18.クリルタイ 偉大なる大帝国の再興を
クリルタイは始まった。……黙っていれば、楽しい宴会や催し物。相撲での腕比べに弓の競い合い。
此処だけ見ていると、これから国の一大事を話し合うとは思えない。
だが、もう時間は無い……。どうやって説得すればいいのか。私が事実を言っても信用しないだろう。……私は、これ程までに自分が無力だとは思わなかった。
今まで誰でも言葉を尽くして説得したり、話し合ったりして協力する事が出来た。でも、今は何をしたらいいのか全く分からない。
そうしている間にも時間は過ぎていく。各村の部族長や村人たちが、集会場に集まりだした。
私と各メンバーは、お爺さんの後ろに座る事になった。他の反ロシアの部族からきた使者の方が、私の隣になった。
私が一礼すると、相手も挨拶を返す。だが「……こんな事をしても」と、小声で呟くのを聞いてしまった。もし、この会議の結果次第では他の部族も協力しないだろう。
何とかしないと……と気ばかり焦る。
やがて、族長会議が始まった。だが、誰も纏めようともしない……。好き好きに自分の都合を押し付けるばかりだ。
……こんな事で、協力など出来る訳が無かった。私に出来る事があるか、と他のメンバーを見た。皆黙っている。どうやら、皆も同じ事を考えているようだった。
とにかく、部族長から部外者が居る事を見つけ、繰り返し文句ばかりを言うのだった。特に何も考えず、自分達の利益のみを語り合う、この会議に居るとウンザリしてしまう。
だが、此処で諦めたら、あの村が消える。……皆、死んでしまうのだ。それだけは避けたかった。
「……我々は協力して、敵を撃退するしかないんじゃ。降伏しても、死ぬだけだと分からんのか!」と、お爺さんは大声で叫ぶ。
だが、部族長達は身勝手だ。「ロシアには長年付き合いがある。ウチだけでも降伏したい」とか、「どうせ隠居するだけで、そのまま生きる事だって出来る」とか、思うままに好き勝手を言い続ける。
私は我慢出来なくなって、口をはさんだ。
「皆さんが思っているより、大国は甘くありません。何処もこの場所を狙っているんです! 降伏したって、すぐに殺されるんです! 諦めないで協力してくださいっ!」
私は、思っている事をぶちまける。
だが、会議の前にお爺さんから『魔導石』の事や『墓所』の事を言わない様に、と口止めされている。それだけは言ってはいけない。もどかしい。全部話せれば良いのに……。
その後も、会議は続く。だが、建設的な意見が出る様子はまったく無い……。
「ウチみたいな小さな部族が逆らったって、却って怒らせるばかりだ。降伏すれば生きていける」
「違うんじゃ……。今は、お互いに争っている場合ではない。清もロシアも、ここを狙っておる。協力せねばならんのだ」と、お爺さんが説得する。
だが、皆はそれにも文句をつける。
「お前さんは、確かに族長かも知れん。……だがな、皆がお前さんに従うとは言って居らん。今さら、偉そうにしないでもらえるか!」
「何なんですか? 同じ仲間、同じ部族なんでしょう? 何で、皆そんな事を……今争っても、意味が無いじゃないですか!」。
何で……皆でそんな事ばかり言うのか。まったく分からなかった。
「皆さん、諦めないで下さい! ……協力しないと、駄目なんですっ!」
「戦う手段は私達が教えます! 今、立ち上がらないと皆死んじゃうんですっ!」
私は続けて叫んだ。これは、もう説得ではない。……だが、思いを口に出しても何も伝わらない。
部族長は各々、好き勝手に意見を言い合うばかり。
「戦うというても、わし等にそんな事が出来る訳が無い……」
「どうせ、清かロシアに攻められるんだ。その前に良い条件を出してもらい、頭を下げればえぇ」
「わし等の中には、ロシアと交易する者もおる……。戦ったら生活できん者もおる」
私は、大きな声で説得を続けた。
「諦めないで下さい! 私達が、皆が、助けます! 守って見せます……だから、だから……お願いします!」祈るような気持ちで声を掛け続けた。
