120.限界ギリギリの攻防
「ホルス君、こちらのスケルトン部隊に防御魔法を頼む。こちらのオーガ達が限界だ」ムラトさんの声が響く。
「わかりました。オーガ隊には、回復魔法をかけておきます。『アースガード』『プロテクト』『オールヒール』。後は任せます!」ホルス君は、戦場をあちこち駆けまわっている。
こちらから見ていても、かなり防戦一方だ。……まだ十分も経っていないのに。
とにかく『破壊神』の個体が面倒過ぎる。「兵士級」ですら、オスマン兵の銃が満足に効かない。何とか塹壕でゼロ距離射撃を繰り返して、やっと一体倒せるかどうかだ。
そして、相変わらず飛行タイプの一団に苦労している。……こちらに対空兵器は無いし、空を飛べる兵士も少ない。翼を切り落として地上へ落としたりしているが、正直手が足りない。
「母体」への対抗手段となると、メルちゃんやヒサ君に私やトール君と言った限られたメンバーでないと、対処も出来ない。
そう言っているうちに、戦場から敗走する部分が出て来た。
「リンちゃんにフェンリル君、あそこの陣の殿に回って! このままだと突破されるわ」
「はーい」「了解!」と返事がする。
「『破壊神』の人、こんにちは。すみませんが、倒させて貰いますね」リンちゃんが挨拶を始める。
「こっちも悪いけど、食べさせてもらおうかな」
どちらも最終手段と思っていたが、そうもいかない様だ。今はただ、出来るだけ薄い陣形を崩さない様にサポートを入れるしかない。
「では歌います。『ほろびのうた』を聞いてくださーい」
「全員耳を塞げ! 巻き添えを食らうぞ」ムラトさんが周辺に号令をかける。
訓練の結果、ある程度は指向性を持たせたのだ。正面に向かうように、色々と魔道具をそろえた。それでも、周辺への影響は避けられない。幸い、音を聞かなければ影響は少ない、と言う現象により対策は取った。
騒がしい戦場に美しい歌が響き渡る。透き通るような声に反応する『破壊神』。やがて細かく振動を始めて、細かいチリに変わっていく……。
「じゃあ、こちらも行くよ。『全てを食らう者』よ。全部飲み込んでやる!」
フェンリル君がみるみる大きく膨れていく。周辺の「兵士級」が凄い勢いで吸い込まれていく。
何とか『破壊神』の押し返しに成功した。レイ君はじめオスマン陸軍がカウンターを掛ける。とにかくダッシュで元の塹壕へ駆け戻る。
「レイ! こっちから魔法を三発飛ばす。魔法剣で薙ぎ払え!」
「おう! 任せろ!」
レイ君が「兵士級」の群がる場所に飛び込んだ。ホルス君から飛び出した魔法を剣で受け取り、周辺を薙ぎ払う。レイ君ならあの場所でもダメージを受ける事は無いだろう。
とにかく、数が多い。おまけに頑丈だし、魔法を使う奴まで居る。見た目では判別できずに被害が広がる。
「よし、スケルトン隊が前線を維持しろ! エルフ隊とコボルト隊は、弓矢で支援しろ!」
「はいっ!」
幸い、士気も高いし連携もとれている。こちらも元凶の「母体」を落とさないと。
反対側の様子は見えない。あちらには、特に強力な部隊を置いているし、ロキさんの指揮を信じよう。
「……まずは出来る事からひとつづつ、ね」
私は「母体」の一つに狙いを定め、左腕を押し当てる。左腕には、魔力を封じる魔道具を組み込んである。
こいつを押し付けてやれば、いくらかダメージになる。……左腕から魔力が抜けていく事を確認して、右手の大太刀を「母体」に突き刺す。
「トール君、千鶴ちゃん。上下からブチ破るわよ。タイミングを合わせて!」
「はい、お姉様!」
私とトール君が上から、千鶴ちゃんが下の「兵士級」が湧きだす箇所を狙う。
「……落ち着け。さっきみたいに、意識を集中して」大太刀を振り上げる。ただ、真下に振り抜くのみ。それだけを考えて、力を籠める。
「キィチェーーーーーイィ!」と、気合を入れて叫ぶ。さっきよりも良い感じに流れる様に大太刀を降り下ろす。ただ、それだけを考える。余計な事は頭から無くして。
鋭い刃が上から下に、何の抵抗も無く流れていく。手ごたえありだ!
