前編
なんと二夜連続します(*´-`)
「…あんなところにレストランがあるぞ!車停まってる、営業中だ。」
「うぉわあ!!助かったー、よし、飯くお、飯!!」
クソ田舎の、ひび割れたアスファルトの上をひたすらに彷徨い続けていた俺たちは、一軒のレストランを見つけてテンションの高い声をあげた。
しがない動画配信者をやっている、俺とツレ。収益化を果たしたおよそ2年ほど前から、毎日ネタ探しと撮影、編集に追われながらボチボチ暮らしている。
ノリと勢いだけでここまで来たのだが、ここ最近ネタ切れというか、マンネリというか…思うように再生回数が伸びなくて困っていた。どうにかして起死回生の一発を狙おうと、寂れた過疎地に凸を決めたのは一週間前の事だ。
ところが…、ケチって安いレンタカーを借りたのがいけなかったらしい。高速を降りて農道を走り、山道に差し掛かったあたりでいきなり走行中にナビが故障してしまい、ピンチに陥ってしまった。俺たちは、いつ迷ったか気付かないくらいスムーズに……寂れた場所で、己の所在地、いる場所が分からなくなってしまったのだ。田舎道の怖い所だ。入ってきた道すら見つけられないくらい迷うとは、思いもしなかった。
スマホひとつで乗り込んできたから、地図なんかもってない。しかも電波は貧弱だし、辺りに道を聞けるような人もいない。目立つ建物も無ければ目印に走れるようなものもない。俺たちは完全に詰んでしまった。やべえなって言いながら、あても無くがたつく道の上を二時間も走り続ける羽目になろうとは……。
朝一の約束だったのに、お互いに寝坊して昼過ぎになってしまったのがそもそもまずかった。
何の準備もできずに、急いで車に乗り込んでレンタカー屋に行き、小回りの利く軽に乗り替えて高速をぶっ放す羽目になった。
企画当初は朝一で村インして昼に現地で飯、三時のおやつにSAで五平餅食って帰ろうって話だったんだが…大幅に狂ってしまったという…。
まだ日が高いのにこれだけ迷っているということは、夕方を過ぎて見通しが悪くなったら絶対に帰れなくなる奴に違いない。
本気で焦りはじめた俺達の視線の先に素朴なレストランが現れたら…、そりゃあ、おお喜びもするってね。
「今の喜んだ瞬間、撮れてた?」
「撮ったとった!よし、前後編の動画が作れるな、出発からピンチ、救世主たるレストラン登場までが前編、飯食って道教えてもらって無事帰宅で後編!よしよし…再生回数2000回越えはかたいな、編集楽しみー!」
ま、それなりに使えそうな動画がたくさん撮れたから、万々歳ではあるか。
遅刻してちょっとしたケンカ、へたくそな車内カラオケ、カエル潰してテンパったり、迷って開き直ったり、ちょっとした木を見てあれは見たぞと推理してみたり……。ちょっと大げさに字幕を盛ったらいい反響がありそうな予感がする。サムネ詐欺……久々にやるかな。ちょっと大げさに作りこんで、軽く炎上すればしめたものだ。
大台にのったら撮影用のマンションを借りようと話し合っているのだが、なかなかあと一歩のところではじけずここまで来てしまったからな。いちいちお互いのマンションを行き来してるとわりと面倒で…今回の動画で、ぜひとも爆発させたいところだ。
「…しっかし、こんな辺鄙なところでこんな洒落たレストランなんて…やっていけてるのか?どうすんだよ、もしかして一日一組限定の高級な奴だったら。」
「それはそれでおいしいだろ?ま、食えるかどうかはわかんねーけどさ、とりあえず入ってみるべ!俺めっちゃ腹減ってんだよ、のども乾いてるしさあ!多少マズくても完食できるわ!」
やけにノリノリのツレの言葉を受け、広々とした駐車場にボロいレンタカーを停めて…胸ポケットにスマホを忍ばせる。あたりの様子を録画をしつつ、砂利道を歩いて…、レストラン入り口のやや重厚な木製のドアを開けた。
……ギ、ギギィ~
……やけに古臭い、木の、匂い?
麝香のような、線香のような…都会のレストランのような…、きつい臭いではないが、噎せ返るような…。
こってりとした匂いじゃなくて…なんというか、飲食店らしく、ない。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?こちらへ…どうぞ。」
キッチン?の奥から、やや小太りの、眼鏡のおっさんが出てきた。…やけに長い帽子をかぶっている、やっぱり高い店かも知れない。マズイ、財布の中、一万ちょっとしか入ってねえぞ…ツレは電子決済マンだし、大丈夫か?
「あの、僕たち道に迷って、朝から何も食べて無くて。すみません、メニュー表ってあります?正直貧乏人なんで、高いと払えない可能性が…一万しかなくて」
「はは、それだけあれば大丈夫ですよ!ささ、お入りください!」
「え、で、でも……」
「もし万が一足りなかったらその身で支払ってもらいますから!さあ、自慢の料理を食べてってください!!」
「なんとかなるだろ、行ってみよーぜ!」
若干渋る俺に対し、能天気100%でほほ笑むツレ…、その軽さに、気楽な表情に、流されてしまった。やけに強引なおっさんに背中を取られ、ぐいぐいと奥の方の席に案内される…、無理やり押し込まれているような気がしないでもない。さりげなく、店内の様子をチェックしつつ、やばい店じゃないことを確認しておく……。
……カウンター席には陰気な爺さんが座って…何かをすすっている?
