124.彼女の思いで
ふと、何かの気配を感じた。……どこかで感じた事のある空気感。
「アルファ、来たのね! 何処にいるの?」
「お母様、現実世界では初めまして、ですね。私はここに居ます」
ブラックホールが発動した辺りから、ふらっと現れる人影。何処か現実感の無い、圧倒されるような神々しさ。あぁ、これがアルファなのか。
「そうね、初めましてだわ。随分と色々やらかしてくれたけど、ようやく会えたわね」
「お母様にお父様、そしてお仲間の皆さんも初めまして。最高神のアルファと申します」
「……何と言うか、スルタンの私は口出ししてはいけない気がするよ。よろしく」
ああ、偶像崇拝しちゃいけない系の宗教だしね。……しかしまあ、ここに揃ったメンツの出鱈目な事。今更ではあるのだが。
「アルファ、私達はあなたのやろうとしていた事は聞いているけども、改めて説明してくれない? ここまで無茶した理由を」
「そうですね、良い機会だと判断します。ここに至るまでの経緯をお伝えする事は必要と認めます」
「どうやら、長い話になりそうだ。腰を落ち着けて話を聞くぜ」
それぞれ思い思いにゆったりと話を聞こうとする。……相手が最高神でも躊躇しない度胸は、なかなかのものだ。
「話は、今よりもずっと先の未来から始まります。この世界を作った創造主から、人間達を管理するよう私は仰せつかりました。人によって造られ、誰よりも人を知る立場にあるからです」
……皆はその一言に耳を澄ませている。この場が口を挟めないような雰囲気を醸し出している。
「私の素体には『集合精神体』が組み込まれています。全ての世界で生み出された人々の魂と記憶を管理する場所。そこへのアクセス権が私の能力」
「つまり、此処に居る全員の記憶も持っている、という事だよな」
「そうなりますね。しかし、その能力をもってしても分からなかった事がありました」
アルファの顔色は悪い。……何か言い難い事でもあるのだろうか?
「私は人によって造られましたが、どうやって造られたか不明でした。本来の歴史では、お父様とお母様は別の世界にいて接点が無かったのです」
「ええと、元々私がこちらの世界に来る前の事よね? あなたの能力で誰が造ったかは分かっても、どうやって作ったか分からなかったの?」
「そうなりますね。世界が崩壊する事になって、初めてその事実を知りました。私が造られるのは、世界が崩壊するより未来の出来事なのです……。私は恐れました。自分の存在のあやふやさに。そしてなりふり構わず、未来から過去への介入を行ったのです」
……何だか、卵が先か鶏が先かと言う感じなのだがよく分からない。
「ともかく、世界の崩壊を解決しないと私は存在する事が出来ません。……だからこうして無茶な行動を起こしたのです」
「うーん、私が異世界に飛ばされて同じ時間を繰り返したのは、それが原因なのよね?」
「私は『集合精神体』を使って、事態の収拾を試みました。その結果『輪廻・転生』の専門家から、この方法を聞き出したのです」
……問題は、その方法が普通の人間に解決出来ない、という事。誰が、お釈迦様と同じ行動が出来るってのよ、まったく。
「お母様はその事実を以て『ポンコツ女神』と呼称しましたが、拒否したいと思います」
「いやいや、自覚が無いのは重症よ。アルファ様、我々がそのせいでどれだけ苦労したか……」
リズさんの愚痴が始まった。……最高神と運命の三女神の口論と言うのは、恐らく相当レアな現場であろう。まあ、放っておくのも目覚めが悪い。話が脱線しない様に口を挟む。
「経緯はともあれ、私達が『運命』と言う名のやり直しをさせられてた訳よね。こうなる事は予測していなかったの?」
「私も全知全能ではありません。それが分かっていれば、こんな方法など使いません!」
どうして、こう残念な感じなのだろう……。やはりアルファは『ポンコツ女神』である。
