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8.世界を守る人々の名は

 私は、仕入れた品物をバッグから取り出していき、床に並べていく。織物に革製品や毛皮と、それぞれ百単位の在庫を仕入れたため、お店の倉庫が圧迫される。


 ついでに、バッグの整理も兼ねて必要なさそうな物を出しておく。


 どの商品がどの程度の金額で売れそうか、ジェームスに査定してもらう。この辺は、こいつの才覚に頼るしかない。


「店長、このカシミア生地は随分品質が良いので、高値で売れると思う。後は、この絨毯と織物も、使い勝手が良さそうだし、大体……八百ポンドは行くだろう」と、いう結果になった。


とりあえず、来月の借金返済に問題はなさそうだ。残りの革や毛皮は、所属メンバーに渡して行商して貰おう。


 しかし、これ全部合わせても、あの馬一頭以下なのか……。大量の在庫を見ながら、私は頭を抱える。



「……で、砂漠で水の確保との事だったが。そこを開発して、取引先や拠点にするのか?」と、メンバーのグレッグさんが、頭を抱えた。


この人は、代々ユダヤ商人の家系で、『青い鳥』でも、古参の方になる。基本的には、あまり一つの世界に介入しない方が望ましい、というグレックさんの考えは分かる。



 我々の所属する旅団である『青い鳥』は、大きく三つの部署に分かれている。


 一つは、商売に関係する部署。他メンバーの現地費用の調達と、組織の運営費を賄う部署だ。


 もう一つは、情報収集と諜報関連。主に旅人として、発見した世界の調査と、各地域の動向を調べる。


 最後に、世界の歴史の調査を担当とする部署である。これは、各世界の資料を調べ上げ、並行世界が同じような歴史を辿るように、何時どのような事件が発生したのかを確認する。


 なぜ、並行世界が史実通りに、歴史をなぞる様な活動をするかと言えば、世界の安定化と未来予測の為である。

 

 『青い鳥』から見れば、これから何が起こるのか予測出来る状態を保つ事が、メンバーの活動の安全に繋がる。


 誰も好き好んで、戦争や政治活動に巻き込まれたくはない。



「……取引先が増えて儲かるなら、何も問題は無いんじゃないか?」と、ジェームスは首を傾げる。


 こいつは、『青い鳥』の過去を知らないのだった。その辺りきちんと説明しておかないと。私は、その質問に答える様に、グレッグさんが悩んでいる理由を説明する。


「ジェームスは、我々の組織が古代に国家単位で活動していた事は知ってるよね?」

「ああ。古代ローマでは強力な魔道具を作って、それで沢山の世界を支配したと聞いている。今では、その製法は残っていないとか。出来ればその時代に行ってみたいもんだな」と、魔道具師らしい答えをするジェームス。


 マジックバックを始め、強力な魔道具や現代には伝わっていない魔法などが溢れる、おとぎ話のような世界だったらしい。


 所謂『パックス・ロマーナ』という奴だ。もっとも、史実よりもはるかに大きい。新大陸はおろか、多数の世界で繁栄を享受していたのだ。


「けれども、過去の『青い鳥』はやり過ぎたの。組織内で『積極的に世界に介入するべき』という派閥と『強大すぎる力は破滅を招くから、世界に介入するべきではない』派閥に分かれて、争ったそうよ」と、団長から聞いた話をそのまま説明する。


「最終的には、過激派による『全ての世界を征服して我々が管理すべきだ』という活動まで発生することになった。その後、どうなったと思う?」、とジェームスに質問する。


「……えっと、その流れだと碌な事にならない気が」


「そうね。古代ローマの支配者階級は、我々の組織を反乱者と見なして女・子供に至るまで虐殺したらしいわ」と、私は淡々と説明を続ける。


「一方で、古代ローマも世界を維持する力を失い、次第に滅んでいった。今残っている『青い鳥』の末裔の人達は、辛うじて逃れた『世界に介入すべきでない』派閥だった人の子孫なの」


 グレッグさんは、その末裔の一人。もちろん、本人も同じく世界への介入を望んでいない。



「……前から疑問だったんだよな。なぜ店長が、儲かる商売に積極的ではないのか? って。例えば、ここでは簡単に手に入る香辛料を別の世界で大量に売れば、大儲け出来るじゃないか」


