119.開戦
「ふぁ……。どうしたの、ジェームス?」起きた瞬間に見つめられていた。真剣な表情だった。
「……アルファに会った。アイツ、叶えたい夢があるらしい」
一通り聞いた後、私は悩む。……そんな夢みたいな事、どうやって叶えれば?
「そうだな、例えばオスマン帝国みたいに上手く介入出来れば良いんだが……」
「……難しいよね。実際、偶然が重なっただけじゃない?」
「それだって、アルファたちには予想外の出来事だったらしい。ロンドンやリスボンだって、同様だろう」
確かに、具体的な対策を考えていた訳じゃない。……たまたま、出会った人達との『縁』があったから出来た事だ。
「そうね。よく考えたら、厄介事に首を突っ込んだ結果だわ……。勢い任せとも言うけど」
「だから、俺達に出来る事が他にもあるかもしれない。諦めずに無茶をすればいい。いつもの事じゃないか」
「……いつもの事ねぇ、本当に」
アルファには、私達の行動が理解出来ないのだろう。ロマンやら人助けなどと言う理由で大騒ぎする事に本来意味なんて無い。
「今の状況も含めて、一度話し合いが必要ねぇ……」
「何でも、今の戦いが終わった後に出会うらしい。ご苦労な事だ」
終わったら、ねぇ? 一体、どうやって終わらせるやら……。まだ、始まってもいないのに。
そんな状況を知ってか知らずか、リンちゃんが大慌てで飛び込んでくる。
「大変です、お姉様。ロキさんが来られています!」
「……嫌な予感しかしないけど。行きましょうか、ジェームス」
いよいよ始まるのだ。我々の『運命』の戦いが……やるだけの事はやったつもりだが、不安は消えない。
魔法陣を囲んで堀や塹壕も完成した。……押し込まれる事も考えて、その後方にも陣を組んでいる。これで負けたら、諦めるしかない。
「主殿! いよいよ戦じゃろうて、腕が鳴りよる。敵陣ば乗り込んで、暴れてもよか?」
「……そうね、周囲を巻き込まない様にしてね。あの力は、出来るだけ抑えるのよ!」
「おうさ、オイも加減ばいたす! あん力ば、使う事はせん」
まぁ、控えめに言って鉄砲玉である。本人が望んでいるし、出来るだけ引き寄せてくれれば勝率も上がるだろう。……間違っても『破壊神』相手に圧殺されるような奴じゃない。それだけは間違いない。
「ちゃっちゃ! 楽しみじゃ」殺る気十分、と言ったところだろう。戦場でしか生を実感出来ない生き方だ。
「ロキさん、大体察しは付いてるけど……。来るのね?」
「ああ、術者が自殺した。魔法陣が開くまで、もう時間が無い!」
私は、戦準備を整え周囲に掛け声をかける。ゴブリンの一人に伝える。
「全軍、戦闘準備! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない! 今から戦が始まるぞ!」
周囲がひりつくような緊張感で満たされる。……ここまでの準備が果たして報われる結果となるのか? 不安な気持ちを吹き飛ばすように檄を飛ばす。
「我々の興亡、この一戦に有り! 各員一層奮励努力せよ!!」
『おう!』各所から咆哮が上がる。今か今かと、ウズウズする者達で溢れている。
「ロキさん、竜人や飛べる部隊を編成しているわ。飛んでくる敵をこの陣の反対側で阻止して下さい!」
「わかった。流石に反対側迄、こちらで指揮をする余裕も無いだろう。あちらの取り纏めは任せろ」
各自、配置に着いた。私はオメガに乗って、大物狙い。……魔族四天王には、随時私から指示をする事を伝えた。……大物のトドメや敗走した陣での殿役をお願いする。
「魔法陣に変化有り! 『門』です、『門』が開きました!」千鶴ちゃんからの報告があった。
「……いよいよね。皆、気合を入れなさい! 絶対に封じ込めるのよ!」
