【番外】縁の下の力持ち
各地に配備したゴブリンからは、定期的な報告が上がってきている。何にせよ、報告があるという事は皆が無事と言う証拠だ……。城の指令本部として準備した部屋で、あちらの世界の様子を書き入れながら溜息を吐く。
「どうした、ムラト。嫁の心配か?」ジェームスがのんびりとした様子でこちらにやって来る。
「……お互い、相手だけが戦場に居るんだ。言わなくても分かるだろう?」
ジェームスの方もやる事が無いので、こちらに顔を出したらしい。特にあちらの世界での作業進捗に問題が無い事は説明した。
「全く、新婚の癖にあぶねぇ事をするよなぁ。……なぁに、神様のご加護だってあるんだ。簡単に死ぬような奴らじゃねえ事は保証してやらぁ」
「……そうだね、無事でさえあればね。それ以外を望むつもりも無いよ」
自ら志願して行った戦場だ。それを止める権利は無い。……だが、心配な事には変わりない。
「で、要塞建築の進捗は問題無いって?」
「そうだね。あらかじめ十分に用意をしていた事もあるし、あちらに突入してから二週間で戦線は安定したよ」
既に北側の要塞は完成しており、現状は南側の作業を進めている。自分の担当は、資材の管理や運搬のスケジュールに作業人員の分担決めなどやる事は多いが、基本的にここにずっと常駐している。
「……総合司令長官なんて肩書だけは立派だが、何の役にも立たないよ」
「何を弱音吐いているんだ、ムラト。お前さんがいなけりゃ、出来る事も出来ないんだ。しっかりやれよ」こちらの心を読んだかのように、ジェームスの一言はこちらに突き刺さる。
「それによ……あのマリアちゃんからしっかりと補正予算を出させるためにも、成果は出さないとな」
「……全くだ。ウチのメンバーの女性陣は、全員しっかりとし過ぎなのではないかな?」
正直、オスマン帝国の財源を一手に引き受けるマリアちゃんの辣腕ぶりには頭が下がる。
工期が少しでも遅れれば、補正予算を組まなければならない……。それがいかに困難な事業か、言うまでもない。
「……で、ジェームス。ナノマシンとやらを作ったそうだが、実戦はどうだね?」
「ああ、問題は起こっていない。あらかじめ対策も取ってある……。あまりの万能ぶりに、まるで神様にでもなった気分だぜ」
「まるでと言うか、なったんだけれどね……。我々には、その辺がピンと来ないが」
「……あぁ、そうだったな。あまりの無茶苦茶さに忘れてたぜ。ともかく、幾つかのナノマシンを実際に運用して分かった事もある。今後の役に立つと思うぜ」
何はともあれ、危険な技術に一段落付いたのだから良い事だ。聞いただけでは、魔法か何かにしか思えないのだが。
「安定してマナを吸収する、とは聞いたんだが具体的な内容を教えて欲しいね」
「あぁ、工房に籠りっきりで考えたんだ。……十日間籠ったのは、自己ベスト更新だな。前は魔導石の組合せで三日間だったからな」
ジェームスは、面白い技術となると別人のように動き回る。アキラが『変人』と呼ぶのも良く分かる。
「それでな。一つは、鎖の魔道具やオメガに付けた。要するに、ナノマシンが重力の強い場所に集まるようにした訳だ。万が一の事があれば『ブラックホール弾丸』でぶっ飛ばせる」
「ああ、それは良い対策だね……」
……もっとも、あの魔法をもう一度見たいとは思わないが。
「そのナノマシンは、マナを吸収して硬度を強化するようにした。装甲を固める効果がある」
「それなら、オメガの装甲にも?」
「そうだな。多分、今までよりも破壊されにくくなっているぜ。ともあれ周りへの影響は抑え目にしてある」
そう聞くと、物凄い技術なのだろうに簡単そうに思える。……ジェームスのやる事だ、仕方が無いかとも思う。
「で、他のナノマシンは?」
「ああ、量は多くないが兵員の武器に細工をしたよ。刀の鋭利な部分にくっつくように命令を与えたんだが……」
それに、どういう意味があるのだろうか?