 確かに、世界を移動する力は強力だ。上手く使えば、世界を支配する事だって出来てしまうだろう。


「私達は、目立ってはいけないの。そうやって荒稼ぎして何処かの支配者に利用されたり、もしかすると私達を排除するかもしれない」


 商売はメンバーが活動するための手段であって、目的ではないのだ。


「世界を平穏にする事、誰かが苦しんだり悲しい出来事が起こらない様に、私達が手を貸すのは賛成するわ。でも、自分の利益のためだけにその力を使うのは良くない事なの」と、私はジェームスに言い聞かせた。


 実際、こいつがやった『小型魔導石での魔力変換効率化』という発明は、そこら辺のルールぎりぎり、かなりのグレーラインだった。


 この時代で『魔導石』が不足しすぎる事が原因で戦争が起こるかもしれない、との判断で実施されたのだが。


 『この技術は、他の世界に持ち出さない事。必要以上に広めないように』と、本部からも釘を刺されている。


 それ位、世界への介入というのは厄介な事なのだ。


「……なるほど、良く理解出来たよ。確かに、未来を知ったり過去に介入するなんて危険すぎるな」ジェームスは、今までの活動についての疑問が色々と解消したようだ。

 

 そうだぞ。だから過去の競馬の記録を漁ろうとはするなよ、ジェームス君。



「……ところで、史実を守るために活動する組織ってさ、それ『タイムパトロール隊』って言わない?」と、思いついたことを聞く。元居た世界のアニメなんかで見た気がする。


 それを聞いた三人は、一瞬ビクンと停止し……大笑いを始めた。何か変なのだろうか?


「その発想はなかったわー」「馬鹿じゃねーの、その名前」とか大騒ぎ。机を叩いて大爆笑する者。肩を震わせて我慢する者も居る。

 

 終いにはグレッグさんが「……ま、まあ我々のご先祖も同じような活動の提案をした事がある、笑っては失礼だ。……その、名前はともかく」とか、苦しそうにフォローする。


 いや、それ心の中で絶対笑ってるでしょ、グレッグさん。



「さて……それはともかく、例の遊牧民の集落の開発についてなんだけど……いい?」と、私は先ほどの話題を避け、出来るだけスムーズに別の話題を振ってみた。今度笑ったら、ぶん殴ってやる。


「で……私としては積極的にするべき、だと思う」と、私は皆を説得する。最終的には、本部にも報告する必要があるな、これ。


「……それは、情が移ったという事ではないのだな?」と、真面目な顔で、グレッグさんが質問する。


「俺達としては、拠点が増えて活動しやすくなるのは賛成だが……。何か問題でも?」と、こちらはサンダースさん。


 アメリカ出身で、現地スカウトしたメンバーだ。情報・諜報関係の担当者になる。


「私の勘だけどね、あそこはロシアと清に挟まれている。歴史通りだと、確実に戦争に巻き込まれるわ。多分、外からの訪問者を警戒しているのは、そのせいだと思う。ただ、あそこの人達は他にも何かを隠している気がするの……」


 一定の距離を置くのも良いだろう。しかし、隠している内容によっては厄ネタになる気がする。こういう時の私の勘は当たる事が多いのだ。


「……ふむ、とりあえず問題が起こる前に信頼関係を得ておく事と、問題対応のための安定化という訳だな」と、グレッグさんは納得してくれた。


「それなら、私もそちらに向かって、諜報活動をした方が良いのでは?」と、サンダースさんからの提案。


「それは、もう少し状況が判明してからにした方が良いと思う。かえって、警戒されるかもしれません。暫くは一人で対応したい」


 その意見に全員が頷き、とりあえずの方針は決まった。


 さて、水の確保となると、基本的に井戸を掘るのが手っ取り速いが……。


「砂漠で井戸を掘るのって、どうすれば良いかしら?」と、皆の意見を聞いてみる。


「ああ、それなら俺がダウジングロッドを作れば良いと思う。あの魔道具なら地下水脈を発見できるから」と、ジェームスからの提案があった。それなりにお金が掛かりそうだ。


「井戸を掘るなら、ちょうど使い捨ての魔道具の在庫があったはずだ。以前に使用してみたが、小一時間で、穴が掘れた」と、グレッグさんが補足してくれた。


 とりあえずは、その辺を用意して、現地で試すしかない。


 後は、要望のあった糸や針、染料などと、少し古めの織物機も用意する事にする。補充用の石炭、今度は売り物になる奴を買って来させる。


 私は、各自に担当を振り分けて、二週間程度で集めるよう指示を行った。

 

