131.真っ黒な空と暴れる鎖
こちらの世界に突入してから一ヵ月になる。南北の要塞は完成したが、破壊神達の侵攻が激しい。
とても、東西を個別に進める事が出来ないので工兵部隊を二手に分け、無理矢理に建設予定地を確保するしか無くなった。
「ねえ、ホルス君。あっちの空を見て……真っ黒な何かが迫っているわ」
「恐らく破壊神の一団でしょう。別の方向からも来ています。以前には見られなかった飛行型が多数含まれていますね」
「ねぇ、私の魔法でぶっ飛ばすのはどうかしら?」
メルちゃんの提案もありなのだが、破壊神は基本的に魔法耐性が強い。あまり遠距離を狙っても効果は薄い様だ。
「どちらかと言うと、魔導師部隊も全軍で東西の用地確保に向かった方が良いかもね。予備部隊の騎馬軍団も投入して、少しずつ地上の制圧をお願いするわ」
「じゃあ、あの大量の飛行型はどうするんですか? 母体もかなりの数がいるようですし、上空を囲まれたら、各個撃破されますよ!」
「そこは……ほら、この鎖の使いどころよ。手順としては、上空付近まで集まったら、ブラックホール弾丸で一掃するわ。真上に打ち上げれば、影響も少ないでしょう」
あらかじめ決められたやり方を試してみる事にしよう。どのみち、空中から襲われる前に殲滅するなら私一人で対応した方が、地上側が安定するだろう。
「それにね、鎖の魔道具はただ振り回すだけじゃないもの。……空の方でひと段落したら、地上側に一撃加えるつもり。それまで耐えて欲しいのよ」
「……分かりました。こちらは可能な限り地上側の制圧を目指します。皆、今までの訓練を思い出せ! 一気に『釣り野伏』からの反撃を行う!」
ホルス君を中心に、地上側の動きは決まった様だ。こちらはこちらで、出来る限りの事をしよう。
とはいえ、日光が遮られる程に破壊神が殺到するとは思わなかった。……どうやら、母体から量産される飛行型が猛烈な勢いで増殖しているようだ。
つまり、まずは母体を減らす必要があるという事か。
「千鶴ちゃん、こっちで母体の位置を確認して欲しいの。一緒に付いて来て頂戴!」
「はいっ、お姉様!」
ここは北の要塞の中庭部分だ。多少の無理をしても、広めに敷地を取っているので何とかなる。
「お姉様、まずは北方面から母体が四体確認出来ます!」
「ああ、あれね。あの距離なら何とかなりそうだわ」
そういいながら、鎖を投げる準備をする。今から行うのは、オメガによる遠投である。
「いちにの、さんっ!!」助走を付けて鎖をぶん投げる。勢い良く飛んでいく鎖に魔力を込める。
一度スピードを保った鎖は、自重を増加させながら母体が集中している方向へ飛んでいく。
「……よしっ、貫けえぇ!!」
鎖の先端部分は数トン単位の質量が込められている。細い糸が突き刺さる様に、鎖は母体を貫通していく。
「んんっ、はあっ!!」思い切り鎖に魔力を流し込む。周囲一帯のマナを枯渇させて、飛行型もろとも周囲の破壊神を全滅させるのだ。
少し、ふらつく感覚がするが鎖の方は予定通り周囲の破壊神ごとマナを削り切った様だ。
「千鶴ちゃん、次をお願い!」
「はいっ、南西の八時の方向に母体が三体並んでいます」
「オーケー! そっちも行くわよ。そりゃっ!!」
さっき投げた鎖はそのままで、もう一本の鎖を投げつける。とにかく、大量のマナを吸い込みつつ母体を出来る限り破壊しないと、何時まで経っても相手の数が減らない。
なので、こうやってピンポイントで投擲を繰り返す。四回、五回と続けるうちに千鶴ちゃんからの指示が無くなった。
「もうお終いかしら? 見た感じは分からないけど……」
「そうですね、こちらでも全て破壊されたことは確認しました。今見えるのは飛行型の群れだけです」
「……そう。じゃあ、あの辺の塊から順に吸い込んでいきましょうか」
幸い、この計画の為に各サイズの魔導石を持って来ている。この世界のマナを枯らす為だ。時空の穴さえ開かなければ、多少の無茶は許容出来るだろう。
「千鶴ちゃん、方角と距離の測定をお願いするわ」
「……お姉様、気を付けて下さいね。ちょっと間違うと、世界が滅びます!」
「えぇ、分かっているわ。こいつの扱いも慣れたし、思う存分使うわよ!」
千鶴ちゃんも諦めたようだ……。そうそう、今の我々に常識は必要ない。無茶は承知の上だ。
「では、北側から行きます! 二時の方向に四百ヤード。直径二百ヤード相当です!」
「了解!」
条件に合う魔導石を選んで、魔力を込める。……こいつを初めて使った時はあれほど恐ろしいと思ったのに。今の風景が異常すぎるので、気持ちはリラックスしている。
なにしろ、何処を見ても空が真っ暗なのだ……。以前戦った時とは、全く異なるこの世界の様子。
少しばかり無茶をしないと、どうにもならないと腹を括った。
「どんどん行くわよ! 千鶴ちゃん、休まず測定を続けて!」
「はいっ、お姉様!」
我々の様子は、随伴のゴブリン経由で総司令部に伝わっている。
……断言しても良いが、ジェームスとムラトさんが呆れている筈だ。あんなにも恐ろしい物をポンポン軽々しく打ちやがって、と。
「千鶴ちゃん、総司令部に伝令をお願い。……こちら防空担当、戦線に異常なし。青い空が見えるまで、攻撃を続行します、ってね」
「……確かに、二人揃って胃に穴が開く前に伝えておかないと、心配するでしょうね」
ジェームスの作った、三つ目のナノマシン。……こいつが本命なのだが、いかんせん数を作るまでに時間が掛かる。そして、空中の破壊神には効かない可能性もある。
そうなれば、空中の対応はこの鎖で何とかする必要がある。ナノマシンを作り出す魔道具を要塞内部で一週間ほど動かし続けているが、まだ地上の破壊神に変化はない様だ。
「……要塞が出来て、ナノマシンが大量に作り出せて……周囲の様子を確認しつつ、破壊神本体を探し出す、か。まったく気が遠くなりそうね」
ようやく、空のあちこちに青い色が見え始めたが、既に要塞の上空まで飛行型の破壊神が集結している。
「じゃあ今からは上空で迎撃するから、千鶴ちゃんは司令部への報告をお願いねー」といいつつ、鎖を真上に投げる。
何時ものように、オメガを上空に引き上げて飛行型の破壊神を一掃する事にした。両腕から何本もの鎖を取り出して、周囲にぶん投げる。あらかじめ魔力を流し込んで、重量を増やしてある。
……ここからは肉弾戦だ。鎖をぶん回しながら、オメガ自体も回転する。
あの夢で見たように、鎖自体の質量で破壊神を破壊するやり方だ。……よく考えると、どっちが破壊神かわかりゃしない。
とにかく、数を減らす事だけを考える。今の私に出来る事を、順番にひとつづつ……。
ちょっと目が回るのを我慢しつつ、私は落下しながら破壊神から「青い空」を取り戻していくのだった。