3−2
「それで、元々教会に居たニックとも一緒に私も教会で過ごすようになったんです。15歳になって、ニックは騎士に、私はメイドに就職して今に至ります」
中庭の薔薇の迷宮にてココと白薔薇姫が向かい合っていた。
「そう…………」
「私のせいで………私のせいで母が亡くなって……」
「あなたのせいでは無いわ。悪いのは襲撃をした人間よ」
「でも……私が………丘を降りて森へ行ったり、回復魔法をろくに練習しなかったから………」
「ココリッシュ」
白薔薇姫がはっきりと彼女の名前を呼ぶ。
「私は母が私の種を蒔いた時、既に地上は荒れていたの。辺り一面燃え盛り、地中深くまで高熱が苦しめた。母は最後の力を私を産むことに使ったの。未来を願うために」
「………」
「あの時、声色は明るかったわ。人間で言えば笑っていたと思う。最愛の子どもを守れた、母親としての誇りを抱いて最期を迎えることが出来たのだから」
「うっ…うぅっ……うっ…く…っ」
ココは俯きながら嗚咽し、両手で顔を覆った。
「ココリッシュ、強くなりなさい。再び故郷へ戻るために」
遠い彼方を見つめるように、白薔薇姫の花弁が天を仰ぐ。
「おい、また泣いているのかよ」
ニックが転移魔法で戻り、顔を隠していたフードを後ろに下げた。リリーナもすぐに転移魔法で姿を現した。
「あらおかえりなさい、お二人さん」
白薔薇姫が涼し気に言う。だが、ココはまだしゃくり泣いている。
「ニック……違うの。泣いてない」
「モロバレな嘘つくんじゃねーよ」
ニックは頭をぽりぽりと掻き、
「心配すんな。あいつは必ず連れて帰るから」
「私も一緒に行く!」
俯いていたココが急に顔を上げ、ニックに力強く懇願した。大粒の涙を溢しながら。
「やっぱ、バカ言うと思って一度こっちに戻ったんだ。あいつらの目的はお前だっていうのに、近付くバカがどこにいるんだ」
「私なら遠くからでもセティーと話せるもん!」
「説得で止められるもんじゃねぇだろ。底無しの恨みを晴らそうとしているんじゃないのか」
「っっ!」
まだ彼にセティーの目的を話していないのに悟っていることにココは意表を突かれた。
ニックはリリーナに目を向けた。
「悪いな庭師、俺が不在の間ココを守ってくれないか」
「わかったわ」
「もし行きそうになったら全力で止めて欲しい。多少荒業になっても構わない」
「荒業って!?」
「畏まりました」
逆らえば何をされるのだろうとココは半泣きでおろおろしている。
「………あなたもお気を付けて」
セティーとやらを止めるだけでなく、アレスフレイムを始め、無理矢理連れて行かれた上級魔法使用者たちのことも救い出して欲しい。リリーナにはアレスフレイムの安否も心配で堪らなかったが、言葉にするのは控えた。彼一人に対してやるべきことが多過ぎる。まずは彼の命を優先にしてもらうべきだ、と。
だが、ニックの瞳には不安など全く見られなかった。
真っ直ぐにココを見下ろすと、ぽんぽんとプラチナブロンドの彼女の髪を撫で、
「必ず戻る。俺が約束を破ったことなんか無いだろ?」
安心させるようにほんの少し笑顔を見せた。
だが
「あるよ。食べないって言ったくせに勝手にプリン食べたことあるじゃん!」
彼女のあまりにも幼稚な反論に笑顔が一瞬で消え、はあぁぁとため息を漏らしていく。
「庭師、逃走しなくてもみっちりシゴイてくれ」
「やだよやだよ! 何で怖いこと言うの!?」
幼い子ども同士の喧嘩のようにココがムキになり、ニックはわざと彼女に意地悪を言う。それを呆れるように傍観するリリーナと白薔薇姫。
「時間がねーからもう行くわ」
再びニックがフードを被って顔を隠すと、リリーナと目を合わせた。「頼んだぞ」と訴えるように。それから視線をココに向け、
「あんま泣くとまたブスになるぞ」
と捨て台詞を放って魔法で姿を消したのだった。
ココは震えだす。悲しみからではなく、
「ブスじゃないって言ってるでしょー〜〜っっ!!!」
