【番外】正直手に負えない状況
「まずいね……。あれをどうにかする方法が私達にあるのかどうか?」
アキラがリズさんを呼びに行ってから数時間後。私達は、現状の変化に戸惑い悩んでいた。ほんの数十分前までは湧き出る『破壊神』を効率良く擦り潰す作業中だった。
「なぁ、ムラト。あれは『破壊神本体』の腕だと思うか?」
「そうだね……そうであって欲しいものだ。まさかあれが指だとすると、とてもじゃないが相手にならない」
魔法陣から巨大な腕が飛び出している。腕だという根拠は、空高くに伸びる先端に鋭い爪や手が見えるからなのだが……。
突然、地面が揺れたと思ったら魔法陣からあれが伸びて来た。あれは、魔法陣をこじ開けてこちら側に抜け出ようとしている。……恐らくだが、あれこそが『破壊神』の本体なのだろう。
……あちら側の世界に何か影響が出ているのだ。原因は分からないが、とても個人で対応出来る大きさではない。今の所は、戦闘力の高い魔族四天王や千鶴達で攻撃を続けている。
「なあ、やっぱりおかしいよな。……攻撃は当たっているように見えるのに、すぐに元通りだ。効いているようには見えん」
「強力な再生能力があるんだろう。本体のみが持つ能力じゃないかな。……問題はそれを止める方法なんだが」
ここには、ジェームスとホルスと私。戦闘能力は無いが、特殊な技能や観察に長けた者を集めた……と、勝手に思っている。自分が役立たずと思いたくないだけだ。
「物理的な能力ではないだろう。詳しくは無いが、魔法に関わるのではないかな、ホルス君」
「……そうですね、周囲のマナが強すぎます。アイツが再生を行う度にマナが大きく渦巻きますから、何らかの魔法なんでしょう」
「確定と見て良さそうだね。私は魔法には詳しくないが……マナを減らす方法と言うのはあるのかい?」
それを聞いてジェームスとホルスがお互いの顔を眺める。私の質問に問題があったのだろうか?
「そりゃお前……マナを節約する方法は数知れず、それこそ専門家が居るようなお題目だがな」
「……意図的にマナを減らす、と言うのは聞いた事が無いですね」
二人の反応は、今まで考えた事も無かった話だったからのようだ。マナは魔法の基礎であり、増やす方法や使わない技術は培ってきた歴史があるのだろう。
今回は全く逆だ。周辺のマナを吸い取る、もしくは使い切る方法……。なるほど、戦術で勝つ方法を学ぶ事はあっても、負ける方法を考える奴は居ない、と言う話だと思う。
「つまり、現状アイツに対抗する手段が思いつかない、と言う結論で正しい訳かい?」
「一応、何とかする方法自体は幾つか思いつく。……だがなあ、それも物凄い準備の結果出来るだけで、今すぐにどうにか出来る訳じゃねえよ」
「俺も……『ソウル スティール』で吸収自体は出来ると思います。吸い取ったマナをどうするかは、思いつきませんけど……」
ふむ、これは困った……。このままの状態を維持出来るのもそう長くはない。
かといって、いくらリズさんの力があってもアイツをそのまま封印出来るとも思えない。
魔族四天王が存在そのものを吸い取ったり、抹消したりする力は持っている。千鶴の破邪の力で消し飛ばすのも同じ理屈だ。一時的にマナを散らしても吸収・再生するのでは、堂々巡りなのだ。
だからといって、この一帯のマナ全てを枯渇させるまで力を使い続ける事は出来まい……。どうにも手詰まりである。
そういう訳で、我々頭脳担当者達は思考停止と相成っている訳である。……原因が分かってもなぁ。
海の水をひしゃくで掬う、と言った風情なのだ。どうしろと言うのだろうか?
