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リリーナが植物と話せるという彼女の秘密を打ち明けると、ココは戸惑いながらそわそわとリリーナとニックの交互を見て、ニックは落ち着いて黙ってリリーナを見ていた。
「城の牢屋に上級魔法使用者たちの家族が人質として捕らえられています。鍵を探すのは不可能に近く、牢を無理矢理壊せば爆破する細工がされています。牢を見張る兵士たちもジーブル領で家族が同じように捕らえられているらしいのです」
「で、俺がセティーの居る王の方へ行っても他の奴等が味方になるとは限らないのか」
「そういうことになるわ」
その他にも早口にリリーナはカジュから聞いた内容を細かくニックに説明。ニックは淡々と聞き、ココは終始おろおろとしている。
「わかった。庭師のあんたは5分後にジーブルの牢屋に転移魔法で来てくれ。それまでに見張りは片付けるから牢屋を壊す作業を二人がかりでやろう」
「場所がわからないわ」
「俺の魔力を追ってくれ」
ニックはスッとリリーナの手を掴むと、自分の魔力を少し流した。忽ちリリーナの身体が暖かくなる。
「互いに聞きたいことがあるだろうが話は後だ。今はあの馬鹿を連れ戻すのと、他の連中を守りの森から追い出すことが先だ」
「守りの森? 迷いの森とは違う?」
「悪いがその話も後だ」
それからニックはちらっと煌めくように白き薔薇を見て、
「そこの魔力の強い植物に後で転送神術を頼むと伝えてくれ。時間が無いからもう行くぞ」
有無を言わさず
「転移魔法」
と唱えて姿を消してしまった。
あまりもの大雑把な作戦にリリーナは戸惑いも見せるも、彼の言う通り時間の経過を待とうと「ふぅ」と軽くため息をつく。
「守りの森は……」
すると小声で残されたココが呟き始めたのだった。不安そうにしながら。
「その先にある太陽の丘を守るための森。その場所へ踏み入ってはならない人物は森の罰を受けることから、太陽の丘の民以外からは迷いの森と呼ばれています」
ココは上目遣いで恐る恐るリリーナを見て、
「リリーナさんは太陽の丘の魔女なんですか…? 植物とお話になれるんですよね」
勇気を振り絞ってリリーナに問い掛けた。
「正確に言えば私は違うわ」
リリーナはそっと自身の胸元に手を添え、
「私の中に太陽の丘の魔女が棲み着いているの。2000年前に生きた魔女が」
ココを見ながら答えると、ココは顔を上げて大きな目を見開いた。
「まさか……フローラ………!?」
ココの口から魔女フローラの名前が急に出てきてリリーナはさらに彼女から話を聞きたかったが、
「時間よリリーナ。続きはあとで。坊やのところへ行ってあげなさい」
白薔薇姫にタイムリミットを告げられ、ぐっと質問を飲み込んだ。
「ニックをお願い。リリーナさんも無事に戻ってきて」
今にも泣きそうな顔をしたココを見て、リリーナは努めて少し笑みを浮かべ、
「大丈夫よ」
それから転移魔法でニックの後を追ったのだった。
「さてと……」
リリーナが姿を消すと白薔薇姫は花弁をココに向けた。まるで顔をじっと向けるように。
「あなたとは一度話してみたかったわ、ココリッシュ・ロフォス」
ココは白薔薇姫のオーラに怖気付いてはいるが、身体を姫君に向けて正面から向かい合った。
「太陽の丘の魔女が何故地上に降りてきたの?」
ココはびくっと身体を少し震わせながらも、白薔薇姫には逆らえないと悟り、ゆっくりと、か弱い声で話し始めた。ぽつりぽつりと、振り絞るように。
5年前。
「お母さん! 森へ行ってくるね! 今日のお夕飯はキノコシチューがいいな!」
「ココ〜! 今日こそ魔法の練習をするって約束は〜!?」
11歳の少女は民族衣装を身に纏い、丘から森へとしょっちゅう降りていた。太陽の丘の魔女の特性でもある高難度な光属性魔法の習得をサボるために。
「まったくもう」
彼女の母親は娘に魔法を教えたい気持ちもあれば、別に良いかという想いもあった。この幻の地に居る限り、危険は無い。古より伝授され続けた光属性の魔法を無理に受け継がせる必要も無いかもしれない、と。
太陽の丘にはこの母娘しか住まなくなった。
大昔からある重大なモノを探し求めるために地上へ降り立った太陽の丘の民は戻って来なかった。そして近年は大陸の最北の異常を察知して大地の崩壊を止めようと何人もの太陽の丘の民が降りたが、それも戻って来ることもない。
丘、という名の幻の地だが、大陸で最も標高が高い。地上から見れば丘など不似合いに見えるが、そこに住まう民たちは太陽から見ればまだまだ低いということから太陽の丘と名付けたのだと言う。
森へ行けば聖獣たちが丘への道を守る。
「ケルちゃ〜ん!」
森へと降りた少女は聖獣ケルベロスを探す。聖獣ではあるが犬。彼の鼻を使ってキノコを探してもらおうという魂胆だ。
「あれ、みんなどこかな」
ドォォォォオオオオンン!!!!!
