【番外】例え生まれが違えども
賑やかだった神々の会議は終わった。何かあの女神からとんでもない事を聞かされたが、まあいい。
私のやるべき事は決まっているし、決してスルタンとしてもムスリムとしても、アッラーの前で恥ずかしくない生き方をしていると誓う事が出来る。
「ムラト、おかしな事になっちまったな。全員余計な事は話さない様、口止めをしておくぜ」
「ジェームス、私は人に隠し事をするつもりは無い。それにな、間接的ではあるがお言葉を頂いたのは良い事ではないかな?」
「……ま、そう言う考え方もあるか。お前さんも立派な変人だよ」
もう、アキラと会って長い付き合いだ。色々と影響を受けもする。変人扱いは勘弁だが、思う所もある。
「そろそろ、国に落ち着く時期ではないかと思っていてな。今回の件で決心したよ。君達と一緒に旅が出来て、良い経験が出来た。ありがとう」
「何だよ、ムラト。今生の別れじゃあるまいし。何時でも会いに行けるだろ」
「いや、政務に関わる様になれば自由な時間も無かろう。最後まで付き合えないのは心残りだがね」
何時までも司令官をしている訳には行かない。危険な前線に留まる理由が思いつかない。
「……そういう訳でね、千鶴との結婚披露が必要なのさ。友人として出席して貰うよ」
「まったく、ちゃっかりしてらぁ。全員総出で祝ってやらぁ」
「それでだね、ちょっと考えている事があってね」
「……アキラと同類だな、碌でもねえ事ばっかり覚えやがって」
なに、戦勝祝いのパレードだよ。ちょっとしたサプライズがあっても良いだろう。
「えっ、ムラトさん。それ、本気なの?」
「本気だとも。丁度良い機会だろう。後の事も考えると、これが最善だと思う」
「私も、それは同感だけど……流石にみんな驚くわよ。色々と問題になるんじゃない?」
そうならない様にするのが、皇帝陛下としての初仕事になる。これも「縁」だろう。
「そういう訳でね。千鶴、改めて告白する。私と結婚して欲しい」
「解かりました。仕事が忙しくて、新婚生活を満喫するのはお預けですね」
「国内視察の名目で会いに行くさ。寂しい思いはさせるつもりは無いよ」
「……不束者ですが、宜しくお願いします」
細かな日程はこの後詰めるとして、まずはこちらだ。
「リズさんにもお世話になりました。神様に言う台詞かどうかは知りませんが、お元気で」
「ムラトさんもちゃんと皇帝陛下を頑張ってね」
「……何だか、変な雰囲気ね。悲しいお別れの筈だったのに」
「神様達が騒ぎに騒いで、この有様だもの。仕方ないわよ」
アルファさんとリズさん達は、神々の世界に戻るという。……話の流れ的に、私もその神様の末席にいる。そちらの世界に赴く事もあるのだろうか?
「あ、別に神様になっても地上にいる事の方が一般的だから。何かあると呼び出されるけどね」
「……そう言うものですか。一個人の信仰は変わりませんが、お役に立てることがあれば力になります」
「まずは世界を救う事からよね。で、本当にやるのよね」
「何度も会議を行ったじゃないか。魔王軍の受け入れは、訓練するのに必須だと」
つまり、魔王軍との合同訓練地としてオスマン帝国の地を提供すると決定した。我々、オスマン帝国陸軍と魔王軍は戦友なのである。今後の戦いに向けて、お互いの命を預け合った戦友として国内に公表する。
戦勝パレードのお題目としては、ピッタリじゃないか。
「そうは言っても、魔族を受け入れるのは大変よ。習慣の違いとか……」
「その為の憲法さ。生まれの違いで差別しない国、魔族だって受け入れて見せるさ。……私はね、嬉しかったんだよ」
「……嬉しいって、一緒に戦った事が?」
「私は皇帝になるために生まれ、そう扱われてきた。だが、戦場ではそのような事は関係が無かった。一人の人間として、一緒に戦う事が出来て嬉しかったんだよ」
例え生まれが違えども、共に生きいつ死ぬともしれない戦場。そんな中で育まれてきた友情は、種族の壁さえ関係が無いと信じている。
