14.ターニングポイント
ロンドンでの情報収集の結果は、芳しくはなかった。だが予想通り、ナポレオンは議会での論争に明け暮れ、皇帝の是非を問う国民投票を行う法案を通さざるを得なくなった。
これなら問題は無い。そのまま要監視と指示したまま、遊牧民の村へと移動する。マール君の奮闘で予定日数は1日短縮した。あちこち予定外の行動を挟んだが、予定通りここに戻って来る事が出来た。
「おーい、こんにちはー」と、村外れで見かけた村人に声を掛けると、気が付いたのか急いで族長の家に向かっている。今回も村総出での出迎えである。
「おお、お嬢。ようきたのぅ。急いで宴の準備をさせるとしよう」
「いえ、早速準備していた物を使いますので」地下水脈探しである。万が一という事もある。
まずはバックから特製の魔道具を取り出す。長い棒の先に糸が付いている。これは、地下にある物体に反応して、糸の先が動く「ダウジングロッド」である。内緒だが、それなりに費用は掛かった。
「……何を始めるつもりかね?」と、お爺さんは首を傾げる。
「井戸を掘ろうと思います」
さすがに意表を突かれたらしく、お爺さんはふぉっふぉっ、と笑った。
「確かに井戸があれば助かるが……そんなに簡単に見つかるかのぅ?」と、半信半疑のようだ。
まぁ、私も出来るかどうかでいえば疑問ではある。とはいえ何とでもなるさ、とやってみる事にした。
あちこちをうろつきながら、ダウジングロッドの反応を見る。村人達も注目している。結構恥ずかしい。そうして、何カ所かを確認した結果、この魔道具は役に立たないという事が判明した。
「……どうした?やはり無理であったかのぅ」
「うーん、お爺さん。何処に井戸があればいいですか?この辺一帯大量に地下水脈があって、何処を掘っても水が出るんです」
ダウジングロッドは、勢い良く回り……というか、全然止まらないのだ。さすがにこれは予想外。お爺さんは皆を呼び寄せて、その場で緊急会議が始まった。どうやら彼方も予想外だったようだ。
そういう訳で、村内に都合三カ所の井戸を設置する。こちらは、丸い魔道具を用意する。大体五センチ位の穴を掘る魔道具である。使い捨ての生活魔道具なので、気軽に使える値段だ。
「うむ、村を拡張するかもしれんのでの。出来れば離れた場所に作って欲しい」との事だった。
拡張とは一体? と、疑問に思いながら族長の息子さんを筆頭に村人総出で、井戸作りを行う。子供達や女性陣が、穴から溢れた綺麗な地下水を見て驚き、ワイワイと騒いでいる。男性陣は急いで石やレンガを運び井戸を組み上げ始めた。
あとは、村の外れの窪みの所に何カ所か穴を掘り、此処を池とする。暫くすれば、水が溜まるはずだ。
「お爺さん、出来れば少し離れた、使わない場所がありますか?」
「何に使うんじゃ?」と、言う質問に「畑を作ろうと思うんですが……」
今回、万が一水が出た時の事を考えて、準備を行っていた。流石にここまで大量に出るとは、思わなかったが。平地に穴を開けて、水を出したらバックから大量の土を出していく。
腐葉土を大量にマジックバックに入れるのは、中々に大変だったが役に立ったようだ。周辺25mプール位の大きさに、盛り土をする。
女性陣を集めて、種まきをして貰うことにした。一応、その土地に合うかは分からないが、サボテンにトマト、種芋類も含めて、乾燥に強い植物をあちこちから入手している。
小麦やトウモロコシと言った穀物も含まれている。まあ、水と土があれば何とかなるかも?位の事だ。暫く交代で水やりをお願いして、此処は様子を見るとしよう。
「……全く、お嬢にはいつも驚かされるわい。井戸に加えて畑とは」と、お爺さんが呆れている。
まあ、全力でやり過ぎてしまったかもしれない。とはいえ、根付くかどうかは分からない。一応、牧草になる植物も混ぜておいたし何とかなるだろう。
「改めまして、ただいま戻ってきました」
お爺さん含め皆から「お帰り」と、言って貰った。思わず笑顔になる。しかし、お爺さんは先ほどから「……むう」と、難しい顔をしている。
「私、何かまずい事でも、してしまいましたか?」
「……まあ、こちらの問題じゃから、気にする必要はないぞ。ともかくゆっくりして行くが良い」もしかして、隠し事について何か教えてくれるのだろうか?