 トランプ賭博を始めるよりは、よっぽど建設的な活動だろう。


 後は、本部への説明と借金の返済かな。


「じゃあ、ジェームス。その他もろもろ、お店の運営は任せたわよ。こっちは、二カ月位は留守にすると思う」と、指示して何か問題点はないか確認を行う。


「OK、店長。暫くはこっちに任せろ。何か案件があれば、こっちでストップを掛けておく。後、税金関係の資料に目を通して、サインして欲しい」


 ……ちぇっ、最後の問題が無ければ良かったのに。


 私は会話には困らないが、文章を書いたり読んだりするのは苦手だ。とはいえ、英語なら辛うじて読める範疇に入る。


 此処を拠点に選んだのも書き物に苦労しないから、という理由があった。恐らく、二~三日は書類と格闘する事になるだろう。溜息をつきながら、夕飯の準備に掛かる。


 こいつら男所帯だと、いつも屋台で適当に済ますから野菜多めの炒め物でも作ってやろう。


 私は、身支度を済ませて、厨房に向かった。



 遊牧民の村への支援に、借金の返済。その他、諸々の報告をするのに、何日掛かるのだろうか。


 ……あそこの人達には、個人的に好意を抱いている。一方で、世界への介入がどれだけの人間に影響を与えるかも知っている。


 ましてや商売だ。お金を使って人を殺そうとすれば、幾らでも可能なのだ。


 兵糧攻めに買占め、経済封鎖でもしてやれば瞬く間に人が死ぬ。『守銭奴』として、お金の恐ろしさは身に染みて知っている。


 私が動く度、誰かに影響を与える。……たとえ望んではいなくとも、自分の知らない所で苦しむ人だっている。


 そういう事が頭から離れない時は、決まってベッドに潜り込んで身を寄せて、悲しさと辛さを押し殺すのだった。

異世界を移動すれば無双は出来るがあえてしない、と言うスタンスです。


やり過ぎると、物語が面白くなくなりますから。


スロースタートですが徐々に仲間が増えて、物語を進めていくスタイルになります。


神様や主人公凄い、と言うのはスキルや能力じゃなくて出来事で見せるものでしょう。


なるほど、面白いと気になった方は、評価ポイントやブックマークを付けて頂けないでしょうか。


< 史実商人紹介 >

後書きが文字数にカウントされないのを良い事に、好き勝手にやるこのコーナー。はて、世界的にも有名なのに、実態が良く分かっていないヨーロッパの偉人から2人を紹介。


マルコ・ポーロ(1254?―1324)


 ヴェネツィア共和国の商人。ヨーロッパ人で初めてアジアを旅行し「東方見聞録」を書いた。その影響は大航海時代の始まりに大きな影響を与え、コロンブスがインドに向かう原動力になった。間違いなく歴史的偉人である。

 だが「何で苦労して24年も掛けて、アジアにまでわざわざ行ったのか」と言う理由が分からない。興味があって、と言うには動機が弱すぎる。帰国の際に高価な品を持ち帰り……とする説もあるが、600人が18人になる過酷な旅でそれは眉唾物だろう。どちらにしろ、『商人』なのに『冒険者』枠だろう。


ヴァスコ・ダ・ガマ(1460?―1524)


 ポルトガルの探検家。ヨーロッパ人で初めて海路でインドに到達した偉人。残念ながら「商人」にはなれなかった人である。

 2回目の航海では交易を目的にインドへ向かったが、交渉ではなく街を砲撃している。現地のイスラム商人との軋轢も原因だろうが、交易する目的なら街を壊して支配しないだろう。結局、最終的には交渉に失敗し、それなりの積み荷を持ち帰った。

 「商人」ではなく「冒険者」と言う扱いなのだろうか。もう少し上手くやれなかったのだろうか、とも思う。

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