「はあっ!」と、千鶴ちゃんも勢いを付けて飛び上がる。トール君は反対方向から踏みつける。
空中で「母体」が分解されていく。……何とか、倒せるだけの手順が出来たらしい。
「この調子で他の母体を叩くわ! 一緒に来て」
『はい!』
随分と長い間、耐え忍んできたような気がする。いくつ「母体」を落としたかは数えていない。それでも絶え間なく『門』からは様々な種類の『破壊神』が溢れてくる。
「……一体、どうやったら押し込めるかしら?」
「アキラさん、こちらの戦線は安定しました! 一旦、集まって対策を練りましょう!」
「そうね、このままじり貧になる前に話し合いをしましょう」
有難い事に、ホルス君の補助魔法が全体に行き渡った結果、各部隊だけでも押し返せる程度の安定が出来つつあった。主戦力は全力で攻撃し続けていたので、体力が落ちている。一度、休憩を挟まないとそのまま倒れそうだ。
「ヒサ君は、ずっと中心で刀を振り続けてるけど、大丈夫なのかしら?」
「一度、千鶴さんが声を掛けたらしいんですが『今、楽しんじょっでそれどころじゃなか!!』って言っていたらしいです」
あの戦争屋は、戦闘大好きなのね。まあ大丈夫そうなので、放っておこう。よく見ると『門』から出てきた大物を、まとめて消し飛ばしているようだ。
「……今のペースなら何とか抑えられている様ね。ロキさんの方はどうなの?」
「あちら側も何とかなっている。……ヒサの奴が敵を引き付けているのも大きいな」
「そうね。いつもは危ない奴だけど、こういう時は頼りになるわ」
「魔族だからな。魔力が溢れている程、力が出せる。『破壊神』を随分倒したので、この辺りの魔力が濃くなっているのだ。もちろん、支援魔法の効果もあるがな」
そう言えば、魔族四天王や魔王軍の方は、まだまだ元気だ。そういう事なら、人間の方を交代させた方が良いかもしれない。水も食事もとらずに戦い続けで疲れがたまっているだろう。
「このまま、維持するのは何とかなる。……だけど、どうやってあの『門』を閉めれば良いのか?」
「アキラさんの『宝玉』では、閉じる事は出来ないんですか?」
「……一応やっては見たのよね。何と言うか『門』と言うより、あれって『穴』なんだと思う。まったく反応しなかったわ」
あれを閉じる方法も検討がつかない。そもそも、何時まで戦い続けられるかと言う問題もある。
いくら魔王軍や四天王達が頑張っても、増え続ける『破壊神』を相手にいつまでも耐えるのは無理だろう。
「お姉様、温かいスープを作りました。皆にも配っています」千鶴ちゃんも大変だろうに、ご苦労様。
「有難く頂くわね……。千鶴ちゃん、破邪の力が効いたって事だったわね?」
「はい、相性が良いみたいです。元々、悪霊とかを払う力なので……」
となると、穴を塞ぐんじゃなくて封印するしかないのかも……。
「アイツらを殲滅する、と言うのは無理そうだし……。やっぱり、リズさんに封印をして貰うしかないのかもしれないわね」
「そうですね。一旦、終わらせて今回の結果を元にして準備を整えれば、何とか……」
「うむ、あの兵士級の量さえ何とかすれば、負ける事はあるまい。『釣り野伏』を仕掛ける事も可能じゃろう」クロさんは、美味しそうにお茶を飲んでいる。
今回は時間が足りなかったから、ギリギリの状態だったが幾つか分かった事もある。時間稼ぎだとしても、それだけの価値がある。
「分かったわ、私がリズさんにお願いしてくる。その間、皆で食い止めてね」
「はい、アキラさんお願いしますね」
「お姉様、一人で大丈夫ですか?」
「何言っているのよ。『門』を開ければ一瞬じゃないの。千鶴ちゃんは、ムラトさんと一緒に守っていて」
「は、はい!」
ま、一人で行った方が気が楽だし。……リズさん達が神様と知った時から、出来るだけ自分達だけでと考えていた。何となく、ズルをしている気がしていたから。
だが、使える者なら皇帝陛下だろうが神様だろうが使うのが私の信条。
何を引き換えにしてでも、これだけは何とかしないと。私は、もうひと頑張りと気持ちを切り替えて、本部へと向かうのだった。