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【番外】兵は詭道なり。そして政治の延長である

「さあ、君達は『兵は詭道なり』と言う言葉を知っているかね?」彼はそも当然の様に、そう問い掛けた。


 あちこちの学校からこれは、と言う者達を集めて、即席の官僚育成中である。恐らく、それだけの価値のある授業である事は間違い無い。


「戦争とは詰まるところ騙し合いである、と言う孫子の兵法の一つですな」


 皇帝として、進んで講義を受けるという姿勢も必要だ。……少なくとも私はそう思っている。私の判断一つで、国一つが滅ぶ事を思えば当然であろう。


「及第点、と言ったところかな。では、聞こう! そのために必要な事は?」

「……それは『如何に騙すか』と言う、一点に尽きるのではないでしょうか?」


 質問に質問を返すようではあるが、騙し方にも色々ある。……この講師から教わるのは、そこなのだ。


「……まず、騙す相手を知らなくては、騙す事は出来ません」私はそう答える。

「なかなか良い回答だ。そして、外交とはその騙し合いが本質になるのだよ」


 この『高橋 是清』と言う人物については、一通りの事を聞いている。あのイギリスを相手にして、絶対に勝てないと言われていた戦争に金を出させた、と言う人物なのだ。


 ……今の私にとって絶対に必要な知識を持っている、と私は確信している。



「……そうだね、良い騙し方と悪い騙し方というものがあるね。まず結論から言っておこう。『言った本人でさえ騙される様に嘘をつけ』と言う話になる……。すなわち、敵を騙すにはまず味方から……本人が信じられない様では駄目なのだ!」


 ……何という事だろう。流石に今まで学んだ学問でも、そのような事を聞く事は無かった。ううむ、目から鱗が落ちるとはこの事だろう。


「……何を馬鹿な、と思う者はワシの経験談を聞いて貰おう。なぁに、政治も戦争も全ては騙し合いなのだ。そこに違いなんぞ無いわい」


 彼は、飄々を恐ろしい事を言う。……私が今まで学んできた帝王学では、政治とは善き真心から行うものと聞いて来た。人を騙すような人間は政治を行うべきでは無いとも……。


「あれは、ワシがまだ若かった頃じゃ。ワシは、国の財務一切を取り仕切る仕事をしておった。……ワシは運の悪い男でな。何時も厄介事を抱えるのが日常じゃったよ」


 ははは、と一人で彼は笑った……。我々にとっては、全く笑えない。想像だに出来ない、辛い体験をしてきた事だけは分かる。


「その日も、不景気の真っただ中でな。銀行に行って、預けている金を引き出そうと我先に……と人々が集まって来おった。……控えめに言って、殺されてもおかしくないような状況じゃな」


 懐かしい、とばかりに彼は遠くを見つめた……。恐らく、それが彼の原風景なのだろうと思った。


「ワシは、銀行の職員やら議員やらを説得してな……。片面だけ印刷された紙幣を大量に用意させた。それを『ドン』とばかりに、隣の机へ山の様に積み上げさせた訳じゃ。それを見た人々に『……ああ、あんなに沢山のお金があるから問題は無い』と思わせ、その場を切り抜けたんじゃよ」


 とんでもない蛮行である。……後からどんな事を言われるか分からない、酷い行いである。オオカミ少年の話もある。人間、嘘つき呼ばわりされるのは、とても辛い事の筈だ……。


 ……だが、確かに人の心を操る為には、一番効果的でもある。


 私は、それを聞いて「なるほど、そう言うものか」としか思わなかった。今までの知識が無駄になる訳でも無いし、それを否定する事でもない。


「その時、ワシだって『こんな事をしても仕方が無い』と一度は考えた。だが『いや、これなら大丈夫』だと、ワシは信じた。……騙し合いと言うのはな、相手はもちろんの事だが、全ての味方も騙せるように考えるべきだ。……無論、そこに自分も含まれる」

 

 彼は、いたずらっ子が自分のやった事を自慢するように、嬉しそうに笑いながら言った。


「ハッタリと言うのはな、言葉で騙すのではない。態度で騙すのだ。……だから、自分が信じていないのに騙される訳が無かろう!」


 一同が大笑いする。私も笑った。……人間、騙されなかった者などいない。誰だって、適当な言い訳を見破られた経験があるものだ……。


 だから笑う。……成程、そうだったのかと。


「ははは、講師。素晴らしいお話でした。一同、大いに納得しましたぞ!」

 

 もっともらしく、私は立ち上がって拍手をした。これも『騙し合い』の一つだ。……皇帝として騙されたふりをしなければならない。


「……良いかね、諸君。あのような人間こそ、本当に『騙し合い』をするべき人間なのだよ。……こんな状況でも嘘を付ける胆力。……君達に一番必要なのは、それなのだよ」


 全員がこっちを見て、直ぐに目線を下に落とす。……ふふふ、そこまで込みで講義をしたという訳か。


 なるほど『騙し合い』とはこういうものか。……私は笑みを浮かべながら『騙し合い』の本質を知る事が出来たと、納得するのであった。

 嘘から出た誠、とはこういう事を言うのです。


 小説なぞ書こうという人間は、全員嘘つきなのです。


 普段から、どうやって騙してやろうとしか考えられない人種なのです。


 ……どうです? この話、信じられますか?

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