118.来たるべき日
「時間が足りないわ……」ロキさんの話を聞いて、私は頭を抱える。
「そうだな、我々の捜査網を抜けて魔法陣が起動されてしまった。後は生贄を捧げるだけだ……。犯人は逃走中で、あちこちで人や魔族を殺し続けるだろう」
「『破壊神』の復活は避けられないの? その魔法陣を消すとか……」
藁をもすがるような気持ちで、そんな提案をひねり出す。
「……一度起動してしまうと、術師を殺さない限り無理だ。最悪なのは、術師自体が生贄になる前提の場合だ。そうなったら、殺した瞬間に魔法陣が発動する」
「……その言い方は確信があるみたいね」
「前回がそうだったのだ……。術師を苦労して倒した瞬間に、魔法陣が発動した。恐らくだが、もう手遅れだ」
こちらの準備は、まだ出来ていない。ロンドンで装備を大量生産しているが、全部揃うまでに戦闘が始まりそうだ。魔導師軍団と騎馬部隊をこちらに呼び寄せる準備中だったのに……。
「私は、残りの部隊を呼びに行くわ。ロキさんは、引き続き捜査をお願い」
「分かった。残り期限は数日だろう。……前回よりも魔法陣が大きくてな。恐らくだが、『破壊神』が群れをなして蹂躙されるのを防衛する形になるだろう。幸い、この城から半日くらいの平原だから、大部隊を展開できる」
辺鄙な場所でなくて幸いだった。兵力を集中して殲滅した方が、こちらとしては勝率が上がるのだ。私は急いでロンドンに向かう。
「マードック、戦争が始まるわ! 出来上がった分だけで構わないから、用意して!」
「社長、安心して下さい! 予定通りの数量が出来上がっています。さあ、こちらの倉庫へ」
まずは一安心だ。出来るだけ被害は抑えたいのだ。無茶しっぱなしだったが、成果はあった。
「引き続き、お金が続く限り生産を続けて! いくらあっても足りないから」
「頑張って下さいね、社長!」
次はオスマン帝国だ。本来なら、ムラトさんも連れてくるのだが万が一、間に合わない時の為に緊急戦闘準備の体制を維持しないといけない。
「アーリさん、時間が無いの。急いで魔導師部隊の準備を!」
「丁度良かった。今、スエズ運河の起工式で魔導師部隊を参加させた所です。そのまま、連れて行ってください」
「ありがとう、絶対に負けない様にするわ」
私は魔導師部隊に合流し強化スーツ等を配布した後、城まで誘導した。後はホルス君達に任せよう。
「ホルス君、急いで装備の確認と訓練をお願い。強化スーツや量産型のロボットは渡してあるわ。予備も置いておくわね!」
「わかりました。全員、広場に集合! すぐに戦争が始まる、気合を入れろ!」
『おう!』ねじ込むように編成を組む事になるだろうが、士気は高い。何とか、準備は間に合うだろう。
ダルイムの街では、既に編成済みの騎馬部隊が訓練中だった。
「お爺さん、戦争になるわ! 突然で悪いけど、部隊を移動させたいの」
「よし来た! ワシと息子で指揮を行う。若い者には負けんぞ!」
「えっ、お爺さんも来るの?」
随分と張り切っているようだ。確かに左右に部隊に分ける関係上、部隊長は二人必要なのだ。
「……無理しないでよね。よその戦いで被害が出たら、私……」
「お嬢は心配性じゃのう。何、世界の滅亡を防ぐ戦いじゃと言うたら、全員死に物狂いで戦うと決意した。『破壊神』相手でも蹂躙してやるわい」
つくづく私の『縁』は、良い結果だったのだろう。こうして協力してくれるのが何より心強い。
「お嬢の敵は、我らの敵じゃ。遊牧民の誇りと言うものを見せる良い機会じゃ!」
「お爺さん達もお人好しよね。無関係な争いに首を突っ込んで……」
「ふん。お嬢にだけには、言われたくないわい!」
周囲で笑いが起こる。……言われてみれば、最初に争いに首を突っ込んだのは、私の方だったっけ。
「あと数日で『破壊神』が復活しそうなの。いきなり本番で連携して貰うわ! 事は一刻を争うの」
「こちらは準備も万端じゃわい。腕が鳴るのぅ」
よし、このまま皆を引き連れて移動しよう。……まったく、忙しいったらありゃしない。
