108.イスタンブールで大騒ぎ
「ふむ、確かに賠償金のお陰で財政は健全化しとるが、税収が伸び悩んどるのう……」
イスタンブールに緊急招集をかけて、財政見直しの為の会議を開く。『タンジマート』の方針的に失業者対策と税制見直しは必至である。是清お爺さんの意見を聞きたいと皆で集まったのだ。
最低限の税制見直しは行っているが、戦争を挟んだために危険水域まで落ち込みを見せているのは見逃せない。このまま、軍備やスエズ工事を行うと、えらい事になると思うのだ。
「……やっぱりスエズ運河は難しいですか?」計画した張本人なので、そこは気になる。
「いや、どちらかと言うと政府による大規模な財政出動が必要なんじゃ。むしろ大々的にやって、短期間で開通させた方が良い」
公共工事は、需要創出と失業者対策になる。各国への輸出が大幅に減少しているのが、今の問題という事。……このまま緊縮財政を進めると、かえって景気が悪くなる、らしい。
「……儂はこういう話を、幾らでもやっておる。世界大恐慌でも無ければ、間違いなく国は栄える。心配する必要は無い」
「ううむ、ご老人! 是非私共にその知識を教えて頂けないでしょうか。長年、国の近代化を見据えて改革を進めてきましたが、経済に詳しい人物の知見をご教授下さい」
ムラトさん以下、オスマン官僚が熱い視線を送る。確かに、今まで何人もの官僚の方達にお会いしたが、経済に関する話は私達では理解させる事が出来なかった。商売人としての知識とは、ノウハウが少し違うのだ。
「お爺さん、私からもお願いします! ムラトさん達に詳しい国家運営について、教えてあげて!」
「……そうじゃな、こんな老骨で良ければ色々と教える事もあるじゃろう。財政に外交、議会政治なんかも必要かな?」
「お爺さん、その前に憲法を作らないと! ……まだ出来てないのよ、この国」
「そりゃ一大事じゃな。急いで準備するぞ!」
皇帝陛下まで巻き込んで、とにかく大騒ぎである。今までデスマーチ中のメンバーがどれだけ喜んだことか……。いや、実際無茶させてごめんね。これで何とか未来が見通せそうだ。
思えば、この国はまだ土台もしっかりとしていない状態だったのだ。戦争に勝って皆で浮かれてしまったのだろう……。反省すべき事は幾らでもある。
「あまり心配する程じゃないぞ。……儂が政治家をやっとった頃はもっと酷かった。日露戦争後に日比谷公園で暴動が起きていたしのぅ……。あの頃に比べればどれだけマシか」
「何と言うか、お爺さんって本当に凄いんだ……」
「現役の頃もそうじゃが、引退したのにもう一度トラブルに巻き込まれた事もある……それに比べれば」
ああ、そしてまた私達が引きずり出しちゃった訳ね……。申し訳なくて謝りたくなる。
「アキラさん、気にせんでいいぞ。儂としては良くある事じゃ。むしろ、生徒に教える事が出来るのは嬉しくてな……」
あぁ、そう言えば先生をしていたって聞いたわね。この人は私と同じで、人の問題に口を挟みたいタイプなのね。何となくそんな気がする。
「アーリ、ミドハト。良い先生を迎い入れられて、良かったではないか!」
「陛下。これは良い機会ですぞ! このご老人に教えて貰う事は、幾らでもあります。人を集めましょう!」
「そうだ、大学内に講座を設けよう! 忙しくなって来たぞ」
ああ、ここにも偉人の影響を受けた化学反応が起こりそう……。何と言うか、ムスタファ・ケマルが高橋是清の孫弟子位になりそうな雰囲気ね……。
まあ良いか。困る人がいる訳でも無し……。多分、ヨーロッパ各国にとっては悩みの種は増えそうだが、結果的に世界が良くなるなら問題無し、という事で。
こちらはまあ、良いとして問題は残っている。魔族の扱い、どうしましょうかね?