突然空から爆弾が雨のように降り、辺りは地響きを上げながら一瞬で火の海となった。
「お母さん…っ……助けて………」
気弱な少女は恐怖で身体が固まり、動けない。爆弾は容赦なく降り続け、彼女の背後に立つ木を倒していく。熱く、無惨にも炎を上げて燃える木を。
「っっっっ!!! 痛い、熱い、助けてぇぇ。お母さんっ、お母さぁぁん」
「ココ!!」
目の前に大好きな母親が魔法で姿を現し、良かった助かる、泣きながら少女はどこかに安心感も抱いた。
だが、目の前で母親は別の木の下敷きとなってしまった。
「お母さん!! お母さ……おか…………ぁ…さ」
痛みと森中を焼く煙で意識が薄れていく中、向かい側から母親が震えながら娘に腕を伸ばすのが見えた。
「光ノ加護」
息絶え絶えに放たれた光の魔法は、少女を回復し、娘の周辺だけに防御魔法にするのがやっとだった。娘に倒れていた木が消え、火傷などの痛みも魔法により忽ち無くなった。
「ココ………良かっ………た………」
だが次の瞬間、次々と木々が焼き崩れ、母親の姿が娘の視界から消えたのだった。
「お母さん!!! お母さぁあああああん!!!!」
母が最後に守った結界の中で少女は泣き叫ぶ。
「マラ!! ココ!!」
疾風の速さで父親と兄が飛んで来て、父親が火傷を負いながらも素手で母親に覆い被さった燃える木を持ち上げてどかしていった。
「マラ!! マラ!!! マラぁぁあああ!!!」
父親の大きな背中が震えていたのを少女は見ていた。兄がそっと少女を抱きしめてくれるも、少女はこれが夢であって欲しいと嗚咽をしながら泣き続ける。
「セティー、魔法円盾を」
「はい、父上」
父親と兄は立ち上がり、少女に背を向けて手を上に掲げると、
「魔法円盾!!」
まず兄が辺りを透明な盾で囲って保護し、父親は全身の憎しみを両手に集中させた。
「破壊ノ風!!」
黒い風が父親の周りを螺旋状に描いて吹いたかと思うと、空に浮かぶ破壊兵器を目掛けて一直線に風の砲弾を打ち上げ、一瞬で爆発させた。爆弾の雨は止み、森の主の力で森の炎が消えていく。
「お母さん……っ!」
少女は母親の側に寄り、ぴくりとも動かない母親にぐしゃぐしゃな顔で呼びかける。
「お母さん………起きてよ…起きて……お母さん! お母さん……!!」
悲痛な面持ちで父親が少女の肩をぐっと抱き寄せる。
「お父さん……お母さんを助けて……お願い………お願い………っ」
父親はぐっと涙を堪え、力強く少女の肩を抱き続けた。背後には少女の兄が何も声をかけられない自分は無力だと内心責めながら、黙って見守るしかなかった。
それから、永遠の眠りについた母親を父親が太陽の丘の墓地に埋葬をした。最期まで美しい愛する人を。
「いくら太陽の丘とは言え、ココを一人にするわけにもいかない。身を隠せるローブはあるかい」
父親に言われ、ボロボロの茶色のローブをココは家から取り出した。母親のお下がりのローブだ。
「セティー、しばらくココと残ってくれ。ココ、万が一の時はそれを被ってすぐに逃げるんだよ。私達はココの側にずっと居たいが、逆に怪しまれて危険に晒されるかもしれない。国中を風のように渡りながらモンスターを倒したり結界を強化するのが私達の任務だからね。安心しなさい、私達が不在の間にココを守る人間を必ず見つけてくるから」
そう言って父親が去った三日後、王都の宿に来るようにとセティー宛に父親から風の便りが届いた。あの日から雨は止むことは無かった、少女の大粒の雨が。
風の便りと共にネックレスも届けられた。
「魔力の気配を外に放出するのを抑える効果があるらしい。ココ、付けてあげるよ」
兄は優しく微笑みながら首に掛けてあげる。一粒の風色の石が飾られたネックレスを。
「良く似合っているよ。さぁ、行こう」
少女たちは魔法で目立たない服に着替え、太陽の丘を降りた。
守りの森も抜けて行く。産まれた時から居た環境から抜け出すことに、少女は不安しかなかったが、何度も振り返りながらも兄に手を引っ張られながら前に進むしかなかった。
宿の部屋に入ると一般の街人のように簡易的な服装の父親とボロボロの服の見知らぬ少年が既に居た。少女やその兄と同い年ぐらいに見える。
「ココ、紹介しよう。この子はニック。私達が居ない時に君を守ってくれる。ニック、この子が話していたココ。私の大切な娘だ」
同じネックレスをしている。
初めて少年に会った時、少女は少年の首元に下げられた風色の石を見つけた。
少年はじーっと少女を見て、第一声を放った。真顔で少女の瞳を真っ直ぐに見つめながら。
「目がタコみたいだぞ、ブス!」
一瞬にて父親が拳骨をし、兄も蹴り上げた。当の少女はわなわなと震え出し、
「ブスじゃないもん!!!」
大粒の雨が止んだ。少年との出会いから再び少女の瞳に徐々に陽の光が戻ってきたのだった。




