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【番外】オスマン帝国のいちばん長い日

 私は儀式用の三又の矛を掲げ、何時ものように一人前になった海兵共に活を入れる。


「貴様らは、ようやく栄えある『オスマン帝国海軍』の一人として、一人前の海の男となった! そしてその『オスマン帝国海軍』の栄光を作り上げるのが貴様らの任務だ! 歴史に名前を残す良い機会だぞ、お前ら!」

『サー!! イエス、サー!!』


 辺りを見回しても不安な顔をする者などいない。一カ月の間、昼夜を問わずに訓練した甲斐があった。


「さあ、敵はイギリス海軍ロイヤル・ネイビーで、100隻を超える大艦隊だ。我らは僅か30隻の小船しかない。しかし、貴様らの過ごした過酷な訓練の日々は、奴らに決して劣る事は無い! 鬨の声を上げよ! 我らは敵を蹂躙する! さぁ返事は!」

『サー!! イエス、サー!!』


「宜しい! 征くぞ、諸君。戦争の始まりだ!」


 海戦と言うものは、大艦隊で押しつぶすという戦術が使えない。陸の戦いとは違うのだ。ましてや、敵は我々を舐めてかかっている。時代遅れの戦列艦を並べて負ける筈が無いと、たかを括っているのだ。


 我々は、フリゲート艦を徹底的に改造して、実質12ノット迄スピードに特化した。大砲は全て取り外し、代わりに大量の『機雷』を積み込んだ。


 来島水軍は、かつて信長相手に大艦隊相手の戦いを経験済なのだ。こういう場合、小回りの利く小型船で間に割って入り、敵を翻弄する。更にこちらは全て蒸気船である。……鈍足の戦列艦相手に一方的な攻撃を行える。


 ……進路に『機雷』を放り込んでやれば、敵は勝手に沈む。ついでに簡易な爆弾も作っておいた。


 仕上げとして、調整済の強化スーツを着込んだ私が『殴り巫女』として暴れまわる訳だ。流石に制限時間の30分はどうにもならなかったが、筋力を大幅に増強するようにしてある。


「突撃!!」私の叫びと同時に全速力で30隻のフリゲートが戦列艦の群れに襲い掛かる。



 私は先頭の敵艦に乗り込み、まずはマストをへし折る。そのまま隣の船に投げ込んでやれば、船団が乱れる。ついでとばかりに、甲板の大砲を持ち上げてぶん投げる。良い具合にかき乱せた。


 鎖を引き上げて、錨を振り回して周囲の船員をぶっ飛ばしたら、後は皆に任せて更に跳躍する。


 目指すは旗艦だ。……船団の一番奥に退避する蒸気船迄、船から船へと飛び回る。こんな芸当が出来る奴がイギリス海軍ロイヤル・ネイビーにいるとも思えない。文字通り『蹂躙』するのだ!


 作戦通り、船団の中心で暴れまわる。飛んでくる魔法はあらかじめ加護を受けておいたので、傷一つ無い。『時間操作』を使うまでも無く、周囲全てが敵なので思う存分暴れ回れる。


「はっはっは! どうした貴様ら! それでも最強と名高い『イギリス海軍ロイヤル・ネイビー』か!! 小娘一人止められないとは、お笑い草だ!!」


 いやぁ、海戦は心が躍る。こんな楽しい事、人に譲るのは大変心苦しいのだ。ただ、今回は『オスマン帝国海軍』で圧勝しなければいけないので、この程度に抑えておいて後続に任せる。


 私は、もう反転し始めた旗艦に向かって大跳躍をする。ここで逃がしてなるものか! 大人しく海の藻屑となって貰う。ヴィクトリア女王の横面を引っ叩くには、それ位の打撃が必要なのだ。恨みは無いが潰す!!


 跳躍しながら『時間操作』を行っていく。急いでムラトさんの所に行かないと!


