127.持っている者と持たざる者
「さて、私はこれから貴方達を啓蒙します。『神々の殴り合い』と言う極限の戦場をね」
目の前には、オスマン帝国の魔導師部隊にホルス君。メルちゃんにレイ君と千鶴ちゃんがいる。
これから地獄を体験してもらう事になる。
「アキラさん、どういう事ですか? 俺達に何を教えるって……」
「お姉様、私まで参加するんですか?」
「こればっかりは経験しないと、どうにもならないわ。貴方達、魔導師は戦場の神よ! 選ばれし兵達よ。……でもね、今のままじゃ死ぬわ。全員惨たらしく、何も出来ずに死ぬ事になるわ」
「それ位は訓練すれば、俺達だって……」
ホルス君はまだ分かっていない様だ。……それは困る。司令官役が理解していない様だと、私の恐れている事態になってしまう。
「ホルス君。他人事のようだけども、一番危険なのは貴方なのよ。全員を呼び出したのは単純な理由よ。……言い訳なんてさせない為ね」
「……良いでしょう、受けて立ちます。それで勝負のルールは?」
「そうね、私に一撃でも当てたら貴方達の勝ちね。……最低の勝敗ラインは、誰も死なない事にするわ。手加減なんかしないから、全力で抵抗しなさい!」
ヒサ君やレイ君が、訓練に手を抜かない理由が分かる。ここで手を抜けば死者が増える。……それこそ、凄まじい程の被害を出す。それだけは避けたい。
例え嫌われたとしても、厳しくやる。それが私のやり方なのだ。
「私の力があれば、ここにいる全員を無力化出来るわ。……それが今の私の力。皆も見たわよね、あの『ブラックホール弾丸』を。それに匹敵する力を使うわ」
「……どんな攻撃でも防いでやります。俺には、今まで覚えた魔法の数々があります!」
「そうね。魔法が使えれば、ね……じゃあ、行くわよ」
私はオメガに乗り込んで、戦闘準備に入る。オメガに乗っていても、鎖の魔道具が使えるように改良済。
自分の選択に後悔しない様、深く深呼吸をして覚悟を決めた。
「……信じているわよ、皆」
私は呟くように声を掛けた。
「アキラさん、神様と会ってから変っちゃったのかなぁ……あんなキツイ物言いをする人だっけ?」
「……ホルス君、お姉様は変わっていないわ。何時でも最善の選択をする。そう言う人だもの」
「……じゃあ、俺達が死ぬって話は」
「真実でしょうね。私達の魔法を誰よりも知っている。それでもなお、死ぬと……」
魔導師部隊が、全員で防御態勢に入る。どんな攻撃をしたとしても、こちらには無限に対処法があるのだ。冷静に対処すれば……。
「あれ、いきなり鎖を……」
「真上に投げましたね? あれにどういう意味が……」
私は勢い良く鎖を真上に放り投げた。重力の縛りから解き放たれた鎖は、見る見るうちに遥か上空にまで到達する。
「さてさて、行きますかねぇ……」
……鎖の魔道具に魔力を込める。鎖の先端部分に『重さ』を発生させる。これは、そう言う魔道具なのだ。
過去の私から教えて貰った。この魔道具は、一つの使い方だけじゃない。あらゆる方法で『重力』と言うものを使いこなす事を想定した、と。
具体的に言えば、魔法を現代物理学で解析・設計したという。……それはもう、ファンタジーではない。SFの領域なのだ。
『重さ』を与えられた鎖には『位置エネルギー』が生み出される。そして私は、その鎖を引き上げる様に操作した。
オメガは、物凄い勢いで上空に投げ飛ばされる。……恐らく、ホルス君達にはそう見えただろう。
地上千メートル上空に、突然数十トンもの質量を持った物体が出現する。オメガだろうと、問題無く持ち上げられるだけの重さだ。
つまり、このオメガを引っ張り上げながら鎖自体も落ちている。落ちるよりも速いスピードで持ち上げているだけの事だ。……これが『重力』の魔法を使った、現代物理学での考え方だ。
質量は、それ自体がエネルギーの塊だ。……それを自由に作り出せるなら、永久機関も作る事が出来る。実際には、マナを重力に変換するのでエネルギー保存の法則には抵触していないが。
