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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
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1−3

「はぁぁぁぁ、今日は突然の来客が多かったみたいで疲れたぁぁぁぁ」


 厨房で王城で唯一のコックのヴィックが調理台でくったりとうつ伏していた。


「ヴィックさん、大丈夫ですか?」


 ひょこっと偶然顔を出したのはココ。

「あら、ココ。大丈夫、これ食べて元気出すわ」

 女性らしい言葉遣いをしながら逞しい腕を伸ばすヴィックの先にはお皿に置かれた一本のキュウリ。

「え? これだけ!? もっとお肉とかチーズとかも食べた方が良いんじゃないんですか!?」

「お腹はいっぱいなのよ。あの子が差し入れにくれたの。忙しいみたいですぐにどっか行っちゃったけど」

 と言いながら、ヴィックは生のキュウリをポリっと良い音を鳴らして口に含めた。

「…………何これ、すごく美味しい。ココも食べてみて」

 キュウリをパキッと半分に割ってヴィックがココに差し出した。

「ありがとうございます。いただきます」

 ココも小さな口元でゆっくりと歯でキュウリを砕きながらもぐもぐと食べてみる。


 故郷の教会で食べたあの味。


 特別な育て方をしたであろう、瑞々しく甘さもあり、永久に採れたての鮮度を保つようなあの奇跡とも言えるような野菜。

「あの、ヴィックさん、これどうしたんですか。すごく美味しくてびっくりです」

 口元を手で隠しながらココが尋ねる。

「リリーがくれたの。ほら、前々から会わせたいって言ってるワタシの友達。彼女の実家の畑で育てている野菜なんだって。市場に出していないから王室にも内緒ねって」

「リリーさんって、庭師の」

「うんそうそう。庭師のリリーナターシャ」


 ニックから魔力が桁違いに強いから警戒しろと言われた人物。

 まさか危険人物が奇跡の野菜を育て、教会に献上をしていたなんて………とココは複雑そうな顔をして野菜を噛んでいる。


 確かめようか、やめておこうか。

 太陽の丘の民なのかと聞くことを。


「なんか元気出てきた〜! ココ、あんた今日は愛しのアンティス様は見れたの?」

「聞いて下さい!! 今日は話せたんです!!!」


 先程の悩みは一瞬で消え、ココは目を輝かせた。




 今朝の出来事である。

 ココがいつも通り、もぬけの殻となった騎士団の宿舎にて彼等のシーツを洗浄しようとしたところ、

「今日も一人で掃除か。有難う」

 背後から声をかけられたのだ。彼女が憧れるアンティスに。今日も切れ長の目と鼻筋の通った顔、頭頂部で結ばれた長い黒髪、どれも美しくまるで王子様みたいとココはうっとりとする。王子様ではなく騎士団の団長だが。

「あぉああぁあぁアンティス様っっっ!!! い、いえ、こちらこそありがとうございますっっ!!」

 一瞬で彼女の心臓はバグバグと跳ね上がり、声も裏返る。

 長身のアンティスは切れ長の目で小柄なココを見下ろし、フッと笑った。

「外に干す物はあるか」

「えっあっえっ、あの、え、そ、そんな、お手を煩わせるわけには」

「今日も天気が良い。日差しと風が洗濯物を心地良く乾かしてくれそうだな」

 フッと僅かに息を漏らして笑うと、アンティスはシーツを抱えて部屋を出て行った。その背中をココが懸命に追う。


 宿舎の前の物干しスペースに到着すると、アンティスは長身を活かして軽々とシーツをバッと音を立てて広げながら干していく。ココも干しながら申し訳無さそうにアンティスをちらっと度々見ていた。


「…………初めて君と話した日を思い出す」


 アンティスの呟きにココは胸が高鳴った。

「覚えていらっしゃるんですか」

「ああ、あの日も今日みたいな天気だった」


 大きな木桶でジャブジャブとシーツを洗っては干すという一人では到底終わらない仕事を毎日弱音も吐かずにこなしていたココ。それを見たアンティスが

『水を吸ったシーツは重いだろう』

 自身の服が濡れようとも手を伸ばしてくれた。

『明日からは干すだけで構わない。それだけでも団員たちの汗の臭い消えるだろうから。干しても駄目なようなら新しいシーツに変えてくれ。多目にシーツの予備を注文しておく』

