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10.大西洋に陽は落ちて

 翌朝、私はお店の様子を見た後、直ぐに本部に向かうつもりでエリオの所にやって来た。


「おはよう、エリオ。この後すぐ出発するよ。店番、頑張ってね」と、言い残すつもりだったが。

「何言っているんですか、商会長。ほとんど休んでいないでしょう? 少し、休暇を入れなくてはいけませんよ」と、反論された。


 そういえば、この前休暇を取ったのは何時だっただろうか。ロンドンでは奴のせいで休んだカウントに入る事は無いので、三カ月位? と首を傾げた所に追撃を食らう。


「もう少し他人に任せて、しっかりとした所を見せるのも商会長のお仕事です。大体、何時もあちこち移動し続けているのでしょう?」という、エリオのありがたいお言葉。


 済まないが、こっちの世界に来てから落ち着く暇なんてなかったわ。常に金儲けしていないと、落ち着かなかったのよ。


 そもそも、私個人の稼ぎでは今の様に魔道具屋や両替商など開業できる訳も無く、本部のサポートがあったから出来た事だ。


 それまでは、旅の途中で暇を見つけては儲け話を探す毎日。


 店長なんて肌に合わないかも知れない、などと考えていた。


 エリオは続ける。「それは、あれです。お金に執着しすぎて、それが生活の一部になってしまっただけですよ。世間では、それを『守銭奴』と言うんです」とのお言葉。


 全く正論過ぎて、反論の余地が無い。


 しかし……そう言われてましても。そうだなあ、どうすれば立派な商人として認められるのやら?と、考え出す。これでは堂々巡りである。


「どうせ商会長の事ですから、更に仕事を増やして……なんて考えているのでしょう?」


 ど、どうしてそれを! 何となく気が付いた。私は、既にワーカホリックの呪いが掛かっているのかもしれない。医者は何処だ……、などと考えていた。


「そういう時はですね。ちゃんと休んで、のんびりしてですね。日頃の行いを見直すのが良いのです」と、カウンセラーもびっくりの、素晴らしい診断をしてくれるエリオ。


 もう、お前はそっちの仕事を目指した方が良いのでは? ナンパさえしなけりゃ、良い医者になれるぞ。


 そんな事をつらつらと。いかん、考えるな、考えると直ぐ仕事モードになってしまう。落ち着け、私。


 ……とは思うのだが、正直こちらの世界は超ハードモードなので、そうでもしないと生き残れないのだ。


 まぁ、一カ月に一回のペースで命の危険に晒されるのは、やり過ぎだと思ってはいるのだが。


「……ですから、商会長にお仕事を差し上げます。一日、私の娘を預かって下さい」


 そんな私にアドバイス。なんと子守とな……。その発想はなかったわ。



 そんなこんなで出来る部下からのミッションは、彼の愛する四歳の娘マリアちゃんの相手を務める事だ。


 彼女は、エリオ経由で色々な私の冒険話を聞いているため私に憧れているらしい。


 大変に可愛らしい。だが、そんな彼女はとにかく外に出たい旅に出かけたいと、きらきらとした目を輝かせては彼女の母親を困らせているようだ。


 そうは言っても、相手はまだ舌足らずのお子様である。無理をさせればエリオからのキツイお叱りが、私に向けられるだろう。


 此処は、上手く話を持っていき街の散策程度に抑えておくべきだろう。


 そうして気が付いた。あの子馬は私が遊牧民の村を出発してから、ずいぶん無理をさせている。


 こちらも適度なケアをしなければならん。……という事なので、マリアちゃんとお馬さんでリスボン観光としゃれこもう。



 マリアちゃんは、私と手を繋いでよく分からない自作の歌を歌いながら、楽しそうに笑っている。


 大変に可愛らしい。そして厩舎に到着。マリアちゃんがこの子を見るのは初めてだったか。子馬の手綱を外してやって、マリアちゃんを抱え上げる。ほら、ご挨拶して。


 子馬は、ぶるるーと啼いた後、面白そうにマリアちゃんを眺め……ベロンと、なめ回し始めた。マリアちゃんは恐がる事も無く「うましゃん、くすぐっらいのれすー」と、まんざらでもないご様子。