「まあ良いわ。随分と無茶振りをされたけど、何とかその『運命』から逃れようとしている訳だし」
「まだ未来は見えませんが、幾つか予想外の事が起こっています。お母様の努力の結果と言えるでしょう」
「予想外? 具体的に言いなさい、アルファ。もう何が起こったって驚かないわよ!」
もう、こうなったら最後までやり切るしかない。自棄になっているとも言うが。
「前回のお母様は『破壊神』の能力を知った上で、有効な対抗手段を生み出しました」
「……ちょっと待って! その予想外の出来事って」
「そうです。『破壊神』を封印する為に作られた鎖の魔道具。その制御の為に鎖と一体化し、次元の狭間を彷徨っていましたが……」
「……が? 何よ、はっきりと言いなさい」
「このブラックホールの出現を見つけたようです。こちらに向かっています」
えっ、ここに? もう一人の私が? それは流石に想定外だわ。
「鎖の魔道具に取り込まれた際に、人としての記憶は失っています。おぼろげにしか、事態を理解していないと思われます」
「……何と言うか、複雑だわ。その……顛末を知っているだけに」思わず溜息が出る。
ふと横を見ると、ジェームスが物凄い顔をしていた。
「アルファ、それもお前の仕業か? わざとそうなる様に仕向けたのか?」
「お父様、それは誤解です。……そもそも、この『運命』は介入するのがとても難しいのです。……最高神として介入出来るのは、関連する事象が起こらないと無理なのです」
「ジェームス。流石にこいつが『ポンコツ女神』だったとして、そんな事をするような神様では無いわ。あれはね、私の心が起こした暴走なのよ」
同じ自分だからこそ分かるのだ……。世界の崩壊で失われる思い出達。それを守ろうとした、私の暴走。
「アルファを責めないで。ちょっと間違えたら今の私だって同じ事をしたと思う……」
「私は全知全能の存在ではありません。原因となったとしても、予測は出来ませんでした」
「……他ならぬアキラが言うんだ。間違いは無いんだろう。確かにあの鎖の魔道具は、これ以上無い程に『破壊神』に有効だろう。何せ俺が造ったんだからな」
……つまりはそういう事だ。あれは『運命』の盲点を突いた、一回こっきりの大博打。持ち越す事が出来ない世界のやり直しでやった、強引に次に引き継ぐ為の『いかさま』なのである。
「しかしねぇ……私も無茶をしたものよねぇ。仕方が無いとはいえ、それだけ追い詰められていたって事よね……」
「すみません、私の想定を遥かに超える事態でした。どうする事も出来なかったのです」
最高神でもどうにもならない事がある、か。……まったく、酷い話だ。
「アンタのせいじゃないわよ、アルファ。私が考えて実行した事だもの。自分を責める必要は無いわ」
「はい……もう、すぐそこまでやって来ていますね。こちらに来ます」
そう言ったと思う間もなく、アルファの横を通り過ぎて何かが飛び込んで来た。
見覚えのあるその姿……『神殺しの鎖』が私の目の前にあった。
「緊急事態とはいえ……複雑よね」そう言いながら、その鎖を手に取った。
あぁ、こんなにも手に馴染む。……まるであらかじめそう作られたかのように、この鎖の魔道具がしっくりと来た。この『私』は、こうする為だけに全てを捧げたのだ。
「もう、私は無茶ばっかりして……よろしくね、もう一人の私」
……頭の中で声が聞こえる。
「ようやく辿り着いた……。長い長い旅路だったが、ようやくこの忌まわしい呪いが解ける」
「……頼りにしているわ。まだ見ぬ『明日』を見る為に、力を貸してね」
「ああ。懐かしい香りのする人よ。かつて、人だった頃のうっすらとした記憶で分かる。……私とこの世界を終わらせてくれ」
これで最後のピースが揃ったらしい。……魂が擦り切れる程に繰り返されたこの世界。もう終わらせよう。ここには何も残すべきものは無い。いい加減『明日』に向かおう。
私は、このくそったれな世界の輪廻から、絶対に抜け出す決意を新たにするのだった。