そして私は頭を下げて、その場で土下座をした。
……もう、私にはこれ位しか出来る事が無い。
地面に額を押し当てて、必死に頼む。
「お願いします、お願い……協力して……助けて」と、絞り上げる様に、私は最後の抵抗を続ける。
ひたすら「お願いします」を繰り返した。
お爺さんが私を止めようと肩を掴んだが、私は動こうとしなかった。
お爺さんは「……ううむ」と考えたまま、黙ってしまった……。
しかし、その行動は……部族長達には伝わらなかった。やんわりと拒絶されたのだ。それは、穏やかで話の通じそうな老人だった。
「……お嬢さんや、よそ者のアンタが、何故そこ迄するかは知らぬ。だがな……我々にも都合があるのだ」と、言う返答は皆も同じだったのだろう。
次々に否定の声が上がる。
ある者は言う。「口では何とでも言える。……そちらの都合で、我々を指図するというのか」
怒鳴る人も居る。「ふん……。そんな事を、よそ者に言われる筋合いなど無いわっ!!」
疲れたように「……別に今と同じように生きて行けば良かろう、命をかける必要などない」と言う者も。
「我々は、戦った事など無い……。無理して全員が死んでしまったら、残った者はどうする?」と、諦めている人もいる。
そうして皆が、一通り思った事を言い合った後、誰も口を開かなかった……。まるで、その場に誰も居ない様に沈黙が続く。私は顔を上げた。
……この沈黙が怖い。どうすればいいのか分からない。私に出来る事なんてなかった。……よそ者の私達が何を言っても、仕方がなかったのか。
どうしよう、もう皆は諦めてしまったのだろうか。失敗したのか。駄目だ、私にはもう何もできない。
その後も、長い沈黙は続いた気がする。誰も、何も言わなかった……。
だが、暫くして……隣で誰かが動いた。私は暫くそれに気づかなかった。気が付いて、そちらを振り向き、誰なのかを確認した。
お爺さんだった。彼は諦め、さっきまで悩み続けて考え込むだけで何も行動しなかったのだ。
だが、今のお爺さんは族長としてハーンの名を継ぐ者として、威厳のある顔を向けている。ゆっくりと立ち上がった。私は、その顔を良く見た。……それは、迷いのない晴れやかな顔だった。
老人は大きく拳を振り上げて、張りのある声で威厳を持って語り始める。
……さっきまでとは別人だった。彼は今はじめて、これまで代々と継承されてきた、本当の偉大なる大ハーンになったのだ。
そして、偉大なる大ハーンは、大声でゆっくりと語り始める。
「我が同胞よ、偉大なる大ハーン様の名を知る者達よ。聞け、我々は異人に国を奪われ、寒く貧しい大地へと追いやられた」
皆が、その姿に振り返った。
彼は言った。「……広き大地を駆け抜ける者達よ。お前達に名誉はあるか? 父祖の前で『私はこれ迄、立派に戦った』と、胸を張る事が出来るか? 子らの目を見て『私の様に生きよ』と、誇る事が出来るか?」
彼は部族長にではなく、皆に語り告げる。皆は、一心にその言葉を聞き始めた。
「我が同胞よ、お前達は、偉大なる大ハーン様の名を、呼べるだけの生き方をしているかっ!!」
皆がざわめく。自分達に向けて語られるその言葉に、我々はどうすべきなのか。
そんな声が……皆があちこちで、小声で話し始めた。
老人は語り続ける。「我が名、『ダルイム・ハーン』の名において命ずる。敵に我らが偉大なる帝国の名を思い出させよ! 弓を持ち、敵を打ち滅ぼせ!」
皆はもう、彼の言葉に聞き入っている。
そして、目の前にいる偉大なる大ハーンは、皆に大声で呼びかけ、語り続けた。
「我らは此処に『偉大なる大ハーンの帝国』を再興する。立て、我らが名誉を思い出した者達よ! 声を上げよ! 我らが誇りある言葉を!」と。
そして『ヤーラ!』『ヤーラ!』『ヤーラ!』と、大きく叫んだ。
頼む。お願いだからこの声に応えて、と私は祈り続ける。
何処かからか『ヤーラ!』と、呼ぶ声がした。一人、また一人と『ヤーラ!』と叫び、立ち上がる。