『征く河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず』体中の血が湧きたつような感覚を覚える。


『淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消え、かつ結びて、久しく留まりたる試しなし』世界がゆっくりと流れていく。


 さあ、時間だ!沈めぇ!! 私は、本能のままに旗艦をバラバラにした。



「さて、海の方は順調そうだが……。まったく、こんなに慌ただしくなるとはね」


 エジプト戦線は、精鋭ではあるが少数だ。負けるとは思わないが被害を出したくない。こちらが予定通りに王宮を制圧すれば何とかなる筈と、皆との打ち合わせでそうは言った。


「前もって『軍事クーデター』の噂を流させて、こちらに兵を残させた……。後は、我々が『ムハンマド・アリー』を倒すだけだが……」そう言って、船内の精兵達に目を向ける。


「皇帝陛下、我々は何時でも突入出来ます!」

「……そうかね。あまりやり過ぎて、私の初陣を邪魔しないでくれよ」と言うと、皆が笑いだす。


 全員、緊張もしていない様だ。あらかじめ豪胆な者ばかりを陸海軍から100名程集めてある。被害を抑えて、例の『プロジェクト ケマル』を完遂するには必要なのだ。


 アキラから『プロジェクト ケマル』の概要を聞かされた時は驚いた。……最低でも50年は行うであろう国家的大プロジェクト。


 ……詰まるところ、我々『オスマン帝国』がこの戦争を圧勝して、超大国として君臨し「世界の警察」として世界大戦を阻む、という計画だ。


 まさに『完璧ケマルプロジェクト』の名に相応しい。……そう言った時のアキラの表情は変な笑いだったが……まだ生まれても居ない、未来の英雄の名前らしい。


 それはどうでも良いのだが、今後最低でも50年間はヨーロッパ内のパワーバランスを調整する、と言う超難易度の戦略である。


 ……この戦争で全ての戦術・兵器が過去になる。この後に待ち受けるのは『塹壕戦』と言う名の、血反吐を吐くマラソンのような、国家総力戦となるらしい。戦争に勝っても負けても、待ち受けるのは破滅のみ。


「恐ろしい話ではあるが……果たして本当に出来るのか」思わず小声で呟いてしまう。周りの人間に聞かれる訳には行かない極秘プロジェクトだ。


 イギリスとロシアの注目をこちらに引き付け、オーストリアとプロイセンを牽制して、戦そのものを起こさない。……そして、最低50年という事は、我々が死んだ後も続けるという事になる。


 つまり、千鶴と一緒に子供を育て、その目標を達成するよう教育する必要まであるのだ……。


 既に賽は投げられたのだ。千鶴とはこの話を聞く前に恋人となっており、この戦争が終わったら結婚……いや、戦争時にその手の約束事をすると死ぬ、という話を聞いたのでやめておくが……。


 ともかく、かつて誰も成しえた事の無い覇業の為に、この戦争は圧勝する必要があるという事だ。大事の前の小事、ここで躓いては何も出来ない。


 ……明るい未来のため、だそうだ。世界大戦が起きれば、一千万人単位で無残に人が死ぬ世界となるらしい。そうならないための『タンジマート』であり『プロジェクト ケマル』なのだ。


 何とも気の遠くなる話であるが、それもまた良い。……史実での全く希望の無い自分の未来と比べ、何とロマンあふれる未来だろうか。思わず楽しくなってくる。



「さて諸君! 我々はこれから一隻の船で敵の本拠地を叩く。私の後に続け!!」と言い、船から飛び降りる。


 後宮ハーレムで許された唯一の娯楽が『武芸全般』『乗馬』『戦略・戦術』である。かつて、唯一自由に生きる道は将軍として遇される事と信じ、毎日鍛錬に励んだ。


 結果として、父親にさえ疎まれて更に幽閉される事になった。だが、この手の業は、師匠にも負けない位に研鑽し尽くしている。


 唯一の特技と言っても良い。誰であろうと剣戟で負けるつもりも無い。流石にレイ君や千鶴には一歩及ばなかったが、あれは例外だろう。ともあれ、ここに集めた精鋭は私自ら剣を交えて選んだ、精鋭中の精鋭である。


 王宮の門番を倒し、警備に就いている兵隊達をざっくりと切り倒しながら玉座へと駆け抜ける。


「ムハンマド・アリー、貴様には恨みは無いが死んでもらおう。前の皇帝を恨むのだな!」玉座で無防備な彼を打ち倒す。つまらぬものを斬ってしまった……。


「エジプト軍に告ぐ! 貴様らの首領はこちらが倒した! これ以上の戦闘は意味が無い。降伏しなさい!」


 戦場にも使者を急いで送る。暫くは、ここエジプトで慰撫をしなければいけない。一人でも国民を死なせる訳にはいかないのだ。


「本当に厄介な事になってしまったなぁ……。アキラ達は大丈夫だろうか?」


 私は王宮から周囲を眺めながら、自分に課せられた大きな荷物の重さを実感し、気持ちを入れ直すのだった。

という事で戦争のお時間です。


まずは前哨戦、という事で。本番はロシア戦になります。

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