96.新メンバーは犬じゃありません
『破壊神』に関しての対応は終わった。『魔王』がどうとか言うのは忘れよう。ロキさんから「私の息子を預かって欲しい」と言われた。どうやら、世間知らずで旅に出たいという我儘な息子らしい。
都合の良い事に『魔王』の護衛と言う事で、付いて来る口実がある。名前はフェンリル君。これまたどこかで聞いた名前だ。人型に変身するのはまだ出来ないそうなので、犬という扱いで連れていく事にした。
「フェンリル君、これからいくつもの世界を移動するけど、喋る犬は居ないからね。そこは注意するように」
「分かったよ『魔王様』。犬の真似と言うのは、私の名誉に反するが我慢しよう」
「だから『魔王様』じゃないのよ。……まあいいわ。私達の仲間は変人ばかりだし、身内になら喋って良いから」
「ワン!」
よし、これなら大丈夫。まったく手間の掛かる事だ。
「レイ君、例の金属は手に入った?」
「師匠、大目に作ってくれた。メルの装備が出来ると聞いて喜んでた」
「そうね、メルちゃん普通の服しか着てないからね。鎧代わりになればいいけど」
三人の戦闘スタイル的に、常に防御に回らなければいけないのはデメリットだ。レイ君がアタッカーになる機会が増えれば戦力も向上するだろう。
「そのロボット、って奴がどの程度動けるのか心配!」
「慣れよ、慣れ。出来るだけ動きやすい様にするから」
「『オド』の使用量も抑え目にお願いします!」
そうね、魔法が使えないんじゃ本末転倒だし……。どちらかと言うと、ロボットよりパワードスーツ的な何かになるかもしれない。大型化の目途も立たないので、メルちゃんの分は試作機と言う形で制作する事になりそうね。
「まあ、その辺はロンドンの変人共が目を輝かせて『魔改造』してくれるわ。……ろくでもない結果にならない様、注意はするけど」
「あの人達、そんなに変なんですか?」
「技術者と言うか職人なんてそんなものよ。まともな人間がいるのかしらねぇ?」
物を作る職業として、より良い性能の物を! という思考は解かるのだが……どうにも加減と言うものを知らないから困る。まあ、ロボットを市販する訳でも無し。好きに弄って貰おう。
「ジェームスとお爺さんのマニュアル作りが気になるわねぇ」
「そうですね。お爺さん、観察と設計技術に優れてますから、大丈夫だと思いますよ」
ホルス君も結構良く見ているようだ。そりゃ「レオナルド・ダ・ヴィンチ」ですもの。設計は得意でしょうよ。
「あのお爺さんの事、ロンドンの連中にどう説明したものかしらね……」
「そんなに凄い人なんですか?」
「生きていた当時は評価が低かったけど、自宅にしまい込んでいたメモが物凄くてね……。死後に天才扱いされたのよ。まともな学問も無い時代に空を飛ぶ機械やら、動物の解剖図やらを作っていたのよ」
流石に設計は出来ても実用化は別だ。技術が進歩していれば確実に成果を残しただろう。
そして、ロンドン含めて技術者なら大量にいる。何かの化学反応が起きても不思議ではない。
ちょっと心配になって、急いでダルイムの街に戻る。フェンリル君は、初めて見る他の世界に興味津々である。いい気なもんだ。
「凄いな、人間の世界は! 面白そうだ、人型になれないのが残念だなぁ」
「まあ、ウチのペットとして扱うからね。変な行動は避けてね」
「分かってますよ『魔王様』」
その呼び名は勘弁して欲しい……。ジェームス辺りが大爆笑しそうだ。
「後で、私達のメンバーには紹介するわ。変人ばっかりなので、これが標準的な人間と思わない事ね」
「……心を読めば、どんな人間かはわかる。猟奇殺人するような奴は居ないんだろう。大丈夫さ」
フラグである。……真っ当な思考回路なら理解出来ると思っているようだが、そんな甘い物ではないだろう。丁度良い機会だ、人生経験になるだろう。
……ロキさんからはけっして甘やかさない様に、と釘を刺されている。『魔族』は親子がいないと言いながら、親子のような関係もあるのだと思った。
あいも変わらず、ここは人の出入りが多い。最近はロシアからの客も来るのだろう。人種も目的も異なる人々がすれ違う、異文化の交差点と言った感じである。
「また、ちょっと変わった建物が出来ているわね。露店も入れ替わりが激しいし……いつの間にやら賑やかになったわねぇ」
「『魔王様』がここの街を作ったのだろう。随分と寂れた場所だったようだが……」