「さてさて、皆の衆。一通り仕事も終わった。今から、歓迎の宴を行うぞ」と、皆も大喜びで支度を始める。今回はたっぷりと塩の効いた料理が並ぶ事だろう。
その後もドタバタしながら、宴の席で一人ため息をついた。結構、思っていたより問題が解決してしまい気が抜けてしまった。女性陣に渡した織機などの操作方法については、一通り説明しておいた。
「お嬢、宴が終わったら話がある」と、お爺さんから声を掛けられた。いきなりだったので飛び上がりそうな位に驚く。
「は、はい。分かりました」と、動揺しながら返事をした。
宴が終わり、族長のゲルから一緒に外を歩く。「あの……どこまで行くんですか?」夜の砂漠は月明かりがあるだけで歩きにくい。お爺さんは慣れているのか、そのまま歩いていく。
「すまんの、少しゆっくり歩くとしよう」と、お爺さんはこちらを向いた。いつもの雰囲気とは違う、人の良いお爺さんではない。族長としての顔なのだろうか、と思った。
少しの間、無言で砂漠を歩き近くの岩に並んで腰を掛ける。お爺さんは、さっきから黙ったまま何も喋らない。私も同じように無言で夜の砂漠を眺めていた。
前回、遭難しかけた時とは違い涼しい風が心地よい。遠くの砂漠の一角が、妙に青く光っていた。
「さて、お嬢。何処から話したものか……」と、お爺さんが話し始める。
「お前さん、一体何が目的じゃ?」
今日の作業の事だろう。いきなり井戸を引いて畑を作って何の目的も無い、などと信じるような人でもないだろう。
「何、と言われても……強いて言うなら、村おこし的な感じなんですが」と、特に考えなく答える。
実際それだけだ。私が気に入った土地で、皆が豊かに過ごせるように勝手に行った事だ。
「……そうか。わし等はてっきり国造りでもするのか、と思っておった」と、お爺さんは凄い事を言う。
あれ、そういう事なのかな? と自分の行いを振り返ってみる。うん、これは内政ですね。あれだ、シム何とかいう奴。
「わし等には何も返せる物はない。だから、これを渡す事にする」と、お爺さんは何かをこちらに投げた。少し青く光る何か。
何時も良く見ている物だ。しかし、意外過ぎて暫く何も反応出来なかった。
『魔導石』である。それも、今までに見た事が無い程に大きい。
思わず、ゴクリと言う音が鳴った。
『魔導石』のサイズは、市場では三つに分けられている。『小型』『中型』『大型』だ。それぞれ規定の大きさが定められており、そのサイズに対して魔力変換効率と価格が比例して上がる。
後は、石の透明度でも、大きく魔力変換効率と価格が異なる。
今、手元にある『魔導石』は『大型』の中でもひと際大きい。そして、透明度も高い。
手を震わせながら、いつも使っているルーペとノギスを取り出す。
透明度、即ちクラリティは……最高級の『F』フローレスのランク。ノギスを動かす手の震えが止まらない。
『大型』の基準は、一インチ。約2.5センチ以上となる。そこからは、青天井で価格が上がる。何とか、手元の『魔導石』のサイズを調べ上げた。1.1インチあった。
間違いなく、ロンドンで出品すれば、オークションの目玉になるだろう。
価格は少なく見積もっても、五千£は下るまい。日本円に換算して約二億円弱。気を失いそうになるのを堪えて、お爺さんに質問する。
「お爺さん、答えて下さい。この『魔導石』は何処から入手しましたか?」と、少し大声になる。
お爺さんの反応は……ない。沈黙、つまり言えないのだ。
