112.さあ、ロボットを作ろう!(その1)
「社長! ……社長ですよね?」失礼ね、マードック。いつも通りでしょう?
「ちょっと色々あって、魔王になったの。気にしないでね」ちょっと威圧感が高くなっただけだ。
「……気にするなって言ってもですねぇ。気になりますよ。個人的には、そろそろ子どもでも作ってのんびりすると思っていたんですが」
「あぁ、出来たわよ、子供は。……ポンコツ女神なんだけどね。説明するのは面倒だわ」
つまり色々あったのだ、色々と。……何と言うか、自分の人生を客観的に見る事が困難な状態なのだ。
「……さっぱり意味が分かりませんが、とにかく強化スーツとロボットを見て下さい!」
「目標スペックを満たした四種類、無事に作れたの?」
ロマンと現金。どうやっても、現金に勝るものは無い。仕方が無いので、何種類かバリエーションを設けておいた。量産型とか専用機とか……。最低限、死者を減らせれば何でもいい、と言った感じ。
「一応ね、予算だけは確保出来たわ。ここにある金貨や銀貨を担保にして、イギリス王室にねじ込むわ。……これまで積み重ねたコネを思う存分使い倒すわよ!」
ネルソン提督に無理難題を言って、大量のポンドに交換させる。まあ五百万ポンド、日本円にして千五百億円もあれば『魔導石』を買い占め出来るだろう。思ったよりも用意出来たのだ。
いくらお金があっても、ロボット作りに『魔導石』は欠かせない。詰まるところそう言う話なのだ。
「無茶しますねぇ……。その内、暗殺されますよ」
「そうならない様にするのが、私の役目ね……。ちゃんと返すわよ、勿論」
「まあ良いでしょう。『魔導石』の買い占めなら、エマさん家族に一任ですか?」
「そうね。マリアちゃんにも手伝って貰うわ。ジェームスなじみの問屋があるって言っていたから、そこと交渉しましょう。なるだけ無駄使いは禁止ね」
強化スーツも大量に必要なので、ロボットだけにお金を掛ける訳にも行かない。そもそも、ロボットに乗り込む人員用の強化スーツも必要なのだ。
「じゃあ、まずは強化スーツですね。レオナルドの爺さんと試行錯誤して、強化服と普通の服を切り替えられるようにしました。後は、見えない様に体を光らせて……結構苦労したんですよ」
「ありがとう、マードック。デザインや仕様はこちらで決めるわね。銃弾二発位は耐えられる?」
「ええ、行ける筈ですよ。主に防御力と脚力強化を主軸にして開発しましたから……。ところで、何でセーラー服にスカートを履くんですか?」
……ええ、魔法少女的にそうなってしまうのよ。随分先の日本では定番の組合せなのだ。多少改良の余地もあるだろう。暴走しない様に気を付けないと。強化スーツに使う『魔導石』はそう高くないし、大量に作らせよう。
「うーん、そこら辺は細かい調整ね。それで普通の服での使用時間は?」
「一日程度なら問題ありません。強化服の使用時間は三十分以上伸ばせませんでした……」
「機能重視だしね。それ位なら構わないわ」
この辺りの開発で、こいつら変人共はヒャッハーする事は無い筈だ。だって、もっと面白そうなロボットがあるんだもの。ロンドン中から集められた、こいつら変人を甘く見てはいけない。
ともかく、問題は量産型の方なのだ。当初検討していたスペックがなぁ……もう少し予算を付ければ良かったかも。リスボンは何でそんなに儲けているのよ、羨ましい!!
問題点を洗い出して、多少の予算オーバーは考慮する必要がある。量産型を使うのは魔導師部隊だ。およそ千人位の規模になる。元の予算の五百ポンドだとしても日本円で三百億円か。三倍程度なら何とかなるかも。
「量産型ロボットなんですが……コストが抑えられません。やはり、五百ポンドで作るのは無理ですよ」
「ある程度の妥協はするけど、難しい?」
「ええ。前面装甲に二百ポンドに『魔導石』で百ポンド。そこに脚部を付けるのが……」
ぶっちゃけ、そのスペックが意味する量産型の存在意義とは、魔導師部隊を最前線に突入させるための『箱』で構わないという話なのだ。移動方法さえ何とかなればねぇ……。
そう思っている所に、初めて見る男性が現れた。マードックに紹介して貰う。
「そこで発想を切り替えました。足なんて飾りです! つまり動けば良いんですよ。こいつはサー・ケイリーと言う男でして……。いつもの変人なんですよ、これが。すみません社長」嫌な予感が的中した。
「あぁ……そうよねぇ。いつもの流れよね、これ」
「社長! 初めまして。『蒸気機関』にキャタピラを付けて頂けるとの事で……」陸上版フルトンと言ったところか。世の中は広い……まだまだ変人のタネは尽きない様だ。
つまりはそういう事だ。稼働する脚なんかよりも、キャタピラを付けた方が動きやすいし、コストも減らせる。何と言っても方向転換も自由自在、という事……分かるんだけども、ちょっと発想が極端すぎない?
