15.今、そこにある危機
「……お爺さん、あそこの砂漠全体に『魔導石』があるって事ですよね」と、私は青白く光る砂漠を指さす。一体どれ位の量があるのか。
「あそこには、我が一族の『墓所』がある。この五百年、入った者は歴代のハーンのみじゃ」
つまり、手付かずの産出地があるという事。
かつては、イギリスやフランス本土にも産出地があった。此処百年程の間に、枯渇してしまったのだ。
産業革命が進むにつれ『蒸気機関』の需要が増加している為だ。
この魔法世界の『蒸気機関』は、蒸気を発生させる部分に『魔導石』を使っている。石炭を使うよりも圧倒的に有効だから。
それなりに魔法を使える人材が、『蒸気機関』専任の担当となって、毎日火の魔法を込めるだけ。石炭の置き場所に悩むことも無い、実に効率的だ。
個人的には、サラリーマンが出社して魔法を使って月給を貰うだけ、と言うロマンも何もない魔法の使い方なのが、少し残念な気もする。
ともあれ、そのような状況なので今のロンドンの『魔導石』市場は、一種のバブルと言える。黙っていても高値でフランスが『魔導石』を買ってくれるのだ。
我々魔道具の関係者以外が投資と言うか投機目的で、売り買いを行っている。
こっちはいい迷惑だ。『魔導石』の需要はますます増えるし、算出される量を上回っている。更には転売目的の業者も居て市場は益々過熱する。
今、此処にある『魔導石』を市場に流せば、世界大恐慌まっしぐらだ。そこまでせずとも業者の何割かは大赤字を出し、首を吊る者も出るだろう。大変宜しくない。
だが、私の危機探知センサーは、まだ『ヤバい』と、告げている。此処は、問題全てを洗いざらい吐き出して貰うしかない。
「……お爺さん、まだ他に隠している事、在りますよね?」と、半ば確信めいた質問をする。
お爺さんは、深い溜息をついた。
「……お嬢の作った畑、数年で駄目になるじゃろう」と、言う答えが返って来た。どういう事?
「『墓所』にはな、呪いが収められておるのじゃ。生物を枯れさせる呪いが……」
「ここの砂漠が、何時からあるか、分かるかね?」
「……昔からじゃないんですか」
こんな大きな砂漠が突然できる筈が無い、と思った。
「わしが子供の頃は、此処は全て草原じゃった。枯れたんじゃよ、ほんの数十年で。『墓所』にある魔道具からは、呪いの力が溢れておる」
「かつて、大陸全土を支配した偉大なる大ハーンは思った。『もし我ら一族が力を失い、この墓所にある魔導石を敵が手にしたら?』と。そして『墓を荒らす者に、呪いをかければ良い』と旅の賢者は言った。そしてその為だけに『報復装置』を作った」
「……『報復装置』……まさか、それって」
「そうじゃ、巨大な『魔導石』を使い、遥かローマまで届く呪いの魔道具を作った。人を殺し、草木を枯らす呪いじゃ。その後五百年が経過し、壊れた魔道具からはその呪いが溢れ出そうとしておる……」
想像以上の厄ネタだった。まるで時限装置の様に、少なくとも数年で暴発するだろう。此処からローマまで、数千km。ほぼ世界全土を砂漠に変え人々を呪い殺す、悪魔が生み出した魔道具。一体、どれ程の憎悪が、込められているのだろうか。
「すまんの。これは、わし以外は知らない事じゃ。歴代ハーンは、その継承時に『墓所』に入る。わしは、まだ若い頃、一度だけ『それ』を見た。禍々しい機械の塊じゃった……。それが壊れる事など、作った者も想定外だったのじゃろう」と、お爺さんはうなだれながら語った。
長い間、一人でそれを抱え込んでいたのだ。苦しかっただろう、と思う。
「そういう訳でな。その魔道具を止めない限り、この土地に恵みが訪れる事は無い」
「……止める方法を、知る人は居ないんですか?」
「おらん。当時の記録など残っておらん。わし等には何も出来ん」
「その魔道具を見る事は、可能ですか?」
「……わしが『墓所』を開ければ、出来るじゃろう。しかし、『墓所』が開いた瞬間に、呪いがまき散らされる可能性もある」
「私の店に、魔道具に詳しい者がいます。もしかしたら……」と、言って不安になる。
古代ローマの技術。それはもう、失われているのだ。
果たして、本当にその魔道具を止める事が出来るのだろうか?