「あー、アキラがいればどうしようもないアイデアを思いついて、実行するんだろうがな……」
「同感ですね。とんでもない事を言い出すのは、いつもの事ですし」
「そうだね……我々が悩んでいても、関係無く解決しそうだ」
その一点において、我々のアキラへの信頼っぷりは絶対的なものである。……いわば被害者の会とも言うのだが。
想定もしていない方法で打開策を立案する才能には頭が下がるが、その為に苦労をし続けていると言っても過言ではない男性陣はお互いの顔を見つめ合い、笑い出した。
「……とりあえずアイツが帰ってきたら考えよう。どうせ、今回も頭のおかしな解決策を持ってくるって」
「実際問題、解決しそうなところがアキラさんらしいですね」
「……うん、その点においては信じているからね」
そのアイデアを思い付くにあたって必要な情報収集は欠かせないが、何とかなるだろうと思う事にした。
……別に諦めたのではない。常日頃から前向きに考えよう、と言っている「ロンドンの女帝」にして魔王様。今度は、どんな肩書がつくのだろうか? そんな所だ。
「……俺もそうだが、アイツに負担を掛けない様にしないとな。……結果的に色々な物を抱え込むのは、アイツの悪い癖だ。せめて負担は減らしてやりたい」
ジェームスが呟く。やはり、愛する人物への心配は頭から離れないらしい。
「そうだね、その意見には賛成だ。ふむ……一旦、全員撤収させた方が良いかもしれないね」
「じゃあ、俺が様子を見に行ってきます」
「悪いな、ホルス。頼んだぜ!」
数十分後、全員であのデカブツに関して意見交換をしている所に、アキラと本部メンバーがやって来た。随分と物々しい雰囲気だ。
「お帰り。……どうしたんだ、変な顔をして」ジェームスがアキラに声を掛けた。
「どうしたも何も……。何よあれ?」
「うん、しばらく前にね。突然魔法陣から現れたんだよ。……攻撃してもすぐに復活してしまう。今は全員この城に戻っている」
アキラは、暫く窓から様子を眺めて色々と聞き取りをしている。……しばらく考え込んだ後に言った。
「うん、こうなったら私の切り札を使う事になるわね」
「アキラちゃん、やっぱり使うの? 色々と影響が……」リズさんの様子がおかしい。
……上手く説明出来ないが、何と言うかいつもの明るい雰囲気ではない。口調も違う。
「その……リズさん。失礼ですがいつもと様子が違うように思うのですが?」
「……そうね。私達はもうすぐ会えなくなるからね。もう口調とかは気にしていないの。長い付き合いだったけど、私達の役割は終わるからね」
「役割が終わる……とは?」
私以外も疑問に思った様だ。同じように首を傾げている。
「ああ、私達の『運命』って奴が終わるって事よ。……つまり世界を繰り返す事も無いし、失敗したら世界が滅びる。それだけの事ね」
「アキラ、それって……」ジェームスは絶句している。
無理も無い。こんな結末は誰も流石に予測していない。……あの巨大な破壊神本体を倒すか、世界が滅びるか。そんな重大な事をサラッと言い放った。
「皆、世界を救うって決めたじゃないの。ちょっと予定と変わっただけよ……。そう思わないと、やっていられないわ」アキラが溜息を吐いて言い切った。
「それはともかく、お前の言いだす事は何時だって唐突だな。三人が神様だって言うのは以前に聞いたが、いきなり居なくなるなんて……」
「馬鹿ね、ジェームス。神様なんてそんなもんよ。……私達だって、その神様に向かって片足を突っ込んでいるのよ。……世界を救うって言うのは、そういう事なの」
まぁ、真っ当な思考の持ち主なら諦めるような話だ……。アキラがやると言ったから、私もここまで兵隊を連れて来ただけだ。そもそも今更な話である。
「そういう訳でね。ちょっと無茶をするけど、何とかなるわよ。まさか、こんな風に役に立つとは思わなかったけどね。『神様の思し召し』って所かしら?」
「アルファの奴、どうせ碌なやり方じゃないだろう……。具体的に説明してくれ」
「簡単よ。この『宝玉』を使ってマナを吸い取るのよ。その結果、何もかもを吸い込むブラックホールを作り出して、あのデカブツを吸い込むわ!」
……やはり、何時ものようにとんでもない方法を持ち出してきた。我々もその言葉に苦笑する。
「ああ、お前はそういう奴だよな。信じていたよ、この爆弾女め」
「……アキラちゃん、出来るだけ穏便にね。あれが地表に残っちゃうと、そのまま世界が終わるからね」
リズさんが恐ろしい事を言う。……毒を食らわば皿まで、と言う言葉があるがまさにその通り。
世界を救う為に、世界が終わるような力を使うとは……。やはりアキラは真っ当な思考をしていない。
ジェームスとホルスは諦めて肩をすくめる。どうやら考える事は同じらしい。
「まあいい。……アキラ、出来るだけ危険な事は避けたい。そのプランを出来るだけ具体化しろ。俺達でリスクを全力で排除してやる!」
「そうだね、我々に出来るのはそれ位だ……。ホルス君、良いかね?」
「そうですね、魔法に関しては誰にも知識で負けるつもりはありません! きっちり作戦を立てましょう」
