【番外】君は「ねっ、簡単でしょう?」と言うがね
どうにもおかしな巡り合わせだが、それぞれ魔道具が知りたいという点で一致した、我々皇帝二人組はジェームスに講師を頼んで魔道具について教えて貰う事にしたのだ。
ピョートルは昼間に例の丘を切り崩す工事に参加しているので、ホルスと千鶴を含めた5人が一通りの仕事終わりに集まる事になった。
「……ジェームスさんですし、まともな結果にはならないと思いますよ」
千鶴はそう言いながら、後ろから見ているだけのようだ。私は午前中に魔道具工房にお邪魔して、簡単な魔道具については作れるようになった。多少の知識は持っているつもりだった。
知りたいのは『蒸気機関』や銃器などの本格的な魔道具である。やはり、今後の政治を考えても外せない内容だろう。
「ジェームスが魔道具の天才だ、という事は聞いているのだが……何か問題でも?」
「ジェームスの魔道具作りの説明を聞けば、わかると思います」
千鶴が、何か奥歯に物が挟まった様な事を言っている。長い付き合いだし、彼について良く知っているのかもしれない。物は試しだ……とにかく聞いてみよう。
「えーと、そうだな。とにかく、作り方を見て貰った方が良いな」と言いながら、拳銃の魔道具を取り出した。一度バラしてから組み立てて説明する、という事だろう……。我々はそう思っていたのだ。
だが、ジェームスが拳銃をあっという間に分解して、組み立て直そうとする。早すぎて何も見えなかったが……。まるで指が生き物の様に絡みついたかと思うと、バラバラの部品に分割される。
「……でだ、こうしてクルッとしてゴリゴリっとやって、ビャーっとすると出来上がりという訳だ。なっ、簡単だろ?」と、一瞬で元に戻した。
一体どういう訳なのか。確か、拳銃の魔術回路については三十工程位の手順が必要な筈だ。
しかし、ジェームスは三回程手を動かしただけで完成させてしまった。どうも計算が合わない。
「分かったでしょう、ムラトさん。ジェームスさんは自分が天才で特殊だいう事を認識していないんです。これが、ジェームスさんの恐ろしい所なんですよ」千鶴の考えた通りの結果らしい。
「……どういう理由かは知らないが、あの手捌きは異常だと思う。何故そんな事に?」
「ええ。あの人は、誰でもあれと同じ事が出来る、と本気で思っていますよ。今までは簡単な魔道具ばかり説明していたから問題無かったんです。私達が造船所で『蒸気機関』を作る時には、三十分位で組み上げてました。前は数時間かけていましたから、本人だけレベルアップしてるんです」
なるほど分からん。作れるのに説明できないとは一体……。
「ジェームス。済まないが、もっとゆっくりと組み上げて貰えないか?」
「……いや、今のが普通だろ?」
「そんな訳は無い。普通の人間はもっと一つ一つ、組み上げるのだろう?」
ジェームスが首を傾げている。天才と言うのは、何処か頭のネジが外れているのだろうか?
「だって、マードックやフルトンも普通に出来たぜ?」
「……そういう事なんですよ。周りに居たのが変人で天才ばっかりだったので、逆に普通の組み方が出来ないんです。本人曰く、考えなくても手が動くとか……」千鶴はウンザリとしながら説明してくれた。
ああ、それは困る。……今後、我が国でも本格的に魔道具師を育成したいのだ。そんな天才が生まれる奇跡を待っている訳には行かない。
「ううむ、ジェームス君。君のやり方を見ただけでは理解出来んよ。こう、もっと丁寧にだね。……そうだ! 手順を紙に書いて、順番を付けて欲しい」見かねたピョートルが言い出した。
ピョートルの提案は良いアイデアだ。こうなったら、教科書を作るつもりでみっちりとやるしかない。意外な所に落とし穴がある物だ、まったく。
そんな我々の懸念を更に増加させるように、ジェームスが紙に手順を書こうとするが、苦戦している。
「ええっと。こうやって……こうして、あれ? どうやるんだったっけ……」大変に心許ない状況だ。
成程。既に頭ではなく、手で覚えているからこうなる訳か。
全員参加で作りかけの拳銃の構造を見ながら、紙に書くよう指示する事になった。
「……俺も、魔道具屋の親方からは教えて貰っていないしな。独学だと教え方が良く分からんな」
天才ゆえの悩みと言える。そうは言っても、何とかしなければ。今や我が国の存亡が、ジェームスに掛かっていると言えるのだ。魔道具工房の未来を守らねばいけない。
魔道具作りの授業は「ねっ、簡単でしょう?」という訳にはならなかった。ジェームス以外に魔道具に詳しい人間もいないのだ。どうあっても、魔道具の知識体系を確立せねばならない。
どうにか、十日程皆で必死に組み方を解読し、作成手順書を幾つか作り上げた所で我々が根を上げた。
「……これは随分と骨の折れる作業だ。もう少し考えなくてはならんな」私は誰に言う事無く呟いた。
「すまん、どうやら俺の責任らしい。元々子供の頃から、勝手に学んでいたからな。教えた事が無かったんだよ」ジェームスだけの責任でもない。個人の才能に頼る魔道具界隈にも問題がある。
「……地道な一歩から物事は進むものだ。お互い一つずつ学んでいけば良い」
「俺も造船所でな、こいつみたいな奴から作り方を教わる時は苦労したぜ。……職人って奴は、どうにもいけねえや」ピョートルがふざけ気味に愚痴を言う。
……ピョートルの一言は、随分と説得力がある。確かに職人にとって、見て盗めと言うのは良く聞く話だ。
職人技と言うものは一子相伝と言う話も聞く。広く伝え教えるのは至難の業なのかもしれない。
……まったく、世の中と言うものは面白いものだ。凄い技術が伝わらない事も有るとはなぁ。
「こうなる事は分かってましたよ。ジェームスさんは想像を絶する変人ですからね」
千鶴の予想通りとは……。やはり長い付き合いだけの事はある。
因みにアキラにも聞いたが「そりゃジェームスだしね」の一言だけだった。
「ははは、すまんすまん。こんなに大事になるとはな。これからは、作り方をこまめにメモする事にするよ」
結局、ジェームスが時間を掛けて今まで作った魔道具の作り方を、一つ一つ文字に起こすという事になった。……勉強会以前の問題だったようだ。
まったく、ジェームスに何かあったら、魔道具の発明が止まりそうで怖い。個人の才能に頼った文明と言うものの脆さと言うのは、実は魔道具に限った話でもない。
「俺達にとっては頭の痛い問題さ。頭の良い奴を連れてきて、いざ一般向けに広めようとすると同じ事になる」ピョートルもロシアの近代化のため、外国の技術講師を連れて来た事があるそうだ。
言葉の壁以前に新技術を教わるための基礎知識が必要だ、という事に気付くのに随分と時間が掛かったそうだ。結果として、大学を立て子供向けの学校を沢山作って、子供全員を通わせるために途方もないお金と時間を掛けて、教育を進めたらしい。
……身につまされる話である。アーリが近代化改革の為にオスマン帝国で大学を作ったが、入学する奴は金持ちばかりで役に立たなかった、と愚痴を零していた。
今は、子供が幼い頃から学校に通わせるように、児童労働自体を禁止して給食を配る程に苦労を掛けて、無理矢理識字率の向上を進めている状態だ。手探りの教育程、手間と金の掛かるものは無い。
しかし、学問と言うのは奥が深いものだ。全国民に広く浅く教育を施していき、頭の良い奴や天才児をそこから探さなければならない。
……ジェームスのような元々知識や才能があって、その方面で仕事をする者などは、ごく僅かな例外なのだ。
「しかし、手っ取り早く技術革新とは行かないものだなぁ」つい愚痴を零してしまった。
「そりゃそうですよ。何事も努力の積み重ねですし。私やホルス君だって、魔法を覚えるまでには血の滲むような努力があったんですよ」
「……それはそうか。そんなに簡単に身に付く物でもないか」
私はそんな当たり前の事を理解するだけで、これだけ手間を掛ける必要があった事実に頭を抱えながら、自らの経験がまだまだ足りない事を実感するのだった。