「……出来るだけ信頼のおける人物で、何とかなりそうであれば儂が案内しよう。どうするのかは、お嬢に任せる」
これは、私を信頼してくれる証だろう。何としても止めないと。
……問題は山積み、時間制限も厳しい。誰も彼も、色々と私に任せてくる。どうにも歯がゆい。
清とロシアも、クリルタイの事は知っているはずだ。そこで降伏しない、と決まった瞬間に攻めてくるだろう。本部メンバーと相談して……駄目だ、頭が回らない。とにかく今は、時間が惜しい。
「……お爺さん、クリルタイが終わる時期は?」
「うむ、長引かせた所で一月半が限界じゃろう」
降伏させない様に、説得する必要もあった。「お前さんにも、出席して貰おうと思って居る」それまでに人数を揃えて……それから、どうする? 何をすれば……。
ええい、とにかく動く! 考える前に、行動しなきゃと、自分を奮い立たせる。
「すみませんが、急いでこの事を本部に伝えます」
「すまんな。お嬢に、全て押し付けてしまって……」
お爺さんと挨拶をして、その場を離れる。
私は、夜が明ける前にマール君に乗って急ぎロンドンへ向かう。私の『宝玉』は、このような緊急時にこそ役に立つ。『門』が開くまで待つ、などと言っていられないのだ。
とにかく早く、と気ばかり焦って困る。休みも取らずに延々と走るがマール君が限界だった。
水と野菜を食わせて自分も乾パンを齧る。此処まで飲まず食わずで、睡眠も取っていない。
世界を移動する時には、昼夜が変わるため、時差ボケみたいな感じになってしまう。いつもなら、それなりに休みを取るのに……。
怖いのだ。あの村が、あの世界が何時死に絶えるのか。
今回、ロンドンまでの最短記録を更新したが、マール君は既に限界だ。いつもなら舌を出して苦しんだりしない。ごめんね、と鼻を撫でる。
とはいえ、無理をしているのはこちらも同じ。ふらつきながらも、店に入る。
……何だか騒がしい。三人とも何かを確認しているらしい。
「はあっ、……ただいま。何の話?」と、私は疲れて椅子に腰かけながら質問する。
こうなれば、問題がいくつあろうと変わりはしない。少しうんざりしながら、話を聞く事にした。
「小型の魔導石の価格が、やけに上がっていてな。おかしいと思って、取引の流れを確認してみたんだ」と、サンダースさんが説明する。
「大当たりだったぞ。フランスの奴ら、無断で『小型魔導石の効率化』の仕組みを使って、魔道具を製造している。これが証拠だ」と、言って小さな魔道具を机の上で出す。
ジェームスが、魔道具を分解していく。何時も取り扱っている商品と、見た目は変わらない。だが裏面に着けているはずのウチの刻印が無い。
これはイギリスの定めた、特許制度を破った事になる。……頭が痛い、どれだけ無茶をするつもりなのだろう。フランスも特許制度をつい最近制定したのだ。知らなかった、とは言わせない。
「どうせ、ナポレオンがねじ込んだんでしょ。小さな商会だ、国から圧力をかければどうにでもなると……そう考えたんでしょうね」と、私は吐き捨てる様に言った。
「これは、喧嘩よ。イギリス含めて売られた喧嘩……。ねえ、この喧嘩、黙って見ない振りをするつもり?」と、私は怒りに任せて三人に問いかけた。
どんどん問題が重なっていきます。
正直『魔導石』という独自の物を使う事にしたのは、金儲けではなく物語を動かすため。
価値が高くて、皆が欲しがるもの。トラブルの種になりそうだから、という理由。
呪いの魔道具の元ネタは、RPGにありがちな世界を滅ぼす何か、って奴です。
FFなんかでは定番ではないかな。特にモチーフは無いですが、後々迄引っ張っていく設定になっています。
ラストまでのプロットはほとんど組んであります、そこまで書き続けられるかどうかは自分の力量次第です。
< 史実商人紹介 >
気付いた人も居るかも知れない。本編に出したいと考えている偉人達をこそっと紹介している、このコーナー。出来れば、マイナーで日の目を見ない有能な人を使いたい。メジャーな偉人だと、イメージが違うと怒られそうだし。多分戦国時代は、他の人が一杯やり過ぎなので、考えていないです。
安藤百福(1915―2007)
日本の実業家。おなじみ日清食品の創業者で「チキンラーメン」「カップヌードル」という即席めんを世に知らしめた人物である。若い頃には貿易や繊維品をはじめとした商売をしていた、というのは意外。
別の銀行の倒産に巻き込まれて、一文無しになる。この時戦後の人々の飢餓を救うために研究を重ねる、という苦労人である。
本来利益になるはずの即席めんの特許を公開して、普及させるというエピソードがある。結果、価格競争に巻き込まれるのだけど。
職人タイプの商人ですね。発想力と試行錯誤で成功を導くという、個人的に好きな偉人である。