やがて『ヤーラ!』『ヤーラ!』と、自らの部族を称える叫び『ヤーラ!』の声は広がっていく。
もう、座っている者は居ない。皆が遅れまいと、拳を振り上げて叫びだす。戦いを避け、文句を言っていた部族長でさえも立ち上がった。
……皆が叫ぶのだ『ヤーラ! ヤーラ! ヤーラ!』と。
誰しもが、新たな偉大なる大ハーンを称え、拳を振り上げて叫ぶのだった。
『ヤーラ! ヤーラ! ヤーラ!』と。
……もう、臆病者達は居ない。名誉も無く彷徨う者も居ない。此処には『偉大なる大ハーン』の名を呼ぶ、勇ましい戦士しかいなかった。
あの老人は、やり遂げた……。かつての帝国を『遊牧民の人々の誇り』を、今思い出させたのだ。
「私達がする事なんか、何もなかったね。きっと、皆で立ち向かおうって誰かが思った時には、こうなる運命だったんだよね」と、私は独り言を呟いた。
『……いや、そうではない。お前が、お前の行動があの臆病な老人を勇気付けた。……お前が諦めなかったから、この運命が生まれたのだ』と、団長が答えた。
……そうか、よかった。私のやった事は……無駄じゃなかったのだ。
もう彼らは、敗残者ではない。強敵に立ち向かう、屈強な戦士達なのだ。……私達に出来る事、それは、彼らを戦場に連れて行くだけ。後は何も……私達がする事は、何も必要ないのだ。
「……無事、決まったようですな」と、使いの人が呟いた。
「彼らが立ち上がったなら、大丈夫だ。私も皆に伝えよう。彼の、大ハーンの言葉を……そうだ、お嬢さん。一つ良いかな?」
「あ、はい……。何でしょうか?」
「何か良い掛け声を、考えて貰えぬか。……我らが団結できるような、そんな言葉を」
私は少し考える……そうだ、いい言葉がある。
「そうですね『くたばれ、ロシアのイワン共!』っていうのは、どうですか?」と、私が大声で返事をすると、皆が笑った。
『そうだ!』『くたばれ、ロシアのイワン共!』『やってやるさ!』彼方此方から色々な掛け声が続く。
使いの人も大笑いだ。
「ははは、それは良い。そう皆にも伝えましょう。『くたばれ、ロシアのイワン共!』か。では、これにて」と、使いの人は去っていく。
そうだ、これから我々も、彼らと一緒に向かうのだ、戦場へ。
「さあ、皆さん! 行きますよ! 敵のいる戦場へ! 我々が案内しますっ!」私は大声で彼らに言った。
『ヤーラ!』大きな掛け声が上がり、皆は戦の準備を始めるのだった。
……もう大丈夫。彼らは絶対に負けない。私はそう確信した。
この演説の元ネタは、漫画「ドリフターズ」の島津豊久のセリフです。解かる人には解る筈。
お爺さん視点での番外を作ります。こういう良いシーンは是非、書きたい。
追記【番外】ある少女への懺悔を投稿しました。
< 史実商人紹介 >
誰か、このコーナーについて感想を下さい。そろそろモチベーションが……暇を見つけては思いつくまま書いていくこのコーナー。世界史から意外な人物をエントリー。
チンギス・カン(1162-1227)
モンゴル帝国のハーンである。問答無用の傑物なのだが、戦闘面はともかく内政系での話は少ない。
たった一代で世界の半分を制覇し、のちの歴史に大きな影響を与えた人物であるが、意外にも内政系にも隙は無い。イスラム商人達を上手く利用して統治していたのだ。
普通に略奪者や殺戮者をするなら真っ先に殺すのは商人だろうが、商人的には自由に国内を通行させて貰えて税金も安い、と至れり尽くせりである。
実際、そんな短期間で征服をするなら内通者が必要である。
ケチな施政者よりも寛大な措置をしてくれるなら、喜んで内通しただろう。結果的には敵と味方の扱いの差、と言う話である。
色々なエピソードの中に無慈悲な略奪や理由の無い差別等が無い、というのがそれを証明しているだろう。当時の遊牧民の価値観は分からないが、他の施政者と比べても味方には手を出さない。
商人と遊牧民って、そもそも利害が一致しているのかもしれない、と考えます。