105.走れ 走れ! とにかく走れ!!
さて、魔王軍と騎馬軍団を揃えて、ロシア軍をイスタンブールで迎え撃つこの状況。
……戦場は膠着。青年改革派の士気は高く、容易に城門にも近づけさせない活躍だ。
私達と言えば、二千とちょっとの騎馬部隊と五千と少しの歩兵部隊。魔導師部隊はごく少数と言う劣勢である。対するロシア軍は、何重もの戦列陣を組んでいて、少なく見積もっても十万はいる。
「……とにかく、こうなれば城門を開けて突撃するしかない訳よ。あの陣を中央突破出来れば、私達の勝ち。出来なきゃ、イスタンブールは火の海ってね」
「呑気ですねぇ、幸い後ろから襲ってくる兵も魔王軍のおかげでいませんが……」
レイ君とフェンリル君で、ゴブリン・コボルト部隊を編成して、側面からの陽動に行って貰っている。それが無ければ、更に歩兵の数を減らす羽目になっていた。
「さて、皆も聞いて! 私達に出来る事は、戦場の端まで突撃してあの陣を崩すしかないわ! 全員走りなさい! スピードが私達にとっての武器なのよ」
「先頭を走るのは危険ですよ。どうするんですか?」
「……バリアの魔道具の在庫は百個に満たないわ。先陣がそれを付けて、弾避けするしかないわね! トール君、走る速さに自信は?」
「地面さえ裂けなきゃ、誰にも負けない自信があるぜ! 先頭を任せてくれるのか?」
良い返事ね、そうでなくては! マール君、負ける訳には行かないわよ!!
「じゃあ、私と一緒に先頭をお願いするわ! 後の皆は矢印の形になって、中央を一点突破するわよ! 歩兵の人達に後ろを任せて、走り切るのよ!」
『おう!』と、騎馬部隊達のやる気も十分。分かり易くていいわね。
「合言葉は『くたばれ、ロシアのイワン共!』よ。分かった?」随分と懐かしい掛け声だ。騎馬部隊からは笑い声がする。
『くたばれ! ロシアのイワン共!』大合唱が起こり、あちこちから拍手が聞こえる。良い感じの士気だ。
……全く、ピョートルのおっちゃんも余計な事をしてくれる。こんな大軍、用意して迄戦争がしたかったのかしら。不凍港が欲しいって言っていたものね。……まぁ、別の世界なんだけど。
「じゃあ、準備は良いわね! 一度飛び出したら、止まる訳に行かないからね! 全員で走り切るわよ!」
騎馬部隊にとって、猛スピードで数百キロの馬体がぶつかるだけで凶器と化す。相手の槍兵が方陣を組むとやられる事になるので、そこだけは注意しないと。止まったら、一気に盛り返されて全滅する事になる。
ここはオスマン帝国陸軍の『全軍突撃ドクトリン』がどの程度有効に働くがが勝利のカギとなる。これまでのレイ君の訓練が実を結ぶかどうか、と言う大事な局面だ。
やれるだけの事はやった。準備も作戦も問題無い。……後は度胸と根性のみだ。
「全軍、突撃!!」私の合図とともに巨大な城門が開く。
待ち構える敵兵をなぎ倒し、猛然と走り出す。考える暇さえ与えない『全軍突撃ドクトリン』の本領発揮だ! 相手が恐慌状態に陥るまで、足を止めてはいけない!
「走れ! 走れ! これは訓練ではない! とにかく走れ!」
私の掛け声に答える様に、歩兵部隊が一斉に走る。彼らは過酷な訓練の結果、一つの価値観が生まれつつあった。
『一番駆け』と言う名誉である。一番最初に前へ出た者が栄誉を受ける、というちょっと変わった価値観。……誰かが言った訳でもなかったが、最も足の速い者が一番優れている、と考えるようになったのだ。
その甲斐あって、一糸乱れず全員が先頭になるべく歩兵が駆ける。こちらも負けてはいられない。かの偉大なる大ハーンの末裔としての栄光を守るべく、騎馬部隊が先陣を切る。
こちらの全軍突撃の結果、ロシア軍の戦列歩兵が崩れだす。あの陣形は、味方の退却を防ぐために密集するものだ。誰が好き好んで、突入してくる敵軍に向かおうというのか。
こちらが突撃を選択した時点で、その戦術は過去の遺物と化した。後は、我々が敵陣地の後背まで駆け抜けて包囲殲滅すれば、この戦争は終わりである。
「ほら! 足を止めるな! 走れ! 走れ! 誰よりも早く、誰よりも前へ!!」
マール君もこれまで何度も全力疾走を続け、最初に出会った頃から随分年数も経った。成熟した彼は、誰よりも前へ駆け抜ける一人前の馬となった。息も乱さず、当然のように先頭を走る事になる。
「さあ、私の前を走れる人はいる? この戦の最大の名誉は、誰よりも早く走る事よ!」
……おっと、そうこう言っていると、意外な顔が並走してくる。トール君じゃないの。早いわね、君。
「姉ちゃん、どうだい? 俺だって早いだろう!」時々発射される銃弾もものともせず、駆け抜ける一人と一頭。
「中々やるじゃないの。……良いわね、競争しましょう!」
少し先にいる戦列歩兵が方陣へと組みなおそうとしている。……ちょっと邪魔ねぇ。無粋な輩は排除しましょう。
「弓隊、前方の方陣に向かって斉射! こちらの邪魔をさせては駄目よ!!」
「おう、我らに任せろ!」息子さん達が貴重な『魔導石』付きの爆発する矢をお見舞いする。ああ、大金が飛んでいくわ。まったく、心臓に悪い攻撃だ。
……だが、堪らず陣が崩される。今がチャンスだ!
