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「剣術の稽古はここまで。5分後に魔術の稽古を行う。遅れることのないように」
騎士団の副団長のエレンが訓練場にて号令すると、汗まみれの騎士達はタオルで顔を拭いたり水分補給などをしたり、壁に寄りかかって座ったりしている。
ただ一人、ニックだけは違った。
「じゃあ俺、魔法使えないんで、街の見回り行ってきまーす!」
全く疲れを見せずに笑顔を見せて軽快に立ち去ろうとするが、
「待ちなさいニック。魔法の攻撃から避けるのも稽古になるから」
逃げようとするニックの後ろ襟をエレンが掴もうとすると、ヒュンヒュンヒュルンッ! とニックは軽やかに前方倒立回転をした後前方宙返りをし、鮮やかに走り去って行ったのだった。
「こらぁ! このサボり魔野生児〜〜!!!!」
エレンの怒号が訓練場中に響き渡るが、あっという間に声でさえもニックには届かない。
「掃除は終わったか!?」
宿舎に戻るとココが騎士達のベッドにシーツを敷いていた。
「あとちょっと。ニックはもう終わったの?」
「終わった終わった。あとは魔術訓練だから抜けてきた」
そう言いながらニックは残りのベッドメイキングを手伝う。
「すぐ終わらせて教会に行こうぜ」
「うん!」
孤児だった彼等は教会は故郷。教会から出て五年は経つが、未だに時間を見つけては二人で教会へ顔を出しに行くこともしばしば。
二人がかりになればベッドメイキングもあっという間に終わる。
「おしっ、終わり!」
「ありがとう」
「じゃあ、ちゃちゃっと着替えて行こうぜ」
そう言うと二人は慣れたように向かい合って立ち、
「変身」
と唱えると魔法で別の服装に着替えた。メイドのココは水色のシンプルなワンピースに、ニックは白いシャツにくるぶし丈のベージュのスボンに紐靴姿に。
「行こう、ニック」
ココが肘を曲げて両方の手の平をニックに向ける。
「ああ」
ニックが指を絡ませながらココの手をがっしりと掴む。
「転移魔法」
彼等以外誰もいない宿舎で、二人は手を取り合って姿を消した。
そう、共に魔法を唱えながら。
城下町の路地裏に姿を現した二人はそこから走って教会へと一直線。
「まぁ、ニック、ココ。いらっしゃい」
すっかり老けたシスターが笑顔で出迎える。
「ニックだ〜!!!」
「ニック!! 遊ぼう!」
続いてやんちゃな子どもたちが走ってやってくると、勢い良くニックの脚に抱き着いた。
「わかったわかった。庭に行くぞ」
「いぇ〜い!!」
わいわいと子どもたちがニックに付いて行きながら庭へ出るのを見届けると、
「シスター、何か手伝えることはありますか?」
ココがそっとシスターに訪ねた。
「ありがとう、ココ。夕飯を作ってもらっても良いかしら」
「もちろん」
「ココ、私も手伝う」
「僕も」
「ありがとうみんな。手を洗って台所に集合よ」
外遊びに出ない子どもたちが急いで洗面台へ手を洗いに行った。
先に台所に着いたココは食在庫の扉を開ける。
この教会が守るべき秘密、それは別格に美味しい野菜が何者かの善意で届けられること。
王城へ働くことになった際、てっきりココは城内でもこの野菜と同じくらい、またはそれ以上に美味しい野菜が食べられるかと期待していたが、見事に打ち砕かれた。市場の野菜は美味しくはあるが飛び抜けた上手さではなく、たまたま王城のコックと親しくなったが、王族に出す野菜も普段従業員に出される物と同じだった。
そして、教会の野菜は腐る気配も無い。
何か特別な育て方をしているのだろう。野菜たちを良く理解し、もしかすると会話を出来る程に。
でも、その可能性は無い。
「私が最後の太陽の丘の民だからなぁ。ハーフだけど」
ドタドタと元気良い子どもの足音が勢い良く近付き、ココはハッとした。
「ココ、おまたせ!」
「みんな、手キレイになったね。今日はカレーにするよ〜」
子どもたちのきゃっきゃっと幸せそうな声を響かせながら、孤児たちは協力しながら料理をしていくのだった。
「あぁ〜腹いっぱい」
「ふふっ、おいしかった?」
「チビたちが作ったからな」
「私も一緒に作ったよ!」
「お前も含めてチビ」
「褒められた感じしな〜い」
昼間の熱気とは打って変わり、星が輝く頃になれば夜風が身体を涼める。帰りは歩き。二人は並んで歩きながら町から王城へと戻っていく。
「ココ、力のことは誰にもバレていないか?」
真剣な眼差しで尋ねるニック。
「うん、大丈夫だよ」
「庭師には会っていないか?」
「魔女って呼ばれて有名な人? 喋ったことはないよ。マルスブルー様のパーティーで後ろ姿だけ見かけたけど」
「気を付けろよ。あの庭師は本物の魔女だ」
「え」
「恐らく桁違いに魔力が強い。もしかするとアイツよりも」
「わかった。接触しないようにする」
ニックはいつも私を守ろうとしてくれる。ココはほっとしながら素直に肯いた。
夜空には細長い雲。急ぐようにして瞬く星を通り過ぎていく。風がココたちを弄び、ココはワンピースの裾を押さえた。
「急に風が強くなったな」
「ほんとだね」
すると、ココがふと手を添えて耳を澄ませた。夜空の先をじっと見つめながら目を大きく開く。
「セティーだ」
隣に歩いてたニックの足が止まる。
「ニック、セティーが近々帰ってくるって!」
「今回は戻ってくるのが割と早かったな」
「嬉しい。久し振りにセティーに会える!」
純粋に喜ぶココの姿をすぐ近くで見ていたニックは、セティーの早い帰城をココの前で詮索をするのは止めようと心に決めた。
彼女の笑顔を守るために。
城の内部でもセティーの帰城に喜びの舞を上げる者がいた。ロナール国の王、カヴィタス。謁見の間にてワイングラスを片手に持ちながらふんぞり返って玉座に座り、セティーが帰城する準備に取り掛かる知らせを受けたと報告を聞いていた。その横に控えるのはジーブル。別名腰巾着だ。
「フハハハハ!!! ついに、ついにセティーが戻る!」
喜びのあまりに手を上に上げ、グラスからワインが溢れて服に染み付いても全く気になどしていない。
「ついに悲願の時が来ましたな、カヴィタス陛下! ロナールが世界で無敵となる日が刻一刻と近付いていますな!」
国王が上機嫌になり、さらにその気にさせようとするジーブル。
「上級魔法使用者を呼べ! 全員だ!」
「ハッ」
王に命令され、急いで使いの者は謁見の間を出た。
「フフフッ、クククッ、フハハハハ!!! 迷いの森へ出る支度をしよう。森を攻め込み、太陽の丘諸共鎮圧し、太陽の丘の魔女を捕らえるぞ!」
いつまでもいつまでも、貪欲に満ちた笑い声は収まることなどなく響かせていた。




