12.本部の個性的な幹部達
私は、ちょっとした休暇やらピンチやらを終えて、一気に仕事モードへと頭を切り替える。
此処からは幹部との意見のすり合わせだ、気合を入れなくてはならない。
……あの3人癖が強いからなぁ。
3日ほど移動し、本部へと到着する。この世界には誰も居ない。詳しい事は分からないが、何かの事件で滅んでしまった世界。
特に自然や建物には、変わった所がある訳でもないのだが、過去にパリと名付けられたその都市には我が組織である『青い鳥』旅団の本部がある。
郊外にある洋館がそれだ。表の看板に青い鳥が掲げられている。こんな所に団員以外が来る事は無いので、まったく意味のない物だが。
気を取り直して、ベルを鳴らす。少し間をおいて女性が玄関から現れる。
彼女の名はリズさん。私にとっては一応上司にあたる。この組織の商業とお金の管理はこの人が取り扱っている。
年齢は不詳で、出身も教えてはくれない。
だが、この人は全世界でもトップクラスの魔導師であり『3次元6連集約魔法陣』という、よく分からないが物凄い魔法技術を持っている、らしい。
……と言うのは私がその魔法を見たことが無い為であり、彼女がその魔法を使うのは世界の危機が訪れた時のみ、とか。
こちらの世界に飛ばされてから二年以上の付き合いとなるが、その辺りの事は教えて貰えない。
幹部の中では、全部で百何十人か居る組織メンバーの会計を担当しており、『超ブラック企業』並みの忙しさの被害者でもある。
……とにかく私にとっては「姉」のような存在であり、借金や諸々の問題の窓口なので頭が上がらない人である。
個人的には、楽しい同姓の友人という認識なのだが……。
私は、時々やってきては新たな問題と仕事を増やす原因なのだ。愚痴の一つも言いたくなるそうだ。
「あらあら、いらっしゃい~。今日も借金の返済?」と、皮肉のような挨拶。ご当人はそう思っていないが。
……ぶっちゃけて言うと、この人は『天然』なのだ。天然の毒舌家、それも自覚が無いから恐ろしい。
「今日も書類が一杯で~お出迎えが遅れて、ごめんなさいね~」との挨拶に「いえ、それ以外にも色々報告が必要で……もしかすると書類が増えるかも」と返す。
実際の話、私が抱える案件である『新たな世界探し』で増えた仕事は数え切れず。2年間で10倍以上に増えた世界の管理を、一手に引き受けるのだから、仕方がない。
「いいのよ~、アキラちゃんのお陰で、皆が喜んでいるんだから~。そうそう、リスボンから『彼女と結婚したいのですが、借金を返済する為に給料を前借させて欲しい』って、人が居るんだけど……。アキラちゃん知ってる~?」と、あからさまに怒っている。
それは質の悪い結婚詐欺か、美人局の類だろう。エリオに確認の必要があるなぁ。下手に嘘を付くと後が怖い。
「その話は聞いていないので、店長に確認の連絡をしますね」
「そ~ね~。まさかとは思うけど……組織のお金、黙って使ってないわよ、ね?」と、笑顔で恐ろしい事を聞く。知らんがな。
リズさんは続けて「あっちじゃ~メンバー全員がサボっているって聞くし……みんなズル~い!」と、怒っておられる。
誰も此処に、仕事をしようと来る者は居ない。奴隷以下の生活が待っているからな。
毎日毎日残業が続くせいで、歴代担当者は直ぐに辞めたがる。ますます、仕事に来る奴が減るという悪循環だ。
あの真面目なグレッグさんでさえ「本部には行きたくない。帰れなくなりそうだ」と、首を振っていた。
『リスボン天国、ロンドン地獄。死なせてもらえぬ本部かな』と、メンバーからは呼ばれている。多分、ロンドンが地獄なのは飯が不味いからだろう。
そんな訳で非常に恐縮なのだが、さっさと話を切り上げて会議にしたい。めんどくさい。
「はいはい、リズさん。団長の所に行きましょうか」このまま愚痴を聞き続けると、終わらない気がしたからだ。
「アキラちゃんのいじわる~」と言う、自称『リズさんじゅうななさい』は放っておいて、とっとと話を進めたい。……悪い人ではないんだけどね。
これは、私達のスキンシップでもあるのだ。私が見知らぬ異世界に放り込まれて泣いていた時に、傍に居てくれた人なのだ。
阿吽の呼吸とでもいうのか、毎回同じようなやり取りを繰り返している。
私達は館内に入り、まずは『お婆さん』の所に行く。
『お婆さん』と言うのは通称であり、物凄ーく長い名前の占い師で錬金術師でもあり情報・諜報部門の責任者。
メンバーの皆は『本部の婆さん』と呼んでいる。一応、私は敬意を込めて『お婆さん』と呼んでいるが。
彼女には、頼んでいた薬品類を貰うつもりだ。私の魔道具屋では、一押しの看板商品である。代わりに、色々な素材集めを要求されたり、無茶振りをされたりもする。
「こんにちはー、お婆さん。まだ生きてますか?」これも、お約束みたいな挨拶だ。
「あたしゃ、自分の占いで死相が出るまでは生きとるよ」
死相が出たらどうするのか、と聞いてみた事があるが「そりゃ自殺して、自分の占いの正しさを証明するのさ」と、恐ろしい事を言っていた。……占い師、恐い。
「頼まれてた、薬品一式揃えておいたぞ、『湿布』だったか?あれは、なかなか使い勝手が良いのぉ」
「えっ、自分で試したんですか?」
「当り前じゃ、自分が作った物は、自分で責任を持つ。これが錬金術の掟じゃわい」大変だなぁ、と私は感心する。
「そうじゃ、アキラよ。お前さん、何か良い物を手に入れたのではないかな?」
「あ、マール君の事ですね。はい、とっても役に立っています」
「その馬、お前さんの運命の一つと見た。大事にせいよ」と、よく分からない占いの内容を聞く。
お婆さんの占いは、よく当たるらしい。未来予知?とか何とか。『宝玉』の事も見て貰ったけど……。
お婆さん、占いに関しては『運命じゃ』としか言わないのだ。結局大事にしろ、としか言われなかった。もう少し詳しく占えないのだろうか?
