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庭の主が敷地内中に張り巡らしたと言う根からリリーナに語りかけ、二人は裏庭へと向かうと先程通った壁伝いの道に通り、厨房の勝手口を通り過ぎる。今回は中からは喧騒は聞こえなかった。
「そこはキッチンみたいよ。どうしたの?」
ふと厨房の方へ目を向けたリリーナのさりげない目線にも気づいたらしく、主が尋ねてくる。
根から話しかけているのに何故そんなことまでわかるのだろうか……と疑問を抱きつつもリリーナは答えた。
「先程口論した侍女たちと厨房でも揉めたので……。一方的に料理人に対して文句を言ってたのを私が勝手に間に入ったのですけどね」
「まぁそうだったの!? 初日から面倒な人に捕まっていたのね! あの人はねぇ、ホックのお爺さんに何度かしつこく花を切って花瓶に生けろとかほざいてきたことがあるのよ。いつもは怖じ気ついちゃう彼もね、それだけは頑として断っていたの」
主は姫君のようにふふっと笑い
「だから私たちは彼のことが大好きなのよ」
それで彼が腰を患って水やりなども出来ない日も自分たちでなんとかしてきたのか。雑草を生やさないようにするのも老いた彼への気遣い。ホック自身もそれを他言しないのだから、言葉は通じなくても彼らの信頼関係の絆は厚いことがわかる。
間もなく厨房の角を曲がる。
「そこを曲がると裏庭よ」
荒れた裏庭が広がっていた。
聳え立つ城の陰になり全く陽の光に恵まれず、雑草は無造作に伸びていて、土はところどころ生命力の強い雑草すら生えることが出来ないほど硬く乾ききっているのが触らなくてもわかる。
奥に巨大な白銀の切り株があった。
高さはリリーナの腰までしかないが樹齢はとてつもなく長いだろう。大人の男が寝てもまだまだ余裕のあるくらい幅が広い。
彼がもし人間なら威厳のあるシルバーの長髪の仙人のようであっただろう。誰もが彼を崇めるような、そんな強い存在。
裏庭に入る前にリリーナは深く礼をした。
「私の名はリリーナターシャ・ロズウェルと申します。本日より王城庭師となりました。入ることをお許しください」
しかし、返事は無かった。
「みんな〜! この子は味方よ〜、大丈夫」
中庭の主が大きな声をかけるも返事が無い。
リリーナは切り株の方へ近づき、膝を付いて座り
「失礼致します」
そっと切り株を手の平で触った。
弱っている…………………。
「リリーナターシャ、あなたの庭師としての最初のお仕事をお願いするわ。裏庭を蘇らせて」
周りに人もいないのでリリーナは地面を見ながら堂々と話しかける。
「一つ確認をしたい。中庭の主が貴女様だとして、裏庭にも主はいらっしゃるのですか?」
「ふふ、流石ね。御名答」
この弱った切り株こそが裏庭の主だろう。
まずい、次期主もいなさそうだし、このままでは切り株が完全に腐ちたら庭が死ぬ。
リリーナは立ち上がり、
「今から魔法で土を掘り返そうと思うのですが、貴女方の根に傷が付くでしょうか」
「問題ないわ。私もあの切り株のジジイもヤワじゃないわ」
「此方の周りはいらん」
突然切り株のしゃがれた声がしてリリーナは目を見開いた。
「……あーそー、ジジイの半径3メートルぐらいはしないてあげて。彼のプライバシーゾーンは触れられたくないそうよ」
「ふん、最近雨が降っていないだけだ。雨が降ればどうってことはない」
「あーはいはい、わかりましたわかりました。リリーナターシャ、やっちゃって〜!」
こ、これが主同士の会話なのか!?
