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9.世はまさに大航海時代

 私は、ロンドンでの仕事を終えて次の目的地へと出発する事にした。目的地は、港町『1498年のリスボン』となる。「ストーンヘンジ」のある『門』から数えて、三つ先。およそ五日の移動となる予定だ。


 もちろん、蹄鉄を付けたこの子馬に乗って移動する事になる。この子とは、長い旅仲間になるかもしれない。


 さて、大航海時代華やかし頃、ヴァスコ・ダ・ガマがインドへと到達し、コロンブスがアメリカを発見した時期である。


 とにかく、航海に必要な物資のやり取りが多く、元奴隷や犯罪者、過去持ちの人間であっても航海士として生きる事が出来た時代。


 天然の良港であり他国からの出入りが激しいこの町は、とにかく各国のお金が乱れ飛ぶ。そうなると必要になるのは、当然両替商である。


 手数料を貰って、各国の金貨をやり取りするだけで、それなりの収入を得る事が出来る。それぞれの金貨を天秤に掛けて、重さを比べながら金貨の交換をする。


 交換した額の五%を得る事が出来るのは、正直美味しい。元手要らずの商売というのは、止められない魔力がある。


 私が経営する店は、リスボンの港にほど近い食料店や交易所の傍に立っている。


 もちろん、店の名前は『青い鳥両替商 リスボン支部』である。

 

 こちらもロンドンと同じく、ヨーロッパ各国にある各地の『門』へと船で移動できる、便利な場所だ。


 必然的に、ウチの所属メンバーはここに居座る事となり、女性と宜しくやったり酒を飲んだりと、自由気ままに毎日を謳歌している。


 こっちは懸命にお金稼ぎをしているというのに、納得が出来ない。


 今回は本部へ行く前に、此処の利益の一部を借金の返済に回すのが目的だ。


 それと、交易品として砂糖や塩などの商品を仕入れたい、との思いもある。

 

 この時期のヨーロッパの富、その半分近くを取り扱うこの町は金銀細工のアクセサリーの類が豊富であり、金さえあれば何でも取引できるとでも言うように、様々なお店が立ち並んでいる。


 此処を根拠地のひとつに選んだのも、勝手に店を立てても誰にも文句を言われず戦争の予定もない。


 繁栄しているという事は、お金や品物、情報を入手するのも簡単だという事。古い時代ほど、ある程度の好き勝手が出来るのだ。


 ロンドンとは違う、賑やかな雰囲気と温暖な気候が気に入っているというのもある。


 両替商はロンドンとは違い、繁盛しているようなので裏口に回って挨拶をする。


「久しぶりエリオ。どう、儲かっている?」と、店長のエリオに声を掛けた。いかにもなラテン系の彼は、こちらを見ると駆け寄ってくる。


「商会長、お疲れ様です。両替業は繁盛していますよ。なんといっても、新大陸方面とアフリカ方面の船が、激しく出入りしていますから。こちらへは仕入れに?」と、返答する。


 そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。


 ロンドンを基準にしては駄目だと思うが、まともな返答が返って来た事を嬉しく思う。やっぱり元凶はジェームスの奴だ。早く何とかしないと。


「ところで、商会長。今夜は空いていますか?美味しいお店を見つけまして……」と、すり寄ってくるエリオ。まさにラテンの血。口説かずにはいられない、という鋼の意思を感じる。


「また、そのお誘い? こっちが何度、断ったと思っているの」と、私はいつものように返す。


 そうなのだ、彼は『女であれば、三歳児だろうと六十過ぎの婆さんだろうと』構わず、ナンパする癖がある。間違って成功したら、どうするつもりなのだろうか。


 しかも彼は妻帯者である。こんな男に何で?と、いう程に良く出来た奥さんで四歳の娘がいる。何で自分の娘以下の子供をナンパするのだろうか?