こうして頭脳担当班の意見は一致した。こういう無茶振りには、全員慣れ親しんでいる。暴走する彼女に付けられた、外付けのブレーキ役に徹するのも何時もの事だ。しっかりと、やり通してみようではないか。
「……あのねぇ。そりゃ、『作戦を立てたからには最後まで見届けないと』って言う意見には賛成よ。だからって……」
主だったメンバーは、アキラの乗るオメガの肩やら腕やらにしがみ付いて、命綱を付けている。
「ばーっか、俺はお前と一緒に歩んでいくって決めたんだ。何処までだって付いて行ってやるよ!」
「俺は、今後の対策の為にもその力を見たくって……その魔法自身に興味があることは否定しませんが」
「私も責任者の一人として、立ち会う義務がある。決して見物したいと思っている訳ではないよ」
各々、好き勝手に良い訳をする。……今更、ちょっと危険だからと言って城に残るという選択肢はない。
この後どんな事が起こるか分からないのだ。是非、こんな面白……危険な事態は見ておく必要がある。
「お姉様、私の役割は護衛ですからね。何があっても付いて行きますよ!」
「やれやれ、わし等の事も考えて欲しいのぅ……。こんな使い方をするとは思わんかったぞ」
『くれぐれも言うが、加減はしっかりとしろ! 良いか、絶対に守るんだ』
「もう、あのポンコツときたら……本当に迷惑だわ。断腸の想いで、ここから去る身にもなって欲しいわね」
それぞれ、「悲喜こもごも」と言った風情ではある。……もう、後戻りは出来ない事は理解した。そして、この後の問題が山積みである事も。
あの後、全員が頭を抱えるこの作戦を少しでも真っ当にすべく、激しい口論が続いた。
マナの吸い込む量やら、その「ブラックホール」という存在の危険性も。その上で、どの位なら制御可能か、きちんと消失するかどうかの検証などなど……。
……結果として「アキラに全部任せると、碌な事にならん!」と言う結論に至った。
そういう訳で一か八かの運任せにも程がある、この作戦を検討した面々が監視するという事になった。
「まぁ、私も使うのは初めてだけども……。危険な事も理解しているし、無茶はしないわよ?」
「ここに居る面々の目を見てもそう言えるか? お前の暴走に付き合うのも慣れた……その結果だ!」
「……本当にねぇ。ジェームスの胃が死ぬ前に、手加減と言うものを覚えてはどうかね?」
「愚問ね! ジェームスの胃程度で済むのなら、ロマンを選ぶわ! それが相棒ってものでしょう?」
「お前は、本当に良く出来た嫁だよ! 今更だがな」
「……お二人とも、作戦前にいちゃつくのはやめて欲しいんだがねぇ」
……まあ、我々に残されたのは『ノリと勢い』である。そもそも、あんなデカブツを物理的にどうにかする案が、そのまま通るとは思わなかった。
具体的には、アイツを魔法陣ごとぶっ飛ばす。後に残った穴をリズさんが封印する。どうやっても一年程度で封印は解けるし、あちら側の世界との繫がりがあちこちに出来て、制御不能になるらしい。
それまでに準備を徹底して、こちらからあちらの世界に乗り込んで制圧する。きちんと準備すれば、何とかなる……と言う目算ではあるのだが、そこら辺は試行錯誤するしかない。
ジェームスによると、マナを吸収する魔道具自体は実現可能だそうだ。制作難易度については……推して知るべし、である。とにかく、今までに培った人脈と技術を結集して解決すると決まった。
「詳しい事は知らないんだけどね……どうやら、私には天文学的な確率を実現する『因果律操作』って言う能力があるらしいわ。……だからね、何とかなるんじゃない?」
「うん、アキラ。それは今言う事かね? 予想外の出来事が連続する未来しか見えないのだが……」
「奇遇だな、ムラト。俺もそう思った。……諦めろ、こいつと一緒に居て予測通りの結果になった事なんて無いぜ。俺は諦めた!」ジェームスも災難だ。もう、吹っ切れたような笑顔なのが更に哀れである。
そこにいる関係者全員が深い溜息を吐いた……。皆、考える事は同じだったのだろう。
「何よ! 結果的には今まで上手く行ったじゃない。大丈夫よ、私を信じなさい!」
「……お前は振り回される方の立場が分かっていない! だがまぁ、何時だって信じているさ」
「ともかく、思い立ったが吉日! やってやろうじゃないの! 神様だって分からない、未来への道筋を!」
『おう!』と、皆で覚悟を決めた。神様も魔族も人間も……アキラに対する気持ちだけは変わらない。
……彼女は何時だって予測不能で、何かをやらかしてしまう。それでいて、誰も後悔しない。そういう人間なのだ。能力云々なのではない、お互いの信頼関係である。
実際、能力やら運命やら言い出しても関係無い。……彼女と長年接した者だけが感じる、何かがあるのだ。
……そうでなければ「必殺技の名前を考えるのを忘れてたわ!」という一言で、苦笑したりはしない。
「お姉様は、平常運転ですね。ムラトさんは大丈夫ですか?」
「千鶴、私も付き合いは長い……。もう慣れたさ」
それを聞いて、全員が大笑いする。まったく、世界の趨勢が決まるこの状況とは思えない。
だが、ここに居る全員が思っている。きっと、こいつならどんな状況でも何とかしてくれると。
そして、その予想は当たったのだった。