ともかく、私は薬を受け取り3人揃って団長の所に行く。この屋敷は広いので、メイドさんでも雇えば良いのだが……。
こんな辺鄙な所に働きに来る人はいない。そんな事を考えながら団長の部屋に入る。
団長の部屋は会議室を兼ねているので、此処で幹部会議を行う。
『……アキラか、よく来た。また何かあったのではないか?』
本人の口は動いていない。肩に乗せたカラスのはく製のような、作り物から声がする。これがこの組織『青い鳥』の団長。名前も歳も分からない。
とにかく色々な知識があり、皆から慕われている。
「とりあえず、今回の支払い分になります。金貨が300枚に、銀貨が4,000枚ですね」と、私はバックからお金を取り出す。
「……商売は順調そうで良かったけど、問題は無いの?」と、リズさんからの質問。
「なんぞ仲良くした者がおるだろう、いやな影が見えるわい」
それって、遊牧民の村の事だよね?問題あるのかなあ……。
『……詳しく説明しなさい』と、団長の声。私は、出会ってからの話を説明した。
もちろん、世界を移動している事や組織の事を喋った件も含めて。その上で、このまま交流を進めてよいか?と、質問した。
『……問題ない。そのまま続けるように。定期的に進捗を報告する事』と、団長が指示をしてその話は終了した。良かった、これでまたあの村に帰れる。
「アキラちゃん、良かったわね。何かあったら言ってね、お手伝いするから」と、リズさんからの応援。正直ありがたい、特にお金的な意味で。
「その者達とは、仲良くする事じゃ。そうすれば新たな道が開ける。……我々も準備をする必要があるじゃろう」
「……その、あの辺りに『門』がある事は分かっています。……何か、隠し事があるようですけど」
「うむ、その隠し事が我らに明かされた時、何か活動が必要になるらしい……。気にする事は無い。お前さんは、今の問題を解決しなさい」とにかく、色々活動してから考えよう。
その後は、お店の話や経営状況を説明する。リスボンの結婚詐欺の事も伝えなくちゃ。
「お前さんと出会って不幸になった者はおらん。自信をもって、己のなすべき事をせよ」と、お婆さんが言ってくれた。どうやら私の悩み事に気が付いたらしい。
「それも占いですか?」
「そんなもん、お前さんの顔を見ておれば分かる。お前さんは、純粋だから人を引き付けるのじゃ」
「……純粋に、お金に目が無いとかじゃないですよね?」と聞いたら、皆に笑われた。
どうやら、私が『守銭奴』である事は、否定してくれないらしい。
やっぱり変な人しかいないじゃないか。
常識的な人は居ないのか。グレッグさんが最後の良心、というか被害担当者。
リズさんについては、コメディーリリーフ、という事で。
ほわほわした感じのお姉さんでポンコツです。まともに役に立つとは思わないで下さい。
一応、後半この本部三人も特殊な役割を持っている、と言う伏線もあります。
< 史実商人紹介 >
そろそろ本編よりも書くのが苦しくなってきた、本末転倒なこのコーナー。日本の戦後における実業家を二人。
松下 幸之助(1894-1989)
日本の実業家。言わずと知れた「経営の神様」……なのだが、この人はあまり商売が上手かったとは個人的に思えない。活躍した時代のせいだ。第二次世界大戦から戦後の高度成長期である。
別に本人に商売の才能があった訳ではない。戦争で軍需品を作り、戦後は家電やらテレビを開発・販売した。それだけである。
だって、世間一般では職人、かつ技術者で商売が徹底的に駄目な、ニッカウヰスキーの設立者「竹鶴 政孝」個人的には好きな人なのだが、この人も同じような時代で会社を続けていられたのだ。
つまり、時代の流れと運さえあれば、この時代儲ける事が出来たという事。
成功したから凄い商人なのではない。商売の方針がちゃんとしていて成功するのとは違うと思う。
稲盛 和夫(1932-2022)
日本の実業家。こちらは文句なしの商売人。日本経済が「失われた20年」と言われる不景気の中で「京セラミタ」「JAL」などの一流企業を立て直している。
「アメーバ経営」など、変わった経営方針も有名。コツコツ積み重ねていくタイプの決して目立たないが有能な経営者である。
石油ショック時に京セラをバブル崩壊時にKDDIを、と言う特殊な時期に会社を設立する事の難しさは、どう考えても只者ではないと思う。