「さあ、蹂躙の時間よ!!」私は少し方向を変えて、崩れた方陣を吹き飛ばす。実に面白い様に人が飛んでいくものだ。
暫くして、やっと敵陣の真ん中にやって来た。歩兵達が残存兵の処理をしながら突っ込んでくる。成程、良い感じに敵陣全体が乱れ始めている。
「……良いわね、このまま突っ切ってやるわよ!!」と言うと、騎馬兵達が大声を上げて威嚇する。
戦場には『くたばれ! ロシアのイワン共!』と言う掛け声が轟き続ける。
ますます敵陣は乱れ、こちらの蹂躙に任せたままになる。……駄目ねぇ、ロシア兵は。装備だけは上等だが訓練がイマイチだ。そろそろ、終盤の頃合いだろうか。
「騎馬兵、両側面に回り込んで! 歩兵隊、中央を駆け抜けなさい! 後の事は考えず、突っ切るのよ!」
この戦はスピード勝負だ。寡兵のこちらが不利となる前に、速度に任せて蹂躙を続けるのだ!
「アキラさん、大丈夫かな……。まったく、魔導師部隊も付けずに突撃なんて」
「……黙ってみていろよ、ホルス。何とかなるさ」
「民兵部隊をかき集めても、防衛ばっかりで。良い場面を渡せなくて、すみません」
「ホルス、お前が謝る必要はねえよ。……中央広場で『くたばれ皇帝!』と叫んだ時から覚悟は決めている」
城門の上から眺める戦場は、一言で言って『恐慌状態』だ。一方的に攻めていたのに、突然味方が退却して、混乱状態となっている。自分達に出来る事があるだろうか……。
「ホルス、良い事を思いついたぜ!」少し年上の青年改革派のリーダーは、いたずらっ子の顔で笑う。
「……なんだい? 出来る事ならやってみよう」
「大声で叫ぶんだよ! 俺達向きじゃねえか『くたばれ! ロシアのイワン共!』だ。さあ、皆も叫べ!」
『くたばれ! ロシアのイワン共!』たちまち、民兵達の大合唱が始まる。
長い付き合いになるが、この人を食ったようなリーダーは、何時話をしても、唐突に面白い事を考えだすものだ。そろそろ、戦の終わりも近いようだ。
「さあ、そろそろ本陣よ! 全軍、包囲準備!」三方から囲い込むように数万の兵隊に向けて、突撃するのだ。
これで終わりだ。これで戦争は変わる。……今後は、この戦訓を生かして『塹壕』を掘り、お互いが睨み続けるだけの戦に変るのだ。
そして、それをさせないための『プロジェクト ケマル』。思いついたのは、イスタンブールに足を運んで直ぐの事だ。
こちらとしては、未来の大英雄『ムスタファ・ケマル』までの繋ぎである。それまでに列強として最新兵器と戦術を鍛え上げる。経済的には、エジプトを併合してちょっと早めのスエズ運河を建設する。
港湾都市として周辺を開発すれば、ちょっとの事ではビクともしない経済大国としての繁栄が約束される。そんな未来を形にして、話を纏めた。
その話を聞いて、ムラトさんや千鶴ちゃんはびっくりしていた。そりゃそうか、未来の大英雄登場まで、最低五十年は掛かるのだ。
もはや『商人』とはなんぞや? とでも言える位の一大計画なのだ。……おかしいわね、ちょっと『産業革命』をするだけだった筈なのにねぇ。
……そう言うと、皆から馬鹿にされた。
「いつもそうだ! あんたが暴走すると、思った以上に影響がデカくなるんだ!」
「……今まで、自覚なかったのか?」
いいじゃないの。ロマンよ、ロマンなの!! ちょっと位の暴走なら、許されるだろう。
だが、そろそろ『静かに大金が溜まるのを眺める』と言う夢は諦めた……。流石に性格的にも無理がある。
……それはさておき、いよいよこの戦争も終わりだ。ロシア軍はこちらが最後の突撃を掛ける前に降伏した。
「何よ、良い所で降伏なんて! がっかりだわ!」
「……まあ、良いじゃないですか。勝ったんですから」最後まで出番の無かったホルス君は、青年改革派のリーダーと肩を組んで『くたばれ! ロシアのイワン共!』と、シュプレヒコールするだけだった。
「そうねぇ、後は終戦協定を結んでがっぽりと賠償金を貰うだけね。ヴィクトリア女王の横面位は叩けないかしらね?」
「千鶴さんから、無事に完全勝利との連絡もありました。これ以上はオーバーキルでしょう」
そうね、思う存分戦争できなかったのは少し心残りだけど……。
私は、ひと段落付いてからの問題の方が厄介なのを思い出しながら、たんまりとお金が貰える事だけを支えに、もっと頑張ろうと心を決めた。
オスマン関係はここで終了となります。次は魔王軍編ですね。
人と魔族の共存、と言うテーマで進めるつもりです。ありきたりな魔王様にはしないつもり。
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