「では、この石の価値は分かりますか?」
お爺さんは少し考えた後「……知らん。だが、お嬢の反応で分かる。相当な値打ちものという事じゃろう」と、小さな声で呟いた。
「……そうですか、分かりました。この石は此処で採れた物ですよね。この事を知っている方は?」
「わしらの村以外は知らん。同じ部族でも、この事を知っておるのは歴代のハーンの一族のみじゃ。外から来た者もおる。だが、知ってしまった者は……始末した」と、低い声でお爺さんが呟いた。
その時だ。私の周りに、完全防備の村人達がいる。全員が弓矢をこちらに向けていた。
「お嬢が、もしおかしな行動をすれば、儂共々殺すつもりじゃった」私は、死の危険を感じた。
「……皆の者、下がれ。お嬢は清の間者ではない」と、言って村人を下がらせた。
清、間者? スパイって事? 私が、と命の危険が去ったのと同時に呆れてしまった。
「どうしてそんな事を……」
「お嬢の反応を見れば、わしには分かる。だが、村の中にはな、そう疑う者もおったのじゃ」と、やっと元のお爺さんの雰囲気で話をして貰えた。
「大体、あんな間抜けが間者の訳が無い、と言っておったのじゃがな」と、ひどい事を言う。
「それに、わしの妻と娘から止めろと言われておった。家では、女共に頭が上がらん」と、ふぉっふぉっ、と笑うお爺さん。つられて此方も笑ってしまった。
「……それで、どうしますか?」どうやら此処は、とんでもない『魔導石』の産出地だ。こんな所にあるなんて知らなかった。
「好きにするがいい。わし等にとっては、唯の石ころじゃ」
「それは出来ませんね。お爺さん達が思っている以上に、この石の価値は重いです。大国であれば全力でここを占領するでしょうね」
「クリルタイの事、調べさせて貰いました。恐らくですが清とロシア、どちらかに降伏するかと言う話でしょう?」
「……うむ、わし等はともかく他の村はこの事を知らん。降伏すれば、今まで通りだと思うておる」
お爺さんは話を続ける。
「じゃが、わし等はどちらにも、降伏するつもりはない。さっきの話で確信した。降伏しても恐らく待っておるのは、皆殺しじゃろう」そんな事、させてたまるか!
「お嬢、わし等を助けて貰えんか?大国二つに挟まれた、小さな村じゃが此処を渡す訳にはいかん」と、お爺さんが頭を下げる。
同時に、話を聞いていた村人達も一斉に集まってきた。
「なんですか、皆さん。忘れちゃったんですか? 私は、此処に帰って来てるんですよ。自分の居場所を守らない人なんて居ないですよ」と、微笑む。
「……全力で助けます。皆さんを守って見せます、私の全てを賭けて!」と、私は宣言した。
この砂漠から産出される、大量の『魔導石』が世界に溢れる事を考える。どうあがいても、世界大戦になる。それを避けつつ、歴史を変えないようにする方法も考えないといけない。
私は、自分の肩の上にこの世界の未来が掛かっている事を自覚した。
内政と問題暴露の回でした。ここから暫く、シリアス回が続きます。
アニメでいえば、第2クールと言った所。
基本設定が出終わったので、主人公に対して問題がどんどん起こり始めます。そして、結果的に主人公が成長する、と言う流れ。
今後も遊牧民の村は発展させて、最終的には建国させます。何処まで広がるでしょうかね。
元ネタとしては、どちらかと言うと『シム何とか』ではなく、『Civ何とか』な気がします。砂漠タイルに馬アイコン、的な。