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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
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2−1 庭師とメイド

 リリーナは最近庭でため息をつくことが多い。

「また空振りか…」

 上から振り落とされる埃のせいで小さな植物がくしゃみをするが、聞きつけて病気になったら大変だと駆けて行くも、すっかり埃が消えていることが度々起きている。

「くしゃみしていたみたいだけど大丈夫?」

「うん、大丈夫!」

「誰が綺麗にしてくれたの?」

「内緒」

 毎回このパターンである。

「白薔薇姫、貴女はご存知ですか」

 王城敷地内の中庭の主、白薔薇姫に問いかける。彼女は普段中庭に佇む茨で出来た薔薇の迷宮に君臨しているが、広大な敷地内に根を張り巡らせているのだ。

「え〜、知らな〜い」

「…………そう」

 この言い方は知っているけれど教えてあげない、というやつだなとリリーナは悟った。


 つまり、植物の声が聞ける者が敷地内に自分の他にも居ることを示す。


 それも魔力の小さな植物の声が聞ける。それはその者の魔力が巨大であるという意味。リリーナは警戒しようかとも思ったが、警戒するべき相手なら流石に白薔薇姫が話すと思い、通常通りの日々を過ごそうという結論に出た。

 最近晴ればかり続いていて、貯水槽に雨水が貯まらなく、勝手口から厨房へ入って寸胴鍋で水汲みをすることが増えた。裏庭に行くとそこは城の日陰でしんと静まり返っている。まるで暑い日とは別世界のように。


「カブ、失礼致します。水の追加は必要でございますか?」


 隠れ令嬢のリリーナは裏庭へ戻る度に美しく最敬礼をし、白銀の切り株に声をかける。切り株の名前はカブ。人間ならば仙人のような風格を持ち、口数の少ない裏庭の主である。カブという呼び名はリリーナが考えたものだ。

「いらぬ」

 相変わらず一言しか返事はない。リリーナはすっかり慣れて一礼をして貯水槽の中身を確かめた。


 最近、また傷みが増した気がする……………。


 カブのことである。リリーナはカブが樹齢3000年でもあり、木肌が針のように傷んでいることを気を揉んでいたが、カブ本人にそれは言い辛い。年寄りに「あなたまた一層年寄りらしくなりましたね」とデリカシーの欠片も無く言い放つ行為に等しい。


 だが、一つはっきりしたいことがある。

 それは、次の裏庭の主を考えているのかどうかだ。


 庭や土地ごとに豊かな地であれば主が存在していて、主が自分の周りの一帯の植物たちの健康なども管理していく。そのために主はどの植物がなれるわけでもなく、突出する程強い魔力や生命力を備わっているのが条件。逆に主が消えれば忽ちその土地は枯れていく。


「あら、少なくなってる」


 貯水槽の残りが少ないのを確認をすると、リリーナはその横に置いてあった寸胴鍋を抱えた。

「ではカブ、失礼致します」

「うむ」

 礼をして裏庭を出る。次期裏庭の主について聞きたいが、何となく差し出がましい気がして聞けない。カブなら考えていない訳がないからだ。考えを言いたくないのであって。

 裏庭、埃を払う誰か、戦争を企てるゲルー大国、そして自分自身に潜む太陽の丘の魔女フローラ……

「全く、王城庭師は悩みが尽きないわね」

 そう言いながら裏庭を曲がって厨房の勝手口の前にやってきた。

 

 ガチャリ。

 向こうからドアが開かれた。

 見知らぬメイドがとっても大きな瞳をさらに見開いている。

 吸い込まれそうな程、美しい風色の瞳を。


「あらぁ、ついに会えたわね! 二人!」

 弾んだ声で言うのは勝手口を開けたヴィック。

「え……ぁ……」

 リリーナと同い歳か少し歳下に見えるメイドはしどろもどろ。

「初めまして。庭師を務めます、リリーナターシャ・アジュールと申します」

 寸胴鍋を両手に持ったままリリーナが綺麗に礼をする。

「この子が前に話した唯一手伝ってくれる、ココ。ココ、彼女がリリーよ。あ、キュウリありがとね! とっても美味しかったわ」

「そう、御口に合って良かったわ」

 ココは突然のリリーナとの対面に目を泳がせた。くるくるくるきょろきょろきょろきょろ、と。

「あ、あの」

 ココにはまだ迷いがあった。リリーナと話すか話さないか。

「はい?」

「わ、私……」


 でもニックとの約束がある。庭師の彼女に近付かない、と。


「先を急いでますので――――〜〜〜っっ!!!!」


 疾風の速さで駆け抜けて行った。

「…………余程急いでいるみたいね」

「あぁ、なんか幼馴染の子を探してるみたい」

 勝手口を閉めてリリーナが厨房に入り、蛇口から水を寸胴鍋へと入れる。


 すると何も前触れもなしに


「王が動いた」


 リリーナの胸元から声がした。

 声の主はカジュの葉。木自体は中庭に生えていて、常に多く茂っている葉を落としては掃き掃除を増やす。大らかな性格で人間ならガタイがいい男だっただろう。彼は自身の分身である葉をリリーナたちに渡したり、王の特別な会議に使われる部屋などに隠しておいたりと、葉を通じて話しかけたり周りを偵察したりもしている。