「アキラお姉様、お帰りなさい!」
「リンちゃん、元気にしてた?」
何となく雰囲気が変わったような気がする。ゴブリンっぽくないというか、人っぽいというか。少し背が伸びた?
「千鶴お姉ちゃんやメルお姉ちゃんのお手伝いをしてました! 皆忙しくて、身の回りのお世話とかをしたり……」
「へえ、もうこっちに慣れたみたいね。良かったわ。無理に人間に合わせて、困ってないか心配だったのよ」
「ううん、平気。皆優しいし、同じ仲間だって言ってくれているわ!」
そりゃちょっと見た目は違っても、一緒に生活していれば色々と考えるだろう。この子は優しい。人の気持ちが分かる子だから、何処に行っても困らない気がする。
「うん、リンちゃんは偉いね。私もお友達にしてくれるかしら?」
「アキラお姉様は、私の最初のお友達よ! ずっと一緒にいても良い?」
「もちろん! 仲良くしましょうね」
何だか、妹や子供が出来たようなくすぐったい感じ。……ポンコツ女神とは大違いである。アイツは何とかしないと。
そんな事を考えていると、千鶴ちゃんもやって来た。
「千鶴ちゃん、ムラトさんとの交際はどんな感じ? 恋人らしく出来てる?」
「お姉様、そういう事は気にするんですね……。大丈夫ですよ、ちゃんと『死亡フラグ』って言うのは、立てなかったらしいですし」
ああ、一応戦争前にその話はしておいた。……縁起でもないが、私達にその手の『運命』はなるだけ避けたいのだ。史実からズレすぎて、どんな事態になるか想像もつかない。初陣と聞いて、ヤバい予感がしたのだ。
実際問題、本来は歴史上存在しない人物と言うのは先の事が分からないので、その辺の『歴史の修正力』が働く可能性だってある。
ムラトさん自身には、その気配はない。……本来は数十年くらい幽閉されているので、どうなるか分からない。だが、千鶴ちゃんと結婚すると聞かされては話は別だ。
「……仲良くしなさいなんて、言う必要も無いと思うけど。子供の事だけは考えなさいね」
「そうですね、お妃様と言っても跡継ぎが居ないと……。いえ、まだそういうつもりは無いんですけど」
「千鶴ちゃん、そう言う方面って流されやすいじゃないの。……恋人になったのも、煽情的な格好でベットに誘ったって言う話じゃない?」
「わーっ、わー! 違います、また噂に尾ひれがついて!!」
人を呪わば穴二つ。……かつて私も通った道よ。懐かしいわね、全く。
「まぁ、千鶴ちゃんはそういう事に興味津々だから……仕方ないわよねぇ」
「お姉様ですね、そんな噂を流しているの!」
「……さあ、私は知らないわ。噂好きなサンダースさんなら、色々と話を盛るでしょうし」
嘘は言っていない、嘘は……。大体、私の噂だって千鶴ちゃんでしょうに。お互い様なのだ。
「仲が宜しくて良いわね、千鶴ちゃん。お妃様の発表パレードは何時頃かしら?」
「そう言うのは、もう少し恋人感を楽しんでから……って、何を言わせるんですか!」
とりあえず、敵は取ったわジェームス。別にお願いされた訳でもないけど……。千鶴ちゃんをからかう良いチャンスなのだ。……精神攻撃は基本なのよ。
「でも、丁度良いタイミングだったんです。お互いの仕事が忙しくてなかなか会えなかったから……」
ああ、海軍の編成とエジプトの安定化の為に忙しかったのね……。大丈夫、会えない期間が愛を深めるのよ。知らんけど。
何にせよ、一応落ち着きそうで安心したわ。私は、そろそろロンドンで変人共が大掛かりな問題を発生させていないか、気になった。……多分、やっている予感がある。多分ロボット関連だろう。
マードック、いい加減にしておけよ、と。……私は、遠くロンドンの様子に気を揉むのだった。