「……嫌な予感しかしないけど。量産型、見せて貰える?」
「ええ、自信作ですよ!」
見せられたのは、どう見ても『キャタピラ付きの棺桶』であった。……流石に予算を削り過ぎた、と反省するしかない。そりゃ、そうは言ったけども……まさか本当にそうなるとは思わないでしょ。
「社長、気を落とさないで! これでも、スペックは満たしているんです」
「……これ、動くの?」
「ええ、試し乗りして下さい!」ケイリーさんと言う新たな変人をお迎えしつつ、私は試作用の庭に出た。
しっかしまあ、不細工ねぇ……。こんなのに乗れと、オスマン帝国の魔導師部隊に命令出来るだろうか。
世界の命運を掛けた戦いに赴く名誉ある部隊の一員として、これを装備して命を懸ける……。私なら、絶対に御免被る。そのまま、埋葬されるのではないかと言う疑念さえ浮かぶ。
「ハッチは後方に付けるようにしました。前面装甲が破損したら、そこから脱出と言う流れですね」
「壊れる前提じゃないのよ……。まあ良いわ、乗るわよ。操縦方法は?」
「左右のペダルを踏むと、それぞれのキャタピラが駆動します。方向転換する場合は、片方だけ動かして下さい。逆転用のスイッチが下の方に付いています」
……何と言うか、これの運用は戦車ベースなのだ。正直、この時代としては大変に画期的なのだが……これをロボットと言い張るのは無理があるだろう。
「物は試しね……。周辺、巻き込まれない様に気を付けてね。動かすわよ!」
操作自体は難しくない。左右のペダルだけで結構動く。……振動と狭い空間に目を瞑ればだが。
「うーん、ちょっと微妙かな?」
「そうですねえ。魔法を使う時は、左右の穴から手を出します」
「……そこまでしてコストカットを?」
「ええ、やむを得ないのです。これでも、大量生産するという前提ですよ。数を減らしても単価が上がるだけですから」マードック、その言葉は聞きたくなかったわ……。
……いつの間にか、いつものように変人共に囲まれていた私。どうにもこの『棺桶』の居心地が悪い。物理的に。
「そういえば、前面装甲越しでも視界は良いわね」周辺の風景が中から見えるようになっている。
「それは、フルトンのアイデアですね。潜水艦の試作時に思い付いた、潜望鏡の原理を応用しています。それに使う魔道具で百ポンドですね」やっぱり潜水艦を作っていたのね。
「キャタピラとこの視界の良さは採用だけど、見た目と乗り心地がねぇ……」
贅沢を言っている訳ではない。流石に士気に関わるこの見た目は問題なのだ。これに乗る位なら、と言う反応が目に浮かぶようだ。
「とりあえず、何台かバリエーションを工夫して使用者の意見を聞く必要があるわね」
「そうですな。我々は技術者ですが、戦争は専門外です……。もう少し改良の余地がありますね」
全体として見た場合、量産には向いていると思う。キャタピラの枚数次第で乗り心地も変わるだろう。後は現場の反応次第ね。……可能な限り格好良くしたいものだ。
「初めてにしては中々だと思うんだけどね……。こう、何か『英国面』を感じるのよ」
この変人共には通じていない。……言語化するには難しい、この文化的ギャップが如何せん埋められないのだ。どうしてこうなった……。
私は、この動く棺桶をあちこち眺めながら、何でこいつらは変てこな『英国面』を発病するのか、少しばかり話し合いの余地があると考えていた。
そらそうなるよ、と言った具合に『英国面』発動です。
流石は本場。調べると出てきます、変人が。
……本当にもう、こいつらは。と言う気にさせられます。