 王が動いた、それは王が特に戦争を起こすときに招集する窓の無い部屋に訪れたことを示唆した。

「ヴィー、ありがとう。失礼するわね」

「あら、もう行っちゃうの?」

「ええ、天気が良いから水遣りをしっかりしておかないと」

「そっか、今日はなんだか皆忙しいわね。今朝突然、ジーブルの狸親父が来て、適当で良いから20人分ぐらいの食事をすぐに作れって言ってきて、も〜腹が立つくらい疲れた」

「ジーブル………?」

 国の三大貴族の一つがジーブル、別名“腰巾着のジーブル”。別名の通り好戦家の王にべったりとくっついてはゴマをすり、領地で生産をした兵器を献上している。

「ジーブルのおっさんって、戦争賛成派でしょ? そんなにお客さん呼んで物騒なことが起きなければ良いけど」

「…………」

 リリーナにも嫌な予感しかしなかった。とにかくカジュの葉から詳細を聞こうと水を止め、寸胴鍋を持って勝手口から出ようとした。

「お疲れ様ヴィー、ゆっくり休んで」

「ありがとう、リリー。あなたも無理しないでね」

 友を労い合いながら、扉は閉められていく。


「カブ、今から白薔薇姫のところへ行くわ。夕方にまた参ります」

 裏庭へ戻るとリリーナはザザぁっと寸胴鍋から貯水槽に水を勢い良く注ぎ、鍋を置くと

転移魔法(テレポート)

 と唱え、素早くその場から姿を消した。


「いらっしゃいリリーナターシャ」

 着いた先は薔薇の迷宮。一輪薔薇がニ列に咲く先に全身輝くように白い白薔薇姫が君臨し、横には赤薔薇のナイトが控えていた。

「姫様、例の部屋には10人ちょっと集まってる。アレスフレイムたちも居る」

 カジュの葉がリリーナのつなぎ服の内ポケットからひゅるりと姿を現した。

「アレスフレイム殿下たちも!?」

 アレスフレイムは国の第二王子。赤髪で口が悪い時もあるが常にリリーナを気にかけている。特別な想いも寄せているが、リリーナ本人には全く気付いてもらえなく周囲から同情されることもしばしば。アレスフレイムは剣術も魔術も優れており、その才能は戦場では先頭に立って敵の頭を真っ先に仕留める程。だがそれは、一人でも多くの生存者を残して欲しいという彼の願いから出た行動で、戦争には反対の立場。

 つまり、王と王子とで対立しているのである。

「アレスくんが居るってことは前髪くんも?」

 白薔薇姫に前髪くんと呼ばれるのはアレスフレイムの側近のノイン。紫の髪で片方の目を前髪で完全に隠れてしまう程前髪を長く垂らしているのが特徴だ。

「あとはマルスブルーといつも近くに居る体格の良い兄ちゃんも居る」

 マルスブルーは国の王太子でアレスフレイムの実兄。体格の良い兄ちゃんは彼の側近のオスカーだ。

「他には?」

「よく訓練場でリリーナの相手をする女の人」

「エレン副団長?」

 エレンは騎士団の副団長。リリーナが護身のために剣術を彼女から習っている。

「あと、確か団長さんだと思う人もいる。アレスフレイムの友達の金髪のロン毛も、エドガーだっけ? 他は知らないおっさんやお兄さんが、え〜と、5人居る」

 そんな大人数でどんな話を……と緊張しながらリリーナはカジュの葉を見つめていた。




「あぁぁ、一人で洞窟になんて怖くて行けないし、どうしたらいいんだろうぅぅぅぅ」

 一方中庭で一人、ココはしゃがんでとても大きな独り言を漏らしていた。

 聞いてくれるのは目の前に咲く小さな小さな花々。

「どうして怖いの?」

「モンスターとか出るからだよ。絶対に硬直して一瞬で飲み込まれると思うの!」

「困ったらリリーナに頼って! 絶対に力になってくれる」

「リリーナ?」

「リリーナターシャ・ロズウェル。私たちのお世話してくれる人!」


『初めまして。庭師を務めます、リリーナターシャ・アジュールと申します』


 ロズウェル、それは国の三大貴族の一つ。

 国の文化的にそのような名家のご令嬢が働くなんてのはあり得ない。

 でも思い返せば所作の一つ一つに洗礼された品の良さが滲み出ていた。頭を下げる一つでも美しさが伴っていた、とココは思い出していた。

 

「あの人は一体何者なの? ニック〜〜〜、どうしたらいいのぉ〜!?」


 しかし助けを呼んでもニックはすぐに戻っては来なかった。常にココを守ってくれるというのに。




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