「ムラト、お前の剣にも付けてやるよ。その方が分かり易い」
「……分かった。危険でないなら、好きにしてくれ」
腰に付けた剣をジェームスに手渡す。何をするつもりかは知らないが、懐から出した瓶の中身を剣に振りかけている。
「よし、出来たぜ。試しにそこらの置物でも切ってみてくれ」
「さすがの私でも、この剣で切るのは……」
この剣は切るというより、叩き割る様にして使う曲刀なのだ。切れ味はそれほどでもない。
「まあまあ、騙されたと思って……」
「そうかい、じゃあこの壺で良いかな?」
軽く手近にあった壺を斬りつけてみる。何の抵抗も無く、スパッと壺が二つに割れる。
「……おい、ジェームス。一体何をしたんだ?」
「それがもう一つのナノマシンの性能さ。『破壊神』自体が固くてな、ダメージを入れるのに難儀しているから、そう言う機能を考えたのさ」
「……詳しく説明してくれ」
良く分からないが、得体の知れない物を使うのは少し躊躇われる。
「簡単に説明すると、目には見えないナノマシンは刃物の先端部分に引っ付く。……髪の毛よりも細い、研ぐよりも鋭い刃物に早変わり。つまりはそういう理屈でなぁ。切れ味が物凄く良くなる」
「ナノマシンと言うのは、本当に万能だねえ……。まるで神の御業を見せられる様だ」
「……だろ?」
ひょっとして、我々は神様にも解決出来ない問題をどうにかする為に、神様を超えるような力を使い始めているのではないか? そう言う疑問が湧いて来る。
「ジェームス。、悪いがそのナノマシンとやらは、製造方法を書き残さない様にしてくれないか?」
「……あぁ、俺もそう思っている。こいつは人の手に余る代物だ……あまりにも危険すぎる」
何よりも物を造る事にこだわりを見せるジェームスが、それを作りたくないという顔をする。
「あくまで我々は、ただの人間だ……。古代ローマの一件もあるが、進み過ぎた技術は人を簡単に滅ぼすと思うんだ」
「正直、技術者としてはこれを伝えられないのが残念だがな……。俺自身もアルファを造る目的以外で、これ以上使うつもりは無い」
そういえば、あの最高神を自らの手で作り出す使命があると聞いた……。
多神教の神々とはいえ、人の手で神様を作り出すとは……。もう、我々は取り返しのつかない事をしでかしているのではないか? そんな事が頭をよぎる。
「安心しろよ、ムラト。あくまで造るのはアルファの体だ……。そこから先はあいつ自身が身をもって、神様になるしかない。俺に出来るのは造るだけで、操る訳じゃねぇ」
「……そうだね。経験という奴は掛け替えの無いものだ。願わくば、あのアルファが後悔しない様にして欲しいね」
全く、人造の神なんてぞっとする。人知を超えた技術と言うものは、考えもつかないような事を起こすものだ。
「それなんだがな……体を造る技術は完成したが、どうやってそのナノマシンで体を造るのか。自我はどうやって身に付けるのか……さっぱり分からねえ」
「……成程。何処まで行っても、その問題は残る訳か」
私とジェームスは顔を見合わせ、大笑いした。
……神様の造り方などと言う、途方もない話を世間話のように語り合う二人……。
アッラーには許して頂いたが、本来あってはいけない事だ……。
……この記憶は、私の心の奥底にしまっておこう。あまりにも不敬な話なのだ。人に聞かせるべきではない。
「まぁ、そんな訳でな。俺としても、宿題が終わらなくてイマイチ終わった感じがしないんだよな……。まったく、俺がいくら造るのが好きでも神様を造らせるなって話だ」
「そうだね、お互い妙な『運命』を持たされたようだ……」
私にも宿題はある。『プロジェクト ケマル』世界の戦争を起こさないための長期プロジェクトになる。恐らくは、全てが終わっても続く私の責務となるだろう……。
何時か、その結果をこの目で見たいものだと気の遠くなりそうな未来を考え、この戦いを無事に終わらせる決意を新たにしたのだった。