121.神々の黄昏
この場は皆に任せて、本部へと向かおう。私はオメガから降りて、本部までの『門』を開けた。
「直ぐに戻って来るから、頑張って守っていてね。リズさんに封印して貰えば、何とか時間が稼げるわ」
「任せとけ! 何ならゆっくり休んでいても構わないぞ」
「馬鹿ね、ジェームス。何時危なくなるか分からないじゃないの。きっちりと終わらせるわ!」
駆け足で本部へと向かった。実際、自分が抜けても何とかなりそうだが、相手は『破壊神』だ。
まだ、「本体」と思しき個体には出会っていない。……こういう時の予感は、良く当たる。
恐らく、もうひと騒ぎある筈だと確信めいた勘が働いた。
人気のない本部に足を踏み入れると、三人共神妙な顔をして会議室に集まっていた。
「アキラちゃん、ようやく『運命』を乗り越えてここまで来たのね。……随分と長かったけど、最後だと思うと寂しくなるわね」
「リズさん、何か雰囲気が違うような……。それに最後って?」
「私達は『運命の三女神』なのよ。アキラちゃんの『運命』は、今までここで終わる事だったの。何万回も繰り返していたけど、ここまで到達した事は無いわ。……だからね、運命の三女神はここで退場するのよ」
あの魔法陣にまでは、今までも辿り着けた事があったのだろう。だが、あの湧き出る『破壊神』に押しつぶされて、やり直し……と。
成程、それは『運命』を乗り越えたと言えるのだろう。……流石に軍隊レベルで人員を集め、魔族まで総動員するようなやり方など、今まで考え付かなかったに違いない。
「それは分かりましたけど……。いきなりですね?」
「私達にとっては、唯一人間と神が触れ合える時空間だったのだけどね……。私達を通じて、神様達が応援していたのよ」
「……私達は見世物ですか?」何となく良い気持ちはしない。
「違うわね。神々にとっては、人間の意思や思いは力の源なのよ。……活発に行動するアキラちゃんは、人気だったって事。私だって、ずっと応援していたわ」
「そうじゃの。……創造神でさえも、隠れて応援しておった。世界を治める者にとって、嬉しそうに活動報告するお前さんは、見ていて楽しかったわい」
リズさんと団長がその言葉に頷く。良くは分からないが、ともかく喜ばれていたと納得しておく。
「じゃあ、ロンドンの騒ぎやリスボンも見られていたんですか?」
「そうねぇ。蒸気船作りは大好評だったわよ。後は、色恋沙汰ね……」リズさんはクスクス笑う。
「……そう言えば、リズさんは面白そうに茶化してましたけど。そういう意図だったんですか?」
結果として、色々と覚悟を決めた事もある。とはいえ、覗き見とは趣味が悪い。
「アキラちゃん、大丈夫よ。あくまで私達の目線でしか、神々には見えていないから。……ちなみに私の性格は、今の状態が本来の姿よ。いつものふざけた会話は、所謂『キャラ付け』ね。神様からは好評なんだから」
「……リズさん。その一言は余計ですよ。まあ、まともじゃないとは思ってましたけど」
……思えば、随分とお互いふざけ合っていたっけ。楽しい日々の会話が思い浮かぶ。
「後は、そうねぇ……。是清さんを連れて来た時は、皆で大騒ぎだったわね。『歴史を変えていいのか!』って言う穏健派と『いいぞ!もっとやれ!』って言う過激派ねぇ」
「……神様って、暇なんですね。色々と印象が違うんですけど」
もうちょっと、こう何とかならないものか……。暇を持て余した神々の娯楽、と言った感じ。
「ウチに是清さんが来て、勉強を教わったじゃない。……まさか、人間に色々と教わるなんて思わなかったから、結果的に好評だったわね。『良い経験だった』って、反響が凄かったのよ!」
「……あの時は叱られると思って、ビクビクしていたのが馬鹿らしくなりますね」