あまりにも中庭の主がお転婆すぎて緊張感に欠けてしまう。
これから魔法を使うにあたって誰かに見られないか確認をし、城の外壁を見上げると窓は無かった。窓があれば侵入される恐れがあるから警備が必要だが、窓が無ければ警備も不要。
リリーナは深呼吸をし
「あまり派手にはやらないように気をつけないと。切り株様の周りには触れないことを約束致します!」
両手を前に翳して
「大地震撼!」
と唱え、たちまち硬くなった庭の土は掘り返され、枯れた雑草は大地に帰るかのように土の中へ眠っていく。空気を含んだ土は乾いた色から本来の茶色を取り戻していった。
切り株の周りを除いては。
「まぁ上出来だわ!」
中庭の主は歓喜に満ちた声を上げる。一方で裏庭の主は、
「ふん…」
と気難しい反応をする。
すると突然
「あら、まーーーた例のメイドが厄介なことをしてるわ。ごめんなさい、残念だけど戻るわね」
「私も行きましょうか」
「いいのいいの、ちょっと悪戯をすれば追い払えるから。こっちはよろしくね。また会いましょう、リリーナターシャ!」
たちまち中庭の主は去って行った。
このまま裏庭の手入れを続けても良いのかと少し躊躇うが、リリーナは庭の復活のためにと切り株の重々しい空気の中続けることにした。
「次に聖水を撒こうと思うのですが、切り株様の周辺は避けた方がよろしいでしょうか」
「かけてもらって構わん」
たった一言の返事だが許可を得てほっとする。
しかし、水を聖水に変えたくても肝心の水が無ければ、桶や瓶もない。
角を曲がればすぐ厨房の勝手口。
あの先程会った料理人、ヴィックを信用しても良いだろうか。水と桶の代わりになるものをもらいたい、そんなことを頼んでは怪しまれないだろうか。
しかし、何もしないでいては始まらない。
リリーナは決意を握り拳に固め、勝手口のドアを叩いた。
「はーい?」
ヴィックの返事が聞こえて
「ごめんなさい、今大丈夫かしら」
ドアを開くと調理中のヴィックは「あ!」と笑顔が咲き
「あら、さっきの! リリーナターシャね!」
まぁ私も彼の名前を人伝に知ったがなぜ彼も私の名前を知っているのかと思いつつも
「さっきはありがとう! ワタシはヴィック、ヴィーって呼んで」
「私はリリーナターシャ。リリーって呼んで欲しいわ。女同士、仲良くなれそうで嬉しいわ」
“ワタシ”“ヴィー”、ヴィックを男かと思っていたが女性だったのかとリリーナが解釈をしていると
「あはは! リリーはほんとに良い子というか面白いわね! ワタシは入れ物は男よ! 中身が女だけどね!」
初めてのタイプの人間に出会いリリーナは一瞬思考回路がこんがらがるが、
「そう、腕力のある女性ってことね」
と彼女の中の結論を言うと、ヴィックは益々声に出して笑った。
「リリー、ぜひあなたとはお友達になりたいわ!」
「早速友人の頼みを聞いてもらいたいのだけれど」
「お、おう!?」
ヴィックがリリーナが偏見も同情も無く接することに感動をするのもつかの間で、リリーナのマイペースっぷりに思わずドスの利いた声が出てしまった。
「そこの裏庭に水を撒きたいの。桶代わりになりそうなボウルとお水をいただけないかしら」
「おっけー! あ、噴き出す!」
慌てて寸胴鍋の火を止めた。
二人は目を合わせてニヤリと笑う。
「この鍋なんてどう? 家庭用の小さいのなら水が入っていても運べると思うわ。ジョーロは無いけど、レードルも入れておくわね」
「あなたはとっても仕事が出来るわね」
「一人で調理場を回しているのよ。当然」
鍋にたっぷり入った水と水撒き用にとレードルをもらい、リリーナは上機嫌に厨房を出た。
ヴィックも他の畑には首を出さない主義らしく、それ以上何も干渉をする気配は無かった。
良き友人に出会えた!
彼女らは胸を高鳴らせてそれぞれの持ち場へ行くのだった。
再び裏庭に戻り、リリーナは鍋の取手を持ちながら
「聖水生成」
と慣れたように唱え、鍋の水いっぱいを聖水に変えた。
土を耕され、巨大な切り株といくつかの木のみが残った裏庭にレードルで聖水を掬い、全体に行き渡るように勢い良く撒いていった。
まるで熱い風呂に疲れを取るかのように「あぁ…」と植物たちは声を漏らしていく。
そして切り株の前に立ち、表面の全体に水を回しかけていった。
「よし、水の次は日光ね」
魔法が使えることを隠しながら生きてきた彼女は勿論専門の学校に通ったことなどない。
全て彼女のオリジナルの魔法なのだ。
今回もどのように陽の光を当てるか考え、城壁を見上げると、城のてっぺんには陽が当たっているのが見える。
どうせあそこには部屋が無い。
陽が当たらなくても問題ないわ。
あの陽の光を移動させたい……………。
彼女の願いが魔法へと変わる。
目を閉じて魔法をイメージし、自然界のどのようなエネルギーが必要なのか想像をし、形を具現化させようと力を漲らせていく。
目を見開き
「陽光転移!!」
と唱えると城の頂上に当てられた陽の光が大きな長方形に切り取られ、その分が裏庭へ落とされていった。
初めて使う魔法も容易く成功し、リリーナは安心して土の上に立ち、水やりを続けようとした。
その時だった
リリーナの背後で地面が魔法陣を描き、輝き出した。
「逃げろ、フローラ!」
「えっ?」
突然の切り株の大声に驚きリリーナは動きが止まるも、すぐに背後の気配を察して振り返った。
魔法陣から赤髪の青年が現れたのだった。
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いよいよ魔法炸裂していきます!
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では、また。