122.神へと至る道
私達は、少し気持ちを落ち着けるように会話しながら『破壊神』を封印する為に移動する。
「じゃあ、『門』を開きますから少し離れて下さいね-」
「全く……アキラちゃんは平然と凄い力を使うわね。それって、ほんの一握りの神様……いえ、恐らく最高神が持つ権能を譲り渡した物よ。思い切った事をするわね」リズさんが呆れながらこちらを見る。
正直言って、その辺りの実感は無い……。神様だの魔王だのと、そう言う存在が跋扈する今の状況……と言うか今の私の肩書は、その魔王様なのだ。自覚が無いのも問題である。
「うーん。もう感覚がマヒしすぎて……この『宝玉』を貰ってからずいぶん経ちますし、この力も実感は無いですよぅ。……凄い事なんですか?」
「……アキラちゃん。その力はね、本来はみだりに使ってはいけないのよ。今は緊急事態だし、仕方が無いけど」
そりゃ、私だって使いたい訳では無いのだが、向こうから危機がやって来るのが悪い。
「そう言えば、この『宝玉』の正体も教えて貰いました。何でも『重さ』を制御するとか……そう言う魔道具みたいですね」
「……えっ、ちょっと待ってね。重力操作の魔法……本当に?」魔導師であるリズさんが、それを聞いて驚いている。
「リズさんは、その魔法を知っているんですか?」
ふと思いつくままに話をしてしまったが、そんなに凄い魔法なのだろうか?
「違うのよ! その……重力操作ってね。いわゆる『ハズレ』扱いされているのよ。要するに大量の魔力を使う癖に変換効率が悪くってね。一般的に『魔法』として扱われないの。……そうか、何で『宝玉』の正体が掴めなかったか、ようやくわかったわ!」
そうか、ハズレかぁ……。ちょっと待って、あの魔法がハズレなんて事があるのだろうか?
「リズさん、私の切り札として教えて貰った魔法なんですけど……流石にそれがハズレとは思えません」
「……どういう魔法なの?」
「疑似的なブラックホールを作り出すんです……。普通に扱う魔力と威力がヤバすぎて、出番は無いと思っていたんですが?」
それを聞いた三人が動揺している……。ああ、長年一緒に居たがこんなにも慌てている姿は初めてだなぁ。
「アキラちゃん、最高神様がそれを教えたの? ああ、そうよね。あのポンコツ、よりにもよってそんなものを……しかも、無尽蔵の『オド』持ちに!」
『アキラ、悪い事は言わん。その魔法を使うのは、可能な限り止めるんだ。万が一の事があれば、世界が終わる!』
ですよね……。だから、切り札って言ったのに。
「もちろん、私だってその危険性位は分かっています。『破壊神』相手じゃなきゃ、使いませんよ」
「そうねぇ……。最高神様が判断したって事だし。会ったら、散々文句を言ってやるわ!」
うん、やはり神様サイドから見ても、アルファはポンコツ女神なのだなぁ。……あれを真っ当な思考にするのは、骨が折れそうだと思う。
ともあれ、恐らく自分以外には使えないだろう。そして、使った後のリスクを考えるとよっぽどの事が無い限り、地上にブラックホールを作るなんて思わない。
「ぐぬぬ。アキラちゃん、お願いだから絶対に使わないでよ。フリじゃないから! どんな神様でも抗えない、最悪の魔法よ。古代ローマでさえ禁呪扱いした代物なのよ……。私の封印でも無理だから!」
「……まあ、でもイザとなったらどんな手段でも使いますよ! これ以上やり直すなんて嫌ですから」
「……過去の周回は記憶を引き継がなくても、精神や感情には残るものね。気持ちは分かるわ」
神様三人がウンザリとしながら、溜息を吐く。……そう言えば、その六万回以上のやり直しに付き合わされたのだから、そうもなろう。
「やっぱり、過去の私って酷かったんですか?」思わず聞かなくても良い事を聞いてしまう。
「アキラちゃん。私達ね、過去は振り返らない主義だけど、忍耐力の限界ってあるのよ……」
『うむ、あれは酷い。思い出したくもない』
「それについては、ワシも賛成じゃ。……アキラも気にせん方がええ」
……深くは聞くまい。恐らくだが、状況的に見ても人間として最低レベルの精神構造だったのだろう。長きにわたるやり直しで、そこまで変わるものとは。
「アキラちゃん。貴女の精神性ってね、恐らく通常の人間よりも強靭なのよ。人生を繰り返した回数だけ、貴女は懺悔を繰り返した。恐らく、普通の人間だと耐えられない生き様と思うわ」
「……それって、私は普通じゃないって事ですか?」
「うーん、誤解を生むかもしれないけれど、その生き方って『神へと至る階梯』なのよ。……死と復活、後悔と懺悔。その果てにあるのは、本来『救世主』と呼べる存在になるわ」
良くは分からないが、とにかく苦行を繰り返すと精神が鍛えられると……。まあ、世界を救おうなんて、まともな人間の考える事ではない事だけは確かだ。
「自覚が無いって言うのも、辛いものですねぇ。……ちょっと人よりポジティブ、位の感覚なんですけど?」
「ま、そう言うものよね。……神様ってね、結構あいまいな存在なのよね。例えば、古ぼけたコンピューターが自我を持って神様になるとか、長年使い込んだ道具が神性を持つとか、良くある事なの」
なんとなくだが、分かるような気がする。……今でも、リズさん達だって特別な存在、と言う感覚は無い。運命の三女神とすれば、どんな神話でも出てくるような神秘性がある筈なのに。
「だからね、アキラちゃんも神様に片足を突っ込んでいると思うわ。多分、自然に神様扱いされるんじゃない?」
「えーっ、嫌ですよ。今だって、魔王様扱いが気持ち悪いのに。そう言うのは勘弁です」
「世界を救うなんて、英雄か神様の所業よ。……私達だって、神様として生まれた訳じゃないの。英雄達の活躍に助言したり道具を貸したり、そんな事がきっかけで『信仰』されるようになっただけ」
『信仰』ねぇ? よく考えたら、二つ名みたいなものか。思えば自分のあだ名である「ロンドンの女帝」なんて、本人に断りも無く勝手に呼ばれるようになってしまった。
「何て言うか、随分といい加減なものですねえ、神様って……」
「そーよ。私達だって気が付いたら神様扱いされただけだもの……。世の中ってね、そう言うものなのよ」
そんな何でもない事を話しながら、『門』を歩いていく。仰々しい別れの話なんて何処吹く風。……実に私達らしい会話だ。
神様達の愚痴や本音を聞いて、もしかしたらそうなるかも? なんて、軽々しいお話の方が気持ちが軽くなる。そう言うものなのかもしれない。
「じゃあ、私が神様になったらリズさん達とも会えますかねぇ……?」
「……うーん、まあそこら辺は『神のみぞ知る』って所じゃないかしら?」
そう言いながら皆で笑う。まったく、緊張感もへったくれも無いなぁ。
「気にする事は無いわ。世の中、何処にだって神様はいるわ。……実は知り合いが神様でした、とか」
「……本人がそれを言いますか?」
「うむ、善きかな善きかな。……すべて世は事も無し、じゃわい」
もうすぐ『運命』の終わりの地へ向かう……。だが、こんな何気ない会話こそ重要な気がする。
私は、様々な思い出と楽しい会話に没入しながら、まだ体験していない未来の事を考えるのだった。