急いで、全部隊の編成を済ませる。何とか形になる程度の装備も用意できた。……限られた時間で陣を組む。
魔族四天王は、部隊に組み入れるのは怖いので本陣に待機し、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかない。何処かが総崩れになったら、殿として投入しよう。
なんだかんだで、例の魔法陣周辺に待機する。いつ発動しても良い様に、戦闘準備を整えるのだ。
「クロさん、あまり『釣り野伏』の訓練はしていないけど、何とかなる?」
「うむ。相手がどの程度の強さか分からんうちは、どのみち使えん。……お茶でも飲んで落ち着きなさい」
「……仕方が無いわね。なるべく、実戦を想定して各軍団との連絡や動きを演習するわよ」
魔法陣を中心に、包囲陣を組んで塹壕を掘らせている。魔族・人間合わせて五万人と言ったところだ。……人数的に、土木工事に困る心配はない。レイ君を筆頭に、ずっと訓練させてきたし。
「それでも、事前に準備が出来るだけマシね……。いきなり、溢れ出る『破壊神達』を相手にやり合うなんて最悪の事態だけは避けられたし」
「……そうですね。魔導師部隊もメルと俺で二部隊に分けて、押し込まれた箇所に急行するよう訓練中です。あの量産型、乗り心地はともかく動きは早くて助かります」
多少の改造は行ったが、流石に細かい問題は残ったままだ。ホルス君も若干の不満はあるらしいが、最低限の防御が出来るのは助かるらしい。
「後は、敵の編成次第ですね。……恐らくですが、俺達が戦った時と違って「母体」から大量の「兵士級」が吐き出されるんじゃないですかね?」
「私もそう思うわ。最優先の攻撃対象は「母体」よ。私がオメガに乗って何とか倒すまで、全員で食い止めて欲しいの。……最悪、私の切り札を使う可能性もあるわ。出来るだけ離れていてね」
「……切り札、ですか? てっきりこのオメガや魔族四天王の事だと思っていましたけど」
ホルス君、その程度なら、私も躊躇しないのだ……。私自身、魔王になる必要があったのよ、この切り札は。周囲にどの位の影響が出るか想像も出来ない。威力や名前、効果も理解した上でも、強力過ぎるのだ。
アルファには悪いが、こんなものを個人に渡さないで欲しい。あのポンコツ女神め、碌な事をしない。
「……最悪の事態、考えたくないけど戦線が崩壊する事になったら、容赦なく使うわ! ……多分だけど、魔法陣ごとぶっ飛ばせるはずよ」
「じゃあ、使わせません。……大丈夫ですよ。俺達で何とか食い止めて見せます!」
ともあれ、準備は完了したので全員に集まって貰った。戦術会議の始まりである。
「……みんな集まったわね。考えられる限りの準備はしたわ、後は、各自の役割分担を検討したいの」
「予備兵力は、魔導師部隊と魔族四天王ですね。……騎馬部隊も速力を生かして、サポートをお願いします」
「完全に囲んじまったからな。……とにかく耐えるだけだ。それから飛んで来る奴は、魔導師部隊が担当。デカブツは、魔王様か魔族四天王に対処して貰うしかないな」ジェームスが何故か取り仕切っている。アンタ、戦闘部隊でも軍師でも無いじゃないの。何してるのよ?
「素人目にだって、分かる事がある。大体、どの部隊も俺は色々と面倒を見てきているからな。多少のアドバイス位は出来る」
確かに、こまごまとした個人の装備の準備を担当していた関係で、各種族の特性に一番詳しいのはジェームスなのであった。……それに、「嫁さん置いて隠れてられるか!」と言う気持ちは正直嬉しい。
結局、訓練も満足に出来ていないからね。……各軍団内で役割を決めて、じっくりと相手を潰していくしかない。慌てて戦術を立てると言っても、こんなものなのだ。
「戦闘は苦手でも、負傷者の手当てや荷物運びなど、やる事は幾らでもあるわ。各部隊で全員協力して、世界の滅亡を防ぐわよ!」
『おう!』全員が覚悟を決めて、声を張り上げる。いよいよ、この日がやってきてしまった。もう、やるしかないのだ。
私は、この決戦に全てを賭けて全力で世界を守るために、あらゆる手を使う覚悟を決めた。