姿の見えないニックにとびきりの怒りを放った。彼女の顔からはすっかり涙の雨は止んだのだった。
「さて……と………」
ニックが立ち去り、リリーナはココに身体を向けた。
「ココリッシュさん」
「えっ、あっ、やっ、ココで良いですっ! ココって呼んでください」
「では、ココ」
「はぃいいいっ!!」
リリーナは落ち着き払っているが、対象的にココは声が裏返ったりと緊張が顕になっている。
「2000年前に生きた魔女、フローラのことを知っている様子だったわね。彼女のことを教えてもらっても良いかしら」
「はい………」
ココは考えをまとめるために、2、3歩辺りを歩いた。歩くうちに緊張も少し解れた様子。
「あの、実は私、太陽の丘の魔女なんです。本当の名前はココリッシュ・ロフォスといいます」
太陽の丘の魔女、まさかメイドとして城内に居たとは予想外過ぎてリリーナは目を見開いた。
「ちょっとわけあって、丘には住んでないんですけど。今、太陽の丘の民の生き残りは私しかいないんです」
胸がざわつく。これはリリーナが衝撃を受けているのか、または別の人物が動揺しているのか。
「まさか、他の民も太陽の丘を降りたの!?」
白薔薇姫が驚いたように声を上げる。地上の至る所に彼女に情報が大地を通じて寄せられるが、幻の地からは音沙汰が無いのだろう。
「フローラの亡骸を探すためです」
リリーナは胸元にきゅっと手を当てた。
「リリーナターシャ、大丈夫?」
心配そうに声をかける白薔薇姫。
「大丈夫です。続けて」
リリーナに促され、ココは頷いて話を続けた。
「フローラは歴代の魔女の中でも群を抜いて魔力が強かったとしても言い伝えられています。彼女が死んだと大地から伝達があったのに見つけられなかったらしいのです。フローラを探すべく降り立った太陽の丘の民は戻って来た者もいれば、行方知らずになった者もいたと。太陽の丘の民は眩しい程美しい見た目と言われていますから、人間たちの欲望の手に捕まったことも有り得るとも古い手記に書かれていました」
リリーナは優しく胸をとんとんと叩く。大丈夫よ、と落ち着かせるために。
「それだってあなただけになるまで激減するなんて異常だわ。他にも理由があるんじゃなくて?」
白薔薇姫に聞かれて、ココは一瞬顔色を悪くした。
「………近年、竜の国に異様な動きがあることがあって。北から助けて欲しいという大地の叫び声を聞いて、太陽の丘から仲間が降りて行って………」
ココが幼い頃に良くしてもらった彼女の母よりも少し歳上の夫婦を思い返した。「また戻って来たら遊ぼうな」と笑って頭を撫でてもらったあの日を。
「戻って来なかった。他の仲間も大地の悲鳴を聞いて助けに向かっても、誰も戻って来なかった。次第に北の大地の悲鳴すらも聞こえなくなって……」
ぽろぽろと頬から涙が伝って落ちる。ココの頭の中では、笑顔を向ける沢山の仲間たちが映し出され、そして砂となって消えていった。
「そう………」
白薔薇姫が気の毒そうに言うと、ちらりとリリーナの方へ気配を向けた。
「中の人は何か言ってる?」
リリーナはふぅと息を吐き、
「泣いているわ。たぶん」
と落ち着いて返事をした。
「どうしてフローラがリリーナさんの中に?」
ココが純粋に不思議そうに聞くと、リリーナは伏し目がちになり、
「わからないわ、私にも。彼女が棲み着いていると知ったのもつい最近なの」
少し気弱に答えた。
「やっぱり植物が好きだからかなぁ」
「へ?」
平和過ぎるココの推理にリリーナと白薔薇姫から同時に間抜けな声が出た。
「フローラも植物を愛していたと言われているんですよ。もう一度土いじりがしたかったのかもです!」
「はぁ、これが最後の太陽の丘の魔女………」
「ぇえっ!? ダメですか!?」
露骨に呆れる白薔薇姫と焦るココをリリーナは傍観していた。
密かに遥か遠い子孫をじっと中から見つめている視線に気付かないまま。