 まあいい。仕事は出来るし、気遣いも万全。


 惜しむらくは『門』が見えないので、メンバーには誘えない事。ちなみにジェームスには見えるし、魔道具師としては天才なので、本部にお呼びが掛かり稀に連れていく事がある。


 本部の仕事は、激務を通り越して『ブラック企業』の域に達しているので、エリオを連れてきて欲しい、と幹部連中がどれだけ望んだ事か。人生ままならない。


 ともあれ、こちらも今月分の台帳を確認し始める。おおむね、好調というか予想外の収入だ。大航海時代万歳である。この世界の航海は、魔道具の発達により史実よりも楽だ。


 というのも、船を使った交易はマジックバックの独壇場だ。交易する品を積まない航海はその分の食料や水を積む事が出来て安全なのだ。さらに、自分の位置を確認する魔道具もあればまず失敗する事は無い。


 もうすぐインド航路も整備され、これからの繁栄が約束されている。


 そろそろ、両替商から銀行へのステップアップが必要かもしれない。


 ただし、銀行業に必要な人材を用意する事は出来ないため恐らく叶う事は無いだろう。銀行を始めたら目立つので、本末転倒でもある。


 「そうねぇ、エリオから何か情報はある?」と、聞いてみた。


 各種交易所は、人が溢れかえっているが生き馬の目を抜く様なこの時代、騙したり騙されたりは当然の事。此処には裁判所はおろか警察署も無いのだ。


「……ここだけの話ですが、スペイン王室と『コロン提督』の仲は最悪で、今にも罷免されそうだとか」と、エリオは小声で伝えてきた。


 『コロン提督』とは、あの「クリストファー・コロンブス」ご本人である。


 新大陸発見後に提督となったのだが……彼は一言でいうと「銭ゲバ」「守銭奴」という個人的には、まあそういう事もあるのか、という人物だ。その噂は巷で評判である。あまり人の事は言えないが……。


 彼は、発見した新大陸の管理を任されたのだが、その植民地の利益の十%を要求したとか、現地民から搾り取り過ぎて反乱されたりとか、とにかく良くない噂が流れる。


 史実でも晩年はイマイチぱっとせず、評価されていない。


 それはともかく、リスボンの立場的にスペインの動向は重要だ。


 何しろ、この時期には世界の植民地を二国で分割するという、あまりにも露骨な条約を結んでいる。


 スペインが今後も植民地拡大や奴隷貿易にインカ・マヤ文明の滅亡と、碌な事をしない事は明確だろう。


 世界への介入を望まない立場としては、あまり史実と異なる歴史を歩んでもらっても困るのだが……。とはいえ、こちらの邪魔をしない様、注意だけは必要だろう。


「……とりあえず、その件は保留に。こちらで少し動いてみるけど、今は業務をちゃんと続けてね。賄賂とか、偽金には気を付ける様に」と、指示をしておく。

「そうですね、インド航路を邪魔されなければ、こちらとしても問題ありません。早く、香辛料が届かないかなぁ」と、ウキウキ気分のエリオ。


 そりゃそうだ、イスラム商人やヴェネツィア共和国からは散々吹っ掛けられていたのだ。香辛料が船で運ばれれば、そちらの勢力が弱まるし、こちらの商売はますます利益が出る。


 陰惨な植民地拡大よりも、よっぽど健康的な思考だろう。


 そんな会話ののち「じゃあ、今月の利益から本部に渡す分を引いておくわね」と、エリオに台帳を渡す。


 この時代、主に流通していたのはレアル銀貨となる。どの世界でも金・銀の比率は、おおむね1:15となっているので、ざっくりと日本円に直すと、一枚二千円程度となる。大体七百万円分、銀貨四千枚程を受け取り本部への支払いとする。


