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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
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6 求婚の返事

 アレスフレイムは転移魔法で眠ったリリーナを彼女の部屋に送り届け、ベッドに寝かせると、

「…………」

 いつも寝ている時に襲うようで何だかなと躊躇いはあったものの、リリーナにそっと唇を重ねた。

 すやすやと寝息が聞こえると、アレスフレイムも安心して彼女の頭を撫で、再び転移魔法で姿を消した。


 


「度々申し訳無い。ボクの連れが彼女までも危険な目に合わせてしまって」

 執務室に戻ったアレスフレイムに対して、アレーニは深々と頭を下げた。

「………いずれ奴がフローラに再会するチャンスはあったと思う。何度も生まれ変わって。でも、その芽を潰せたんだ。リリーナの中でフローラはその事実を知れて多少は落ち着けたかもしれない。むしろ……アレーニ国王が近くに居るときで助かった」

 全く笑みを浮かべてはいないