89.異世界トンネルの開通
あれから数日が経つ。問題の『封印の丘』自体は見つかった。見つかったのだが……。
「こんなにでかいなんて聞いていないわよ! まったく、碌な事をしないわね、例の偉大なるハーン様は!」
「そりゃまあ、報復が怖かったんだろうな。怖くて忘れたくて必死に埋めたんだろう」
何となく、気持ちはわかる。とは言っても、丘と言うより小さな山なのだ。どの位掘れば『門』本体が出るのだろう。
「俺、掘る! 一杯掘る!」レイ君は鉄道敷設工事以来、すっかり土方工事に慣れてしまった。
「ははは、良いなぁ。これは遣り甲斐があるぞぅ!」ピョートルさん、本当に皇帝なのよね?
スコップ片手に大喜びの『ロシア皇帝』と『破壊神を破壊した男』の組合せ。
一体、あんた達は何と戦っているのよ。他にやる事は無いのかしら……。
「……大きな子供が砂遊びに夢中、と言った感じだな」
「そうね。なんだかんだ言っても体を動かすのが楽しいんでしょうね、あの人達」
呆れて物も言えないが、魔法で手っ取り早くとも行かない。万が一交戦状態になっても大丈夫なように、出来るだけ小さな穴を掘り抜くつもりだ。
相手はどんな戦力を持っているのかもわからない。慎重に事を運ぶ必要があるのだ。
「まあ『宝玉』で確認しても中心部にありそうだから、半月位はこうやって土方工事ね」うんざりしながら呟いた。
「本当に面倒な事だな。……いっそ忘れても良いんじゃないか?」
ジェームス、そうは言うけどね。未知の魔法技術に興味が無いとは言わせないわよ。
「ああ、それは気になる。失伝した魔法技術なんて宝の山だ。個人的には、何としても調べたいな」
「……でしょう。実益も有るのよ、この異世界の開拓は」
まさに開拓と言うか、トンネル工事と言うか。まさかこんな事になるとは思わなかったが。
「暫く、冒険はお預けね。現場監督の日々が続きそうね」
「ヘルメットとか、用意しとくか?」
「安全確認も徹底させるわ。指差し確認ヨシ! ってね」
とにかく今は、目の前の事だけ考えよう。行き先のローマは逃げないのだ。ゆっくりするのも良いものだ。
夜、ジェームスがくたびれて帰ってきた。確か、魔道具の勉強会の筈だ。喜び勇んで向かったのに、何かあったのかしら?
「ああ、問題しか無いな。俺が魔道具の作り方を上手く説明出来ない事が分かった」
「前に魔道具作りを教えていたじゃないの。……何で駄目だったの?」
「あれはな、簡単な構造だったから説明出来た。銃器や大掛かりな魔道具は細かな事を伝える必要がある」
ああ、そういう事ね。確かに、ジェームスはその辺の経験が無い。独学で学んだり、その場の思い付きで何かを作るのは得意だが、教えるとなれば話は別だ。
「……良い機会だから、自分の技術を誰かに伝えるのも悪くないわ。アンタは出会った時から天才だけど、挫折を味わうのも良い経験よ」
「ったく、他人事だと思って。アイツらに囲まれて質問攻めになるこっちの身にもなってくれよ」
知らないわよ、そんな事。何となく圧力が強そうな面子ではあるわね。
やはり、こいつも変人である。何処か歪な生き方をしているものだ。自分も人の事を言える程まともではない訳なのだが……。
「でも、魔道具工房でもそろそろ複雑な魔道具を作りたい、って言う声は聞くわよ。いい加減、苦手分野を克服しないとね」
「わかってはいるんだがな……。そもそも、教えられた事も教えた事も無いんだ。よく分からん!」
威張っていう事か、まったく。だらしが無いわねえ、うちの旦那様は。ちょっとは良い所を見せなさいよ。
「まあ、時間はあるし……。そういう物だと思って頑張るさ」