そういう意味では、私の行動と言うのは意外性の連続だったのだろう……。色々とやらかしたしねぇ。
「挙句の果てに、ロボットを作って魔王軍を組織して……。神様達も手に汗を握って、見守っていたわ。……そんな楽しい時間も終わり。……寂しいけれど、もう関与出来ないからね」
「関与って……。色々とアドバイスしてくれたり、一緒に戦ってくれたじゃないですか?」
思えば、遊牧民の村を守ってくれたのは、他ならぬリズさんだった。……あれが無かったらと思うと。
「神様ってね、基本力を使っちゃいけないのよ。あれは例外……。アキラちゃんが願ったから」
「……願った?」
「あの時、アキラちゃんは『何があっても守る』と誓って、要塞を全力で作ったじゃない。……神様に願って、捧げ物をする。その時だけは、力を使えるのよ」
確か、遊牧民の村で皆を守ると誓った。全財産を掛けて、頑丈な要塞を作った。……それがあったからリズさんが介入出来たと。
「いや、それはその時の勢いで……」
「理由はどうあれ、神様としてのルールなの。本当は言っちゃいけないんだけど、最後だしね」
「じゃあ、今私が『破壊神』が出てくる穴を封印して欲しいと願ったら……」
一体、何を捧げないといけないのだろう。……今の私に出来る事は。
「……そうね。今までの私達との友情、かな?」リズさんはウインクをして微笑んだ。
「リズさんとは、もう会えなくなるんですか?」
「元々、此処に居るのがイレギュラーだからね。変わらず、アキラちゃんを見守るけれど。もう、こうして会って話をする事は出来ないわね」
こちらの世界に飛ばされて。……今までずっと一緒にいて。本当の姉の様に慕って来たリズさん。
色々と支えてくれた、団長やお婆さん。
今までは居るのが当たり前だと思っていたけど、それももう終わり。……思わず涙が零れてしまう。
「そんな……そんな事。もっと一緒にいたかった……。楽しい事だって一杯あったのに」
「そうね。私もずっと一緒にいたかったわ……。でもね、アキラちゃんは進まなくちゃ。『きっと明日はもっと良い日になる』でしょ。何時までも世界を繰り返すのは、終わらせないとね」
確かに、この場でそう誓った。まさか、皆と別れ離れになるとは思わなかった……。
「リズさん、今だけ……今だけちょっと泣いても良いですか?」
「……良いわよ、アキラちゃん。私もちょっとだけ泣くから、ちょうど良いわね……」
私達は抱き合って泣いた。小さい子供の様に、思うだけ別れを惜しんだ……。
「リズさん、私忘れません。……一杯お話した事を。きっと、忘れずに他の人と思い出します!」
「ありがとう、アキラちゃん。……私の大切なお友達にそう言って貰って嬉しいわ!」
『……出会いと別れは必ず訪れる。お互い、大切な思い出を胸に明日を生きるのだ』
「アキラ、ワシの言った事を覚えておるか? お前さんと出会って後悔した奴はおらんと」
神様も人間も関係ない。……一緒に悩んだり喜んだりした時間は、貴重な思い出だ。
「はいっ! 私も後悔しません。……いつまでも忘れません」
「アキラちゃん、じゃあ最後のお願いを言ってごらんなさい」
「リズさん、あの『破壊神』を封印して下さい! あと少し……。あと少しだけ時間を稼ぐだけで良い。そうすれば、私と私の仲間で、アイツを倒せます!」
そうだ、最後の始末は神様には頼らない。私達の『縁』は、神様にだって届いていた。
私達は、まだ辿り着いた事のない『明日』に向かって進み続ける。その為の願い。その後は、神様では無く私達が決着を付けなければ。
リズさんは、黙って頷いた。……私の願いは受け入れられた。その結果、この三人とは別れる事になる。
私は、リズさんのぬくもりを感じながら、涙を拭いて『明日』を目指して歩みを止めないと心に誓った。