「そうねぇ。私にとっては、第三の故郷って所ね」
元の世界はともかく、第二の故郷はロンドンという事になるのだろう。とにかく賑やかで笑いの絶えない場所である事は、自分にとって誇りに思う。
「ホルス! また、お店巡りしましょう!」
「またかよ……好きだな、お前も」
「良いじゃない! ちょっとは構ってよ!」
微笑ましい光景だが、メルちゃんが暴走しないか冷や冷やものである。レイ君も心配そうに見ている。
どうしてこうなったやら……。私が人の恋路を心配するとはねえ。
「ただいまー。ジェームスとレオナルドのお爺さんはいる?」
「おう、今マニュアル作りをやっていた所だ。爺さん、絵が上手いな! 良い見本になりそうだぜ」
「そりゃ、天才絵師だしね……。それ以上の人材は居ないわよ」
全く、贅沢な話である。天下のレオナルド・ダ・ヴィンチの造った教科書なんて国宝級よ、まったく。
「後は、ロボットの仕組みを考えていた。例の魔法銀の合金は手に入ったか?」
「ええ、レイ君が師匠にお願いして大量に作って貰ったわ。メルちゃんの為にとか何とか……」
「ああ。防御力も上がるし、ロンドンで鋼鉄と組み合わせて試作機を作りたいな」
そして、変人共が群がって『魔改造』に夢中になって徹夜するんですね、分かります。
「程々にしておきなさいよ。商品にする訳ではないから、特に超技術を使っても良いけどさ」
「アキラの場合『オド』を有効活用するのに丁度良いからな。専用に大型化したいと思うんだが……」
「何か問題でもあるの?」
「いやなぁ『魔導石』が欲しいんだよな。……特に大きなものが無いと、まともな馬力が出ない」
そうねえ……大きな『魔導石』と言っても、例の砂漠を探しても上手く見つかるかどうか……。
「あっ、一個だけなら特別大きいのが有るじゃない?」忘れかけていた『魔導石』を思い出した。
「……何かあったっけ?」
「ほら! 呪いの魔道具に使ってた奴!そろそろ呪いの効力も消えてるんじゃない?」
「あぁ、リズさんの所に預けてた奴か! あれなら申し分ないな。じゃあ、本部に寄った時に確認しよう」
徐々にロボット作りが進みそうだ。色々と考える事はあるが、ロマンが満載で楽しい。
「操縦方法とか、人の乗るスペースの問題があるわね……」
「その辺は試行錯誤だが、ある程度は魔道具と例の合金で解決出来ると思う。問題があるとすれば、設計図なんだよな」
「ロボットの設計図? お爺さんじゃ駄目なの?」
細かい部品や組合せの所はマードックやお爺さんで何とか出来ると思っていたのだが……。
「ロボットの仕組みなんて、アキラしか知らないだろう。誰も作った事が無いから、参考になる物が無いんだよ!」
「あぁ、そうね。……私だって詳しくは知らないわ。人間の体の仕組みを参考にするしかないわね」
意外な所に落とし穴があった。確かに、ロボットの事を知っているのは私だけ。
まさか、アニメを参考にする訳にも行かないし……。色々と試行錯誤で苦しみそうだ。
「そういう訳でな。ここでマニュアルを一通り作って、魔道具工房で教えたら本部に行って色々とやらなくちゃいけない事がある。その後でロンドンに行って、連中と一緒にロボット作りだな」
「そうね、お爺さんの事とか『破壊神』の事を説明しなきゃ」
「……さっきから気になってたんだが、何処でその犬を拾ったんだ?」
あぁ、フェンリル君の事を説明しなきゃね。
「この子は犬じゃないわ。『魔族』のフェンリル君よ。色々あって預かる事になったの。人の心を読まれるからね。イヤらしい事を考えるとバレるわよ」
「初めまして。君達が変人なのか。確かに魔道具の事ばかり考えているようだが……」
「うわっ、喋った! そうか『魔族』なのか」
思いのほか、普通に馴染んだわね。もっとビックリすると思った。
「『魔王様』に仕える護衛になる。よろしく頼むぞ!」
「『魔王様』って……誰が?」
「……不本意ながら私よ。何でも『オド』が多いとそういう扱いになるらしいわ」
ジェームスがゲラゲラ笑う。そうでしょうね、分かってたよそんな事。
「いや、ピッタリの称号だよな。魔王アキラかぁ。あっはっは!」
「それ以上馬鹿にすると、嚙みつくからな!」
「……分かったよ。まったくお前は、いつも突然に思いもよらない事に巻き込まれるなぁ」
私とジェームスは、お互いにいつもの事だとは思いながらも、変な事になったものだと溜息を吐くのだった。