……四人掛けのテーブルに、子供とお母さん…ミックスサンド?とお子様ランチを食べている。
……窓際の席では若い女性二人組がパフェをつついている。
……座敷では婆さん三人組が丼物?を食べ終わってお茶を飲んでいるようだ。
「こちらの個室をお使いください、えっと…その機械、動画撮影するんですよね?ここなら自由に撮影していただいて構いませんので!他のお客様のご迷惑になりますのでね、プライバシーの問題もあるので撮影はこの中だけに留めてください、あ、お水持ってきますね!」
店主は一気にまくしたてると奥の方に行ってしまった。
どうやら撮影してることがバレバレだったらしい。しっかり胸ポケットのスマホを見られてしまった。ツレの持ってる三脚やゴープロも指差していたから、詳しい人なのかもしれない。
もしかして、ここに来るまでに撮った映像、消せとか言われないだろうな…。俺の心配をよそに、ツレは古ぼけたメニュー表に見入っている。…よっぽど腹が減っていたらしい。
「意外とリーズナブルだぞ、ほらメニュー表、見て見ろよ……380円?安くね?!」
ツレに差し出されたメニュー表をのぞき込むと、やけに…レトロなメニューの文字が並んでいる。
かつ丼、親子丼、うどん、オムライス、カレーライス、サンドイッチ…380円?!
日替わり定食、ハンバーグ定食、とんかつ定食、焼き魚定食…450円、お子様ランチ400円!
ドリンクはすべて280円とか……田舎ってここまで価格崩壊しているものなのか?
慌ててメニュー表を動画で撮る……。
「お決まりになりましたか!!」
元気のいい声にビクつくと、店主がこれまたレトロなコップに水を入れてやってきた…。
氷が入ってないのは、こういうところで経費をケチっているからなのか…?ちょっと飲む気にはなれないな、そう思って、出された水を飲まずに机の端に移動させた。
「あの、ここめちゃめちゃ安いっすね、びっくりしました!」
「まさか手のひらサイズのが出てきたりしませんよね……?」
「ははは!ありがとうございます!!大丈夫ですよ!!ええとね、僕のおすすめは日替わりなんですけどね!!それ二つでいいです?」
なんかやけに押し付けがましくないか、そう思ってツレの方をみると。
「俺は魚が好きだから、焼き魚定食にしよ!ご飯大盛りできます?あと、お水のおかわりください!」
水滴一つついていないぬるい水を一気に飲み干して、ニコニコしながら注文している。…相変わらず空気を読まない、自分の意見を前に出していくタイプの…まあ、俺も乗っかるか。
「ええと、じゃあ僕はハンバーグ定食で……。」
正直俺はそこまで飢餓状態ではないのだが、このあと道も聞かねばならないし…気を使って注文をする。
「ああ!!じゃあ、日替わりがイイですよ!ハンバーグも魚も入ってます!ご飯大盛りね!了解です!作ってきますね!!!」
店主はにこにこしながら、返事も聞かずに奥の方に引っ込んでいってしまった……。なんだ、これ注文を訂正する隙も無かったぞ……。
「俺魚あんま好きじゃねえんだけどな。クソ、お前食ってくれよな……。」
「いいの?俺のハンバーグはやんねーぞ?」
「俺はそこまで腹減ってないからいいよ。…つか、あのおっさん、人の話聞かなくね?これだからクソ田舎の常識のないじじいは嫌いなんだよ…。」
勝手にメニューを決められた苛立ちと、反論できなかった自分の弱さにムカついて…らしくない言葉が飛び出してしまった。後でカットしておかねばなるまい。俺は破天荒なツレをセーブして諭す、人当たりの良い常識人というキャラだからな。
「なな、店内の雰囲気撮っちまお!個室の中しか撮影すんなって言ってたけど…バレなきゃ大丈夫だろ。今調理中だろうし。俺ちょっと便所行くついでに撮ってくるわ!」
「……やばくないか?めんどくさいことになるのはごめんだぞ?このあと帰り道も聞かなきゃいけないのに。」
ツレは俺の話なんざ聞く気はないらしい。スマホ片手に個室を出て行ってしまった。
残された俺は、個室の中を……じっくりと観察してみる事にした。
古い建物だからか?何となく、くすんだ空気が漂っているような気がする。木製の壁は濃い茶色…ペンキで塗ったというよりは、年季が入ってくすんだような色合いだ。よく見るとテーブルも椅子も、同じ木材でできている?きれいに磨かれてはいるがずいぶんレトロなデザインで、昭和を感じる。
棚にはこじゃれた額入りのセピア色の写真……いつ頃のものだろう、子供達と大きな犬?が一緒に写っている。
テーブルの上にぶら下がっているのは…ランプ風のLED?炎が揺れる感じが、非常にリアルだ。
カーテンのない窓の外には、たくさんのサボテンが植えられているのが見える。ちょっと針が怖いのは、俺が先端恐怖症だからなのか……。
窓から目を離し、個室の入り口から店内を観察しようと目を向けたら、ちょうどツレが戻ってきた。