が聞こえる。凄く近い。見上げると、いつもとは違う慌てたジェームスが見えた。
ジェームスの体の熱を感じる。細身だと思っていたのに、随分とガッチリしているな、とか考えていた。不意に、はっきりとした意識が戻って、状況を把握した。私、抱えられてる……。
あ、これ所謂『お姫様抱っこ』じゃないか、と気付くのに時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっとジェームス。だ、大丈夫だから。降ろして」という、私の声は届かなかった。
「駄目だ、急いで戻る。『魔力焼け』の症状だ」
確か、濃い魔力に触れた際に掛かる症状だ。特に普段『魔法』を使わない人が掛かると聞く。そういえば、私普段から『魔法』に触れて居なかった、と気付く。
魔道具を作るのはジェームスで、私は後ろで見ているだけだった。『魔導石』には良く触れているが、あれは『魔法』ではないのだ。
そんな事を考えていると、突然放り出された。此処は元のゲルだ。傍にお母さんが居た。
「頼む、店長を見てやってくれ。起きそうになったら止めてくれ。暫くは動かさないように」と、お母さんに指示をする。『魔力焼け』ってそんなに重いの? と思った。
「……ジェームス君、心配そうだったわよ。何したの?」
「さぁ……」
「ジェームス君は、アキラちゃんの事、大事にしているのね」
……ジェームスと初めて会った時すぐ、「別にお礼なんて必要ないから。好きな時に出ていきな」と、言った事がある。
「いや……好きで此処に居るだけだ。気にするな」と、言われただけ。それからアイツとは腐れ縁。いつの間にかアイツが傍に居るのは当然だ、と思ってたけど……。
「ねぇ、お母さん。アイツは、ジェームスは何で此処に居るのかな? ……魔道具のため? それとも私が巻き込んだだけ……かな?」
言った自分でも良く分からない。答えなんて帰ってこないと思っていたけど、「アキラちゃんの事、好きなんでしょ」と、さも当然のように言われた。
いやいやいや、それは無い。ほら雇用主と従業員と言うか、そういう……。
そもそもアイツは『クズ』なのだ。女の敵だ。それに、私に向かって良く「色気が無い」と言ってくる。
どちらにせよ、そういう関係ではない、と言おうとして気が付いた。そういえば、アイツの事を『クズ』だと言ったのは過去の経緯を聞いたからで……。
その後、そういう事をしたと、見た事も聞いた事も無かったっけ? 最初から決めつけていたから、気が付かなかったけど……。
なんで、アイツは私と一緒に居るんだろうか。やっぱり分からない。私は横になりながら、そんな事を考えていた……。いや、分からない振りをしているだけだ。
……大体、『お姫様抱っこ』されただけで、その気になるなんてチョロ過ぎると心の中で呟いた。
とにかく、ジェームスの癖に生意気だ、と思っておこう。何故に、アイツのせいで私が悩まなければならんのか。と言うか、昔の少女漫画か……やっぱ駄目だろう、それは。
思えば男に関わっていて、いつも碌な事が無い……。そんな自分が、唯一心を許せる奴。一緒に馬鹿な事が出来る奴、というのはジェームスだけだ。誰も知っている人が居ないこの世界で、アイツを拾った。最初はなんてダメな奴だ、と思っていたけど。
色々と助けられて。いつも一緒に居て。結構頼りがいがあって。そうして、今はアイツが居ない生活が想像できない。……そんな関係。それに名前を付けるなら。
『好き』なんだろうか、と頭を抱える。どうやっても、自分らしくない。何だか、気持ちが悪い。
ふぅ、とため息をつきながら頭の中でぐるぐると、とめどもなく考えても纏まらない。
そこに突然「ラヴだわ~!ラヴの気配がするわっ!!」と、大声を聞いてびくっ、とする。リズさんだった。「ラブ?」と、反射的に聞いてしまったが「違うわ~、ラヴよっ!」と返された。なんだそれ。
気が付けば、占い師のお婆さんも一緒だ。どうやら清との戦いは、終わったらしい。だが、何だこの展開。
「ふふふ、アキラちゃ~ん。貴方、恋をしているわね!」と、唐突に話し始めるリズさん。
「何の事?」と聞いたが、まともな返事はない。「女子会よ、女子会をするわよ~」と、言い出した。なんで?と、思ったがよく見ると、確かに女性しかいない。
お母さん、リズさん。お婆ちゃんだ。平均年齢が恐ろしく高い事を除けば、確かに女子会かもしれない。
「という訳で~、さあアキラちゃ~ん。ぶちまけてしまいなさ~い。思い切って話してみなさ~い。キリキリと白状しなさ~い」待て、最後のは拷問じゃないか。
「……リズさんは、『気が付けば、一緒に居るのが当たり前の人』って、どう思います?」思い切って聞いてみる。もう誰の事か、言っているのも同然だけど。
「そうね。そんな人、何処にでもいるわ~」と意外な一言。
「問題はね~、その人と居て楽しいかって事よ。アキラちゃ~ん」ふむ、分かりやすい。
……まあ、そういう意味でいえば、そうなのだろう。これまでの騒々しくも、賑やかな毎日。そうして、ずっと一緒に居たのなら、そうかもしれない。
だが、リズさんは「だから、ズバッと、一発ヤッチャえばいいのよ~」と、恐ろしい事を言う。
「そういうのじゃありません! なんというか、パートナー?」ほろりと言葉が出た。
男と女の関係じゃない、だけど仕事の関係という訳でもない。どっちつかずで、いい加減で適当だ。
……だけど、何だかしっくりと来る。
「ふぁっふぁっふぁ、なんじゃ、分かっておるではないか」と、お婆さんが言う。
「そうねぇ、アキラちゃんには、まだ『身を焦がすような恋』と言うのは、無理そうね」と笑うお母さん。
……何だか馬鹿にされたような気もするが、挑発には乗りません。アイツと私の関係はパートナー、背中を預ける事が出来る奴、これ位でいいのかもしれない。
とりあえず、ジェームスの存在感がでかくなってきたので、恋愛要素を増やしてみました。
リアル的には、こんなもんでしょう。いや、違うかも……。自信が無くなって来た。
とりあえず、ジェームスの癖に生意気だ、という事で。
世間的には、異世界恋愛が流行っていますが、恋愛相手とどんな関係を築いているのか、その経緯は?というスタンスで進めていきます。もちろん、テンプレにする訳が無いのですが。
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