 ポンド通貨が三百枚、八百万円分なので合わせて千五百万円という処だ。


 商売を始めてから、二年以上経つが、この辺の感覚がマヒしてきたように感じる。こちらに来る前は一万円は大金だったのに。


 特に、店の購入のため借金をした辺りから、百万円単位で動く台帳に動じなくなってきた。


 というより、日本円に換算しなくても、金貨何枚とか銀貨何枚で判断出来るようになる位には分かる様になった。


「いやあ、慣れって恐ろしいねぇ」と、聞こえない様に呟く。エリオに聞いても分からない事だろう。


 ちなみに彼の年収は、約三百万円程度。それでも十分に裕福らしい。金銭感覚の違いは難しい。


 そんな事を考えながら、店を後にして、交易所の辺りをぶらつく。


 最新のデザインのアクセサリーを弄りながら、銀貨二百枚では少し高いと思い商品を返す。


 とりあえず塩の補充と砂糖、後は気に入ったものが無いか、ウィンドウショッピングする事とした。


 結局、手持ちの銀貨から千五百枚程使って色々と購入した。日本円に直して、三百万円の単位を吹っ飛ばした事になる。そろそろ金には困らなくなり始めた所だ。


 個人的に欲しい物としては、使い勝手の良い武器系の魔道具や更に上のサイズのマジックバックだ。


 マジックバックは、魔道具の中でも技術の粋を極めた逸品である。まず、品物を保管しておく倉庫が要る。そして、それを管理・護衛する人員も必要だ。


 最後に倉庫とバックを結びつける仕組みが必須であり、簡単には作れない理由である。


 例えどんなに離れようと、時間・空間を隔てて品物を出し入れする事が出来る。


 だが、倉庫の数が増えるだけで売値の桁が跳ね上がるのだ。


 今持っているのは、倉庫が十個付いたタイプ。これでも一般人が入手出来る最高ランクとなる。


 既にマジックバックを作成する技術は、ロストテクノロジーとなっており古代に作られたものを使っている。その希少価値は、言わずもがな。


 大規模な商談を行うとなれば、倉庫が三十個ある位の大きなものが望ましい。しかし、そのクラスの魔道具となると、国宝級、もしくは王家の所有物となる。


 まあ、いくら金があってもそこら辺のコネが無ければ、魔道具類を買う事は出来ないのだ。


 コネ……コネねぇ。どこかに王家の出身で、困っている人とか居ないかしら。全力で助けるのになぁ、と無理難題を考えながら、両替商横にある宿舎へ戻り夕飯を準備する事にした。

 お金に関して、基本的にリアル世界の通貨に準拠します。


 分かりにくいかもしれませんが、リアル重視で。

 

 下手に別の世界へ金貨を持っていったら、『贋金づくりだ!』とか『金の市場が滅茶苦茶だ』と言う感じ。現代と違うんです。金本位制でため込んでいると、硬貨不足になっちゃいますし。


 商売者として、お金の描写はしっかりとします。そして、権威とか称号は大嫌い。


 そんな主人公なのです。貴族なんて偉いと言い張る乞食、と言うスタンス。


 あまり見た事が無いと思いますが、面白いと思った方は評価の☆を付けたり、ブックマークで応援お願いします。自分でも、実験している感覚なので反応が欲しいのです。


< 史実商人紹介 >

たまにはちゃんと「商人」らしい人を紹介しないといけないと思うこのコーナー。ちゃんとやります。


渋沢 栄一(1840-1931)

 日本の実業家。今最もホットな偉人ではなかろうか。


 何が凄いか、一言で言えば「一人で産業革命RTA 多分これが一番早いと思います」で良いかと思います。多分他走者が居ない事が悔やまれる。


 若い頃にヨーロッパに派遣され、欧米の近代社会に感銘を受け、明治以降、銀行の設立を行う。もちろん、株式会社を作るためだ。その後はまるで「欧米の産業を全て作れば良い」とでも言うように、会社を立てまくる。


 もちろん、そこで株主となれば莫大なお金がもらえるのだが、「そんな事より会社設立だ」とでも言うように、産業の上流から下流までありとあらゆる会社を設立した。もちろん民間事業も忘れない。


 もう、「ゲーム感覚で効率的に」を実践したかのような動きだ。「実は未来のプレーヤーが転生した」でも信じられる。


 最終的に戦後のGHQに「財閥じゃないけど財閥指定」と言う扱いまで受ける。全く意味が分からないです。『こいつ一杯株式会社を作ったから、持ち株が凄いだろう』とアメリカ側は思っていたという事だ。


 おまけにこの人めっちゃ長生きで、関東大震災の復興やら日露戦争の協力まで行っているのだ。日本を列強に追いつかせるためだけに生きた、と言っても良いと思います。明治維新はチート、と言う話を聞くがこの人も十分チートである。

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