「そうね、魔道具や魔法ってあんまり教えるところって無い……あれ、上海の研究所は?」
「……ああ、確かにあそこも個人で別々の研究をやっている。今頃は、西洋の魔道具の技術体系に悩んでいると思うぞ」
どこも同じなのねぇ……。いっそ、そう言う場を設けた方が良いかもね。
「そろそろあの研究所にも顔を出す頃だし、提案してみるわ。何か、良いアイデアが浮かぶかもしれん」
「……そうか、結構忙しいものね」
「何だ、寂しいのか?」ぐったりとしながらジェームスが呟くが、そんな状態で言う台詞ではない。
ほらほら、そんな風にふざけてないで手を動かしなさい。魔道具の制作マニュアルを作るんでしょ。
……本当に、私達ってのんびりするのが苦手よねぇ。
そんな事もあるが、本題は未知なる世界の探索である。トンネル工事は順調に進んでいる。
二人ともパワーで押し切るタイプだし、殆ど疲れを見せない。時々様子を見ながら『門』までの位置を確認する。
まだ半分って所ね。……先は長いわ。
ジェームスは、毎日紙と睨めっこをしている。今後の為の必要作業だという事で、諦めて貰った。何で、あんなに魔道具は作れるのに、設計書が書けないのかと疑問に思っている。
……天才と言うのは理解に苦しむばかりだ。
「うーん、何でかなあ。昔はもう少し考えてた気がするんだが。こう、ロンドンで色々やってた頃に考えずに魔道具を作れるようになったからかもな」
「変人達の影響って怖いわねぇ……。マードックさん達大丈夫かしら?」
「知らん、その内苦労するんじゃねえの?」
そんな事よりお仕事しなさい。変人達は、やる気が出ないといっつもだらけてるんだから。もう、変人達の扱いは慣れたものだ。まったく、まともな人が居ないと進まないわね。
「ホルス君は、結構そういう頭を使うのは得意そうだけど?」
「やっぱり魔法と魔道具は、結構な違いがあるからな。理論だけなら俺も問題無いんだ」
「……そういう物なのね。よくわかんないけど」
ジェームスはそれを聞いて深い溜息を吐く。
「うん、向いてないな。教える仕事って……。とにかく俺は作りたい人間らしい」
「職人気質って事ね。何となくわかる気はするけどね……」
そうは言っても、代理が居る訳でも無い。各自の役目は果たさないとね。
「そういえば、メルちゃんはどうしてるのかしら?」
「ホルスと一緒にお買い物さ。可愛いもんだねぇ、青春て奴か?」
「成程……。ちょっと気にはなるわね。進展したのかしら?」
ちょっと前に背中を押した件も有る。まあ、人の事は言えないし生暖かく見守るしかないが。
「あんまり首を突っ込むなよ。トラブルの元だ」
「そうね。馬に蹴られる趣味も無いし……」そもそも、恋人を作った経験が無い。出来たのは旦那だ。
……まったく、ゆっくりしたくても問題ばっかり起きるわね。
それから約半月が過ぎた。トンネルは無事に『門』に到達して、皆で出発の準備を進める。
何故か、普通にピョートルさんも混じっているのだが。行きたいの?
「どうせ、政務は嫁に任せている。好きにやらせて貰おう。なに、ちゃんと指示には従うさ」
嫁さんが逃げても知らないわよ。まあ、ちょっと様子を見るだけだし構わないか。
「それじゃあ、皆準備は良いわね! 絶対にトラブルを起こさない様に。良いわね!」
『はーい!』と、遠足の引率のような感じである。
全く呑気なもんだわ。
私はトンネルから『門』に向けて歩き出し、何が待っているのかワクワクしてしまい『冒険狂』としての気持ちが抑えられなかった。
複数視点で同じ出来事を、と言うのも面白いものです。
価値観とか立場も違うし。
2倍になった書く手間さえ考えなければ、ですが。