 何枚ものシーツを干すアンティスはその度に顔や服が濡れていく。

『毎日有難う。一生懸命に宿舎の清掃をしてくれて』

 顔にかかった雫が日に照らされてキラリと輝く。彼の僅かな笑顔を演出するかのように。

『心配しなくていい。今日みたいな天気ならすぐに乾くさ。敷地内を偵察していく内にきっと乾く』

 そして彼は天を仰いだ。

『良いもんだな、洗濯も。二人ですると』

 そうしてココは初めて恋を覚えたのだった。


「嬉しいです……私にとっても忘れられない日だったので」

 ほんのりとココの頬が赤く染まる。

「……………私もココと呼んでも良いか」

「ふぇっ!?」

 突然の愛称呼びの申し出にココは声を裏返りながら、身体もびくんっと跳ね上がった。

「駄目か………?」

「いっいえ、ダメではなくっ、そのっ、び、びっくりしちゃって」

「ココ」

 彼の低い声が彼女の名を呼ぶ。たったそれだけなのに、耳が顔が首が胸が、全部がくすぐったくなる。

「は……い……」

 そして、彼の大きな手がココのプラチナブロンドの頭を撫でようと伸ばすと、

「っ!?」

 ココは反射的に後ろに一歩下がって避けてしまった。

「あ」

「いえっ、あの、び、びっくりしちゃって」

「そうか、調子に乗りすぎた。ごめん」

「謝らないでくださいっ! あ、あの、どうぞっ」

 顔を真っ赤にして緊張して目を閉じ、両手をぐっと握りながら彼女は頭を差し出した。アンティスは一瞬どうしようかと躊躇ったが、優しくさわっと彼女の髪を撫でた。

「〜〜〜っっっ」

 昨日髪を洗えば良かったと思いながらもココは初めて想い人から触れられ、その温もりを全身で小さく震えながら受け止めていく。


「………今日はココに会いたかった、どうしても」


 手が離れると同時に切ない声がココの頭上から降った。

「アンティス様……?」

 ココが顔を上げると声色と同様に切ない顔の彼があった。

「国王陛下に呼び出された。私だけでなく、他の魔力の強い者も」

 ざわざわざわざわと青々とした木々の葉が揺れる。

「筆頭魔道士様も………?」

「ああ」

 胸騒ぎがする。好戦家で有名な国王に呼びさられるのは、大概が戦争へ参戦するための招集だ。

「行ってくる」

 まるでさよならを言うために時間を割いたかの様。静かに長い黒髪を揺らして背を向けて去ろうとするアンティスを見て、ココは胸が張り裂けそうになり、

「お戻りを待ってます………っ!」

 泣き叫びそうな想いを背中にぶつけた。

 彼は振り返ることも無く、城へと歩んでいった、とても静かな足音で。

 そうだ、どうにか出来るか、助けてもらおう。探さないと、とココは訓練場へ暑い日差しが降り注がれる芝を駆けて行った。




「そうだ、ニックを探していたんだった!!」


 ヴィックに話したのは頭を撫でられたところまで。

「どうしてその話からニックに飛ぶのよ! 良いところだったのに」

 恋バナを聞いていたヴィックはポンポンと表情も話も飛ぶココに追い付けない。

「訓練場にもいなかったんです。どこに居るのかな」

「あ〜、なんか騎士団のメンズたちが町外れの洞窟に見回りに行かされることになったとか言ってたわ。今朝から大量のサンドイッチ作らされてもうヘトヘトよ」

「急に?」

「そうよ〜。もうやんなっちゃう。キュウリを食べたらスッキリしてきたけど」

 騎士団団長や筆頭魔道士たちが王に招集される。その上騎士達を外へと出かけさせる。

 追い出すみたい、とココは嫌な予感を抱いた。

 洞窟には凶悪ではないがモンスターは居る。ココ一人で行くには心細すぎる。


 ニック、早く帰って来て。


 不安を抱いたまま厨房を出ようとすると、廊下から意地悪なグループのメイドたちの笑い声が聞こえてきて、ココは思わず身体をきゅっと縮こませた。

「ココ、勝手口から出ても良いわよ」

 ココの様子を見て察したヴィックが声をかけると、

「ありがとうございます、ヴィックさん」

 ガチャっと勝手口を開けた。


 勝手口を開けてすぐ近くの角を曲がると裏庭。

 空の寸胴鍋を両手で抱えた庭師と鉢合わせになった。


 彼女の背後からは夏の恵み、暑い熱気の中に横切る日陰の風が吹いていた。




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