細かい科学理論は、今の私には分からない。……こればっかりは、過去の自分と話をする必要があるのだが、鎖の中の自分は何も覚えていない。
ただ、鎖の魔道具の中から無限に湧き出る私の『オド』をコントロールし、無差別に増殖しない様に制御している。彼女は、ただそれだけの為に自らを犠牲にした。それだけの事だ。
正直こんなぶっ飛んだ方法で、神様相手に「いかさま博打」をするに至った、過去の私に問いただしたい事もある。だが、ジェームスと結ばれている私としては、記憶が無い方がありがたい……何と言うか、困る。
ともかく「二人の私がいる」という特殊な状況を作り出し、無尽蔵の魔力を自由自在に使えるという環境に漕ぎつけた、過去の私も大概『変人』である。
……自分で言うのもなんだが、手段を選ばないのは同じ私らしい行動だ。ただまぁ、少しは遠慮しろとは言えない。あの顛末を知ってしまった身としては、攻めるのも気が引ける。
そんな事を知ってか知らずか、鎖の中の私はウズウズしている。
要するに、本来想定した持ち主がきちんと使いこなしているのを喜んでいるのだ。ええい、この変人め。……自分にまでツッコミをする羽目になろうとは。
そうこうしているうちに、鎖の先端付近に辿り着いた。鎖を引っ込めて、自由落下に任せる。
「そうねぇ、少し前に移動した方が良いかしら……」
そう言いながら、オメガの右腕から鎖を投げる。上に移動出来るのなら、どんな方向でも無関係に飛べるのだ。翼もジェットも無い癖に空を自由自在に移動できるのは、実際チートじみている。
……だが、私は自重しない。
「世界の滅亡と自重なら、考える余地も無いわねぇ……。まったく、とんでもない力だわ」
ちょっと溜息が出る。これでも、この魔道具のごく基本な使用方法なのだから……。
過去の私は、何処までぶっ飛んでいたのだろうか。……何となくではあるが、絶対に面白がって仕組みを考えただろう、とだけは断言出来る……同じ私だし。
「千鶴さん、俺の目に間違いが無ければオメガ……飛んでいませんか?」
「えぇ、飛んでいますね。真上で……」
流石にアキラさんなら『何でもあり』だとは思っていた。思っていたのだが……。あまりの内容に呆然としてしまう。
「あれも……魔法なのかなぁ?」
「でしょうねぇ……。当の本人が考えて、ジェームスさんが造った。それを手にして、躊躇はしませんね」
「……凄く説得力があるなぁ、それ。で、どうする?」
いくら魔法の種類があっても、対空迎撃なんて想定していない……。
正確には無い事も無いのだが、流石に高すぎるのだ。あの巨体が豆粒くらいの大きさに見えるまで高空にいる。しかも、予測も出来ない程に出鱈目な動きをするので手出し出来ない。
「困ったな……どんな攻撃をするのか全く分からないな。とにかく、周囲の警戒を怠るな! あの人なら、何でもやる。間違いなく!」
「ええ、どういう方法かはわかりませんが……対防御陣形に移行して下さい!」
……どんな魔法を使うのか? さっぱり分からないが、一つだけ分かる事がある。
俺の知らない魔法を見る事が出来る! これ以上に魅力的な誘い文句があるものか!!
「ホルス、何ニヤニヤしているのよ! 訓練だと思って油断しちゃ駄目よ!」
「そうじゃないんだ……『見た事も無い魔法』が楽しみでさ」
「相変わらず、魔法マニアよねぇ……。死ぬよりも楽しいの?」
「……仕方ないじゃないか、ワクワクするんだよ!!」
俺は、この世で一番魔法に詳しい……。誇張では無く、アキラさんやジェームスさんと同様に『あちら側』の人間だ。
要するに『俺の知らない魔法がある事が許せない』人間なのだ。
それは、死ぬよりも辛い事だ。……魔導師としては魔力が低すぎる。それが俺の原点だ。
だからこそ、どんな魔法も覚えた。いつでも効率良く魔力を使う方法ばかりを考えて来た。
この世界で一番、魔法を愛している人間なのだ!
あの鎖の魔道具……。ちょっと解析してみたが、シンプルな見た目に反して複雑すぎて理解出来なかった。しかも、あの巨体を飛ばすほど強力とは!
あぁ、分解したいなぁ……。じっくりと手に取って、マナの流れを観察したい。
……今の俺には、その事しか考えられなかった。
「おい、何か変な感情を飛ばしている奴がいる。……あれはお前の友人か?」
「多分、ホルス君でしょう……。魔法の事になると、ネジがぶっ飛ぶのよねぇ」
「絶対に鎖を渡すなよ! 酷い事をされる、薄い本みたいに!」
「……あんた、本当は記憶残っているんじゃないの?」
何故か、本人同士での漫才が始まったが。……いかん、シリアスに徹するのだ。ギャグ時空に惑わされてはいけない。クールにエレガントに! ビシッと決めねば。
「……私の周りには変人ばかりが集まるわねえ、相変わらず。そのおかげで世界の危機なんて、忘れちゃうくらいに」
「ふん、気負っていても本番で疲れるだけだ。いつも心を平静に保て。……それが魔力を安定させる方法だ」
「そこら辺は、やっぱり今の私との相違点ね。……冗談の一つも言えないなんて」
さてと。……地上を見るに、どうにもこちらの行動に戸惑っているようだ。
ま、それも今から絶望に変わるのだけど……。
そう思いながら、両手から六本の鎖を出す。予測ではそうなると、頭の中では言っている……。
……本当に、マナが枯渇するのだろうか。『神殺しの鎖』と、過去の私はそう言った。
『破壊神』に限らず、魔族も魔力で身体を維持している。人間であっても『オド』の流れを通じて魔力を必要とする。
過去の私は言った。『魔法世界では、魔力が全ての源。それを吸い取る事が、この魔道具の能力なのよ』と。
つまり、この魔道具を使えば周囲全ての魔力を吸い取る。それが例え、魔族であろうと人間であろうと。
だから「神殺しの鎖」なのだ……。近づいたり触れたりすれば、魔力が枯れるまで魔道具は限界無しで吸い尽くす。
ただ、この鎖で縛るだけで何も出来なくなるし、実体も維持出来なくなる。それは、付近にいる人間や魔族にも影響を与える。周囲のマナが無くては魔法も使えない。そして、体さえ動かなくなる。
だからこそ、こうやって神々の最終決戦の訓練が必要になる。周囲のマナが消えて、人体に影響が出るまで数十分という所か。
……ホルス君、信じているわよ。魔法に関して、誰よりも詳しいからこそ対策も取れる筈だ。
私は、遥か地上にいる魔導師部隊に向けて両手の鎖を投げつけて、思い切り魔力を加えた。半径数キロメートルにわたって、マナが枯渇する計算になる。
「隊長、鎖が飛んできます! 直撃はしないようですが、周囲を囲まれています!」
「しまった、周囲のマナが吸い尽くされるぞ! これが、あの言葉の意味かっ!」
「ホルス、どうするの? 魔法が使えないわ!!」
まさに魔導師の天敵だ……。このままでは、魔法が使えないだけではない。魔族や人間でも、マナが無ければ生命活動に支障が出る。
「くそっ、全員ここに集まれ! 今から、抗魔力処理を行う」
「ホルス、抗魔力処理って何だっけ?」
「師匠に習っただろ! 魔法戦闘の基本だ。相手の魔法に対抗する為に、体内の魔力で抵抗するんだ!」
「……それって、ホルスの苦手な奴じゃないの」
……俺には、メルのような魔力は無い。こいつは、無意識のうちに抗魔力処理を行うような、魔法の申し子のような存在だ。俺には……出来ない。
「……メル、こういう時の為に用意したんだろう。思う存分、アキラさんの魔力を使わせて貰う!」
「そうか、『契約の魔道具』があったわね!」
「……これは、俺への試験問題なのさ。それを含めて、ここに居る全員を守れとさ」
……悔しいが他人の魔力を使うのも、必要な事だ。俺には、プライドも何もない。ただ、魔法に関して誰にも負けたくはないだけだ。
「よし、全員伏せろ! この周辺のマナが枯れる。俺が抗魔力処理で魔力を放出するから、その陰に隠れてろ!」
「ホルス、大丈夫? そんなに大量の魔力を管理するなんて……」
「……俺は、魔法の申し子さ。何だって出来る! 俺が出来ると思わずに、何が出来るってんだ!!」
俺は、今まで何処か甘く考えていた。……何の事は無い。種も仕掛けも、しっかりとあった。
俺への挑発を含めて、全てアキラさんの掌の上という訳だ……。
「悔しいさ! 怒りでどうにかなりそうだ! けどなぁ、魔法で負けたとあっちゃ俺は俺でなくなるんだ!」
苦手だった抗魔力処理、それもこれほど大規模な奴を一時間は耐え続けた……。
もう体の感覚も無くなりそうになった……。これが、俺の知らない魔法力の世界か。
「何とか、ギリギリのところでつかみ取ったみたいね……。千鶴ちゃんも、サポートしたって?」
「はい、破邪の力が外側に広がる感覚で……これが神様の力ですか?」
「……本番までに、色々と対策が必要だけど。とりあえず一安心だわ」
ホルス君の機転が無ければ、一時間も耐えられなかっただろう……。私が上空から降りた後も、ホルス君は耐え続けた。
マナの枯渇する世界……これが、最終戦争の舞台だ。そこでは、生きとし生ける者が試される事になる。
今回の話で、一つ分かった事がある……。
人は二種類に分けられる、という奴だ。つまり「持っている者」と「持たざる者」である。
「持っている者」には分からない。本来持っている筈の「何か」が欠けている者達の気持ちを。
例えば、ジェームスには何かを造る事を。私には本来の居場所を。千鶴ちゃんは海と船を。
どこかで、欠けたり失ったりした者だけが分かる感覚。……世界に抗う力を持つ者達の証である。
ホルス君もまた「持たざる者」だった。……魔導師として致命的な魔力不足。
彼が魔法に拘るのは「持たざる者」であるが故に、である。
……世界を変えるのは、何時だって「持たざる者」である。「持っている者」には無い、欠乏感と焦燥感。
その心を以て、世界を変えていくのだ。
私は、彼を試したようで少し罪悪感を覚えながら、無事に済んだ事を喜ぶのだった。
プロット通りに、最後まで話をつなげる事が出来ました。
主人公が使うチート能力は、神から与えられたものではなく、自らが全てを犠牲にして作り上げたもの。
だからこそ、その価値が分かるという事です。