 なるほど、これならお互いでスキンシップさせれば良かろうと、マリアちゃんを鞍に乗せて私も相乗りする。


 ぽっくり、ぽっくり、とゆっくりと歩くお馬さんにマリアちゃんはご機嫌だ。


「おうましゃん、たのしいのれす」と、はしゃぐ。うむ、大変に可愛らしい。だけど、あまりぽんぽん撥ねないで欲しい。


 子馬の方は大丈夫だろうかと心配したが、どうやら「この子は俺が面倒見ますんで」とでも言うように、大人しくしている。


 街中は少し人気が多そうなので、子馬の首の右側をポンと触って丘方面に誘導してやる。丘の上に続く、こっちの道はあまり人気が無い。


 見晴らしの良い所まで、お散歩と行こうじゃないか。



 さてと、文字通り「道草」を食べながらの道中は、鞍に跨ったり降りたりを繰り返すマリアちゃんを捌きつつ、のんびりと進む。


 そういえば何の目的も無く、ただ歩くなんて何時ぶりだろうか。そんな事を考えていると、丘の上に到着する。


 大西洋が一望でき、青い水平線に白い雲が流れていく。この辺りは、まだ観光スポットになる事も無い草原で、マリアちゃんと一緒に寝そべって風を感じている。


 そうだ、この子馬の名前を決めていなかったな……などと、そんな大事な件を今頃になって思い出す。


「うーん、マリアちゃん。この子のお名前決まってないの。良いお名前ある?」


 ダンゴムシを弄るマリアちゃんは、うーんと考えているのか雲を眺めているのか、分からない表情をして「……にくらんごっ!」と叫んだ。


 うん、肉団子か。……それは、君が好きな食べ物だね。昨日の夕食の事が、思い出されたようだ。


 「お馬さんっぽいのがいいなあ」と、リクエスト。馬っぽい名前って何だろう、と私は哲学的な何かを一緒に考える。


 ……にんじん? いかん、マリアちゃんの癖が移った。


「えっとねぇ、おかあしゃん」と、言うマリアちゃん。それもマリアちゃんの好きな人だ。


 次は「まゆぎぇ……」と。それは、多分エリオさんの眉毛の事かな? 確かに印象的ではある。


 私は「好きな物じゃなくて、お馬さんを見て考えよっか、色とか?」と誘導する。子馬は綺麗な茶色と言うか、栗毛とか言うんだっけか?が、太陽の光を反射してキラキラとしている。


「……ぽんでー!」と、マリアちゃんはお菓子を連想したらしい。


 確か、カステラの原型だったか。うん、あれは茶色いな。


「マリアちゃんは物知りだねぇ」


 何故か馬の名前が決まる気配は一向に訪れないが、それもまたよし。


 一方で、私と言うと心の中が「栗……栗……」と、食べ物から考えが離れなくなった。


「おうましゃん、しっぽ、ふるのしゅき?」と、別方面からの質問があって、ようやく頭が切り替わった。


危ない所だった。「そうだねぇ。最初に出会った時から、ご機嫌だと尻尾と耳を回してたねぇ」と、ようやくそっちの話題に戻った。


 マリアちゃんは、「まーる?まーるの?」と、オウム返しをする。回る、回るかぁ。うーん、それも良いかもしれない。


「よし、マリアちゃんの案で決めよう、この子の名前は、マールちゃん。どう?」

「まーるしゃん、きゃわい」マリアちゃんも同意したようだ。


 マール君も、何度か呼び掛けているうちに自分の事だと分かったらしい。ぶるるー、と反応するようになった。本当にこの子は頭が良いなぁ。


「まーるしゃん、まーるしゃん!」と、喜ぶマリアちゃん。気が付けば、もうそろそろ陽が沈む時刻だ。


 リスボンから見る夕陽は、お金を出してでも見ていたいような綺麗な紅色だった。


 少し、風が涼しくなってきた。もう、お家に帰ってご飯を食べる事にしよう。


 

 帰り道の最中も、マリアちゃんは気に入ったのか「まーるしゃん、まーるしゃん」と繰り返している。楽しそうでよかった。


「きょうは、なんにもない、いちにちでした」とでも、私の心の日記には書いておく事にしよう。


 あとは、またリスボンの夕陽を見に散歩しに寄るかな……とか考えていた。


「まりあねぇ、らいえんになったら、ひとりでおうましゃん、のりたい」

「それなら、来年の誕生日になったらマリアちゃんのお馬さんを買ってあげるね」


 やったーと喜んでいる。そうだね、来年になるまで、マリアちゃんが馬とポニーの違いに気が付きませんように……と私は心の中で祈っておく事にした。


 宿舎に帰ると、エリオさん家の食卓にお呼ばれする事になった。マール君の話題で食卓は賑やかだった。


 エリオは「大変だったでしょう、いっつも元気で困ってしまって」と言うが、子供は元気が一番だと思う。奥さんが「うふふっ」と、微笑んでいる。……一家団欒なんて何時ぶりだろうか。


 私は、もしかすると元の世界に戻って家族とご飯を食べているなんて夢を見るかも、などと思った。


 今日は忘れていた大事な事を思い出す、そんな一日だった。

 マリアちゃんあざといと思った人。勘弁してください。これでも精一杯なんです。


 荒んだ主人公が癒される話という事で。焦り過ぎて一人の人間として感覚がずれているのです。


 マリアちゃん自身にも役割もあります。成長するんです、この子は。


 時間が経過した証拠、と言う役割なのです。


< 史実商人紹介 >

不定期に思いついた時に適当な事を書くこのコーナー。今回はあるゲームつながりの第2次世界大戦頃の2人。


ヒャルマル・シャハト(1877-1970)

ドイツの政治家でナチス時代の経済相。世界恐慌でハイパーインフレに陥ったドイツを短期間で立て直した。知能指数は143でほぼ上限だ。


 ヒットラーに感銘を受けて、ナチスドイツで辣腕を振るい、軍事化を憂いて、ヒットラーに真っ向から立ち向かったという、色々な意味で凄い人。


 ケインズが世界恐慌対策として、積極的財政対策であるケインズ政策を提唱する前に実践したという、何でそうなるの?と言う人物である。


高橋 是清(1854-1936)

日本の政治家。絵師の息子として生まれ、アメリカに留学しながら教師やら官僚を経て日銀副総裁となり、日露戦争の際にイギリスに戦時国債を売り切った。


 この人も昭和金融恐慌の影響で日本で取付騒ぎが起きそうになった時に、紙幣を片面だけ刷って積み上げて預金者を安心させて難を凌いだというエピソードがある、豪快な人だ。


 この人もケインズ政策の提唱前に積極的財政を行い、最速で世界恐慌から立て直した、チートと言うか、やっぱり何かおかしい人。


 例に漏れず軍事大国化する日本に真っ向から反対し、226事件で暗殺された。



同じ様な時期に同じような事をしていた辣腕財務家達である。とあるゲームでは神の如く崇められる。

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