106.大戦争の後始末
戦争は終わった。ありとあらゆるものを持ち出して、国力が傾く程の無理をしてやっと掴んだ大勝利。
「……終わったわね。これからが大変よ!」
お互いのダメージは相当な国力低下を招く。特にイギリスにとって、大量の戦列艦は穴埋めが出来ない被害だ。
列強各国による建艦競争にとっては『二国標準主義』という、フランス・ロシアと言う他の海軍国よりも多くの軍艦を保有する戦略において一大事なのだ。
ヴィクトリア女王には、可愛そうだが全力で船作りをして貰う事になるだろう。
今回の戦争での蒸気船の優位性は、疑うべくも無い。各国、全力で大艦隊を揃える事になる。それがこちらの狙いなのだ。間違いなく、他列強の国力は低下する。
そしてその為に必要な大量の鉄と『魔導石』は、価値が跳ね上がる訳だ。オスマン帝国は、アラブ地域に手付かずの『魔導石』産出地をようやく見つける事が出来た……。死に物狂いで探し回った結果だ。
限りなく貴重な資源である。これだけは、他国には絶対に渡せない。他国はもう限界一杯まで採掘を行った鉱山しか持っていない。これからは青天井で『魔導石』の価格は跳ね上がる事になる。
オスマンへの借款を全部失い、賠償金を支払う事になったイギリスでも国家予算は赤字塗れだろう。何と言っても、ライバルであるフランスやプロイセンは無傷なのだ。
ここからは列強が血反吐を吐きながら軍拡競争を行う、死のマラソンが始まる。こちらは国力を蓄え、スエズ運河の工事に邁進する。それだけの費用は、賠償金で得る事が出来た。
インドやオーストラリアを植民地に持つイギリスにとって絶対に使う必要のある、このスエズ運河の使用料だけでお釣りが来るだろう。
後は地中海のキプロスやマルタと言った拠点を割譲して貰おう。周辺国家にとって、喉に挟まった小骨のようなこの拠点は、防衛する方面を増やす良い場所なのだ。
ロシアには、ポーランドを独立させる事にする。……プロイセンとの間に緩衝地帯が出来て、大変邪魔になるに違いない。ロシアに対しては大量の捕虜を返還する際に、色々と国力をそぎ落として貰う必要がある。
とにかく、他列強に対してありとあらゆる嫌がらせを行うというのが、「プロジェクト ケマル」の基本戦略である。まったく酷い話もあったものだ。
そして当のオスマン帝国的には、色々と無茶した後始末と言う名の内政タイムとなる訳だ。そりゃ、陸海軍共に死傷者は多いので穴埋めも必要だし、今のうちに『タンジマート』完遂を目指して最後の一頑張りが必要なのだ。
結果として、我々メンバーはその為の作業に掛かりきりとなり、ほぼ全員が何かの作業のデスマーチという状態だ。
……動けるのは私を除いて殆どいない。こちらも騎馬部隊や魔王軍を帰らせる必要があるし、本部にも顔を出さないといけないから、殆どの予定は先延ばしとなる。そろそろ、ロンドンやリスボンにも顔を出したいのだが、人数が足りない。
仕方が無いので、それまではあちこちで会議を繰り返すという、あまり気乗りのしない作業が続く。……やはり戦争の最後でロシア軍に降伏されたのは、不完全燃焼である。もう少しだったんだけどなぁ。
そんな愚痴を吐きながら、ダルイムの街へと向かう。他国の戦に付き合って貰ったのは私への恩返しもあるのだが、オスマンを助けてロシアと戦うという話を大喜びした人間が多かったのもある。
皆大喜びで『くたばれ! ロシアのイワン共!』を連呼していたのは、色々と恨みを持っていた訳だ。
こんな無茶もそうそう無いと思うのだが……。お爺さんはじめ皆ノリノリだったので止める方が難しかった。後で、埋め合わせが必要だろう。
「お嬢、わし等は思う存分戦ったので大喜びじゃわい。……まあ、蓄えておった矢が殆ど無くなってしまったがな」
「もうこんな強引な事は無いと思うけどね……。暫くは平和よ、きっと」
……全く、あの戦争は大金を賭けていたので無事終わって良かった。これで負けていたら大損だわ。お爺さんは「いや、絶対に何かあるぞ」と顔に書いてある。縁起でもないのでやめて欲しい。
ともあれ騎馬部隊に大きな被害は少なかった。これで死者が大量に出ていたら、悔やんでも悔やみきれない事になっていた。皆に挨拶をして、魔王軍を返しに行く。
そういえば、集まった『魔族』をどうするか、と言う問題が残っている。一カ所に集めておきたいとは思うのだが、今集まっている場所は奥地である。……どうにも場所が辺鄙過ぎて動きが取れないので、何処かに良い場所は無いか、師匠さんにも話を聞かないと。
人間と魔族は一時期争っていたものの、そこまで険悪という訳でも無い。お互いに干渉しないような雰囲気が有るだけだ。……どこかに魔族の根拠地を作って、他の人間との関係が悪化するのも困るのでその辺が頭の痛い所だ。
魔族にとっては、特に食料が必要ないという点で優位である。ゴブリン達に狩猟や畑作りを教えれば、近隣との交易のネタになる。交流が盛んになれば、人間との共存も可能ではないかと言うのがとりあえずの青写真である。
その辺りを含めて、ロキさんと師匠を入れた会議が必要だ。変人同士の相手が間に合うのか。『通話の魔道具』で何とか意思の疎通が出来るのか。……問題は山積みである。
そこも含めて、一旦本部に向かうとしよう。
「無事に戦には勝ったのか?」ロキさんとちょっとした話し合いだ。
「ええ、何とかね。魔王軍は陽動だけど、数の少ないこちら側にとっては有り難かったわ。あと、トール君は最前線で活躍してくれたわね。同族の人に伝えてあげてね」
「ははは、それは良かった。アイツの事を心配する者も多くてな。きっと喜ぶだろう」
そんなやり取りをしながら、今後の予定を話し合う。
「……とりあえずずっとこっちにも居られないから、定期的に私が顔を出すとして『魔王』を目的に集まった人達は、何処か広い所で集まって貰いたいわね。出来れば、畑作りや装飾品なんかを作って貰えれば、人間と交易も出来るし」
「それは良いな。確かに、丁度良い場所はなかなか見つからないだろうが……。皆にはそう伝えておこう。アキラを『魔王』と呼ぶのは構わないのか?」
中々に難しい問題である……。個人的に『魔王』扱いは止めて欲しいのだが、何とかならないものか。
「呼び名だけ変えれば良いのなら、皆に考えさせておこう。どのみち、その『オド』目的なのは変わらないのだがな……」
「その辺、自覚が無いから何とも……。今までの『魔王』って、どんな人だったの?」
「……私も詳しくは知らん。だが、その時々で『魔族』に対する関心が違っていてな。世界征服を企んだものもいるそうだ……。人間にその話が伝わっていなければ良いが」
ああ、その辺も色々とあるのね。……仕方が無い、ゆっくりと進める事にしよう。
もう、ここの連中と付き合う事は確定なのだが、目立つ事は避けたい。なるべくなら、人間たちと良い関係を結びたいがどうなる事やら。
私は『魔王様』呼び以外は、何でも受け入れるつもりで、ここの連中を纏める作業を考え始めるのだった。