いつまで続くともしれない、絶望的な戦いが始まる。とにかく、溢れ出る『破壊神』を押しとどめている内に、大型の敵を潰し続けるしかない。
ホルス君達の魔法がどれくらい効果があるか……。出たとこ勝負だ、と覚悟を決める。
「行くわよ皆! 全軍、戦闘開始!」わぁ-、っという鬨の声と共に『破壊神』との戦いが始まった。
まずは、「母体」から物凄い数の「兵士級」が溢れ出てくる。他にも遠距離型がこちらを伺っている。
「魔導師部隊、中心に一撃を斉射! 遠距離型から狙いなさい!」
「よし、全員中心部分に打ち込め! 狙いを定めなくても良い、とにかく打ち続けろ!」ホルス君の指揮で、大量の魔法が撃ち込まれる。どうやら、ある程度の効果はあるらしい。何体かがチリの様に消えていく。
「アキラさん、俺の『ソウルスティール』を連続で打ち込みます! 思いっきり魔力を使いますから、用意して下さい」
「好きなだけ持っていって!」私がオメガの操縦席から返答する。溢れまくっているこの魔力、いくらでも使えばいい。
少しの間が経った後、中心部に沢山の魔法が撃ち込まれた。……思った以上に効果があるようだ、一角がまっさらの空間に変わる。そこに破邪の力を貰い受けた千鶴ちゃんとヒサ君が飛び込んで、空白部分を広げていく。
「お姉様、こいつら私の破邪の力が効きます! 打ち漏らしはそちらに任せて、ここで出来るだけ食い止めます!」
「オイもこいつらの首ば、落としもっそ! 貴様ら『破壊神』じゃろう、首置いてけ!!」
幸先は良い調子だ。だが、「兵士級」の数は想定以上だ……。これは、早めに「母体」を落とさなければ!
「私とトール君で、あのデカブツを地上へ落とすわ! トドメの一撃は千鶴ちゃん、お願いね!」
「はい、お姉様! これならやれます」
私は、思い切りジャンプして巨大な「母体」にしがみ付く。大太刀を取り出して、付け焼刃の示現流で降り下ろした。
「ギ、ギググ……」少しは刃が通ったか? いかんせん、手ごたえが無い。何処か、柔らかい部分が無いか探りながら攻撃を続ける。
「姉ちゃん、とりあえず全力で一撃くれてやる! 行くぜ『トールハンマー』を食らえ!!」
見た目はただのパンチだが、実際には数十トンの質量を持った一撃が「母体」のバランスを崩し、ゆっくりと地上に落ちていく。
私は大太刀を食いこませて、何とか「母体」に乗ったまま落下するのを耐える。機体のあちこちが軋むが、修復させながら全力で出力を上げた。現状の出力は二百五十%に達する。……まだまだ、限界までには余裕がある。
「こいつが地上に降りた瞬間を狙って! まだ、こいつの体力は残っているわ。千鶴ちゃん、お願い!」
「はい、お姉様!」まだ、時間操作は使っていないが強化スーツのお陰で、数倍に上がった跳躍力で千鶴ちゃんが飛び込んでくる。
そのまま、破邪の力で『破壊神』に一撃を入れると、かなりダメージを与えたのか「兵士級」が出なくなった。今のうちに、と私は大太刀を構えて出力を最大に上げた。……何も考えず、ただ一撃を最速で叩き込む。
頭の中が真っ白になり、大太刀と自分だけが感じられる。……ゆっくりに感じる時間の中で出来る限りの勢いで大太刀を降り下ろした。いける、これまで出来なかった完璧な一撃。
先程とは違い、吸い込まれるように刃が『破壊神』に滑り込んでいく。勢いそのままに真下まで一気に切り伏せる! 「母体」は、ダメージを吸収できずにボロボロに分解されていった。
「主殿! 今のは良い一撃じゃった! 筋が良いのぅ」
「……何か、土壇場で掴んだみたいね。これで、やっと一匹。まだまだ来るわよ! 皆、何とか堪えてね」
「はいっ!」
今の所は、辛うじて押し留めている。……だが、何時までも全力は続かない。私は、溢れ出る複数の「母体」を睨みつけながら果たして何時まで持つか、頭の片隅で考えるのだった。