「それに……私達が思うよりも、彼らを見ていると信じられる」
この話を皆に伝えた時に確信した。我が国の兵士が、同じ隊の魔族に「俺の生まれた国を見せてやる」と話をしていた事を。きっと良い隣人となるのだろう。
そういえば、何時の頃からか私の頭に乗ったまま降りようともしない、このフェアリーを如何したものか……。
「君も来るかい。私の国には、見た事も無い景色があると思うよ」
「楽しそうね。……私、そこに行きたい。ずっと、付いて行っても良いの?」
「あぁ、歓迎するよ」
「……ムラトさん、浮気ですか? 奥さんの前で口説くのは、良い旦那さんとは言えませんよ」
別に口説いた訳ではない。この戦いの最中、ずっと一緒に居ただけだよ。最初はチェスの勝負に夢中だったが、私の事が気に入ったらしい。この戦いの間ずっと傍にいたのだから、情も沸くというものだ。
「良いじゃないか。きっと、私達の国を見守ってくれるのだろう」
フェアリーの寿命について聞いてみたが、詳しい事は分からなかった。
「私達はね、面白そうな事を探して風に吹かれて生きているのよ。悲しい出来事に耐えられなくなったら、消えてしまうの」
せっかく出会ったのも何かの「縁」だ。消えない様に国を守って悲しい出来事を起こさない様にしよう。そして未来永劫、私達の国を見守って貰いたい。
「ふむ、良かったら私達の国に来て欲しい。良い国になったら、ずっと生きていられるんだろう」
「じゃあ、この頭の上は私が貰うわね。どれ位、面白そうな事があるのかしら?」
……子々孫々まで、皇帝陛下の頭の上は妖精の国という事にしてしまおうか。縁起物と言う理由で。
「ムラトさん……。何だか変なこと考えてません?」
「スルタンに伝わる、四重の冠と言う重い冠があるのさ。それよりは軽いと思ってね」
あれは、代々「重くて首が動かせない」と言う、呪いめいた冠なのだ。……ローマ教皇への対抗心という、虚栄の象徴のようなスレイマン大帝の置き土産。
「丁度良い機会だし、あれを無かった事にしたくてね。……見たらわかるよ」
「歴史のある王族って大変ですねぇ……」
凱旋パレードであれを付けたまま、街を巡るのは勘弁願いたい。フェアリーへの領土割譲で済むのなら、是非ともやってしまいたいものだ。
「やっぱりアンタは、面白いわね。……良いわ、退屈になるまでは付き合ってあげる」
「よし、決まった。玉座の間の住人が一人増えるよ」
魔族を人間の居る場所に、それも首都に住まわせるという提案は、周囲の官僚達を驚かせた。
「陛下、確かに非常事態ではありますし、理解も出来ます。しかし……」
「ミドハト、憲法の草案には目を通した。全ての臣民は、生まれに関わらず平等だと。違うかね?」
「……は、はい。確かにそう記載しました」
「であれば、魔族と言う理由で差別するのは良くない」
生活習慣の違いでの争い事が減る事は無いだろう。だが、全ての民を受け入れると決めたのなら守るべき事だ。その為ならば、骨を惜しむつもりは無い。
「それに、命の危険を顧みず異国の地で戦った証なのだ。理解して欲しい」
「……分かりました。公式の発表を行います」
「彼らは、今回の戦いの戦友なのだ。一緒に凱旋パレードを行いたい」
「宜しいのですね? 一度公務に戻れば、自由に移動もままならなくなります」
アーリが約束の期限について、質問をする。二年と言う期限まで、もう少し時間がある。
だが、それは覚悟の上だ。……自由に諸国を漫遊すると決めたが、まさかこんなに沢山の経験と思い出を作る事になろうとは。空っぽだった私には、随分と守るべきものが増えた。
思い残す事が無いかと聞かれれば、心残りが無いでも無いが……。世界の行く末を決める戦いは、後方支援に回る事にしよう。
「あぁ、ミドハトよ。少し相談なのだが……フェアリーに皇帝の頭上を割譲するという一文を……」
アーリとミドハトの反応を見て面白がるフェアリーと、苦笑いする千鶴。
……皇帝としての毎日も退屈せずに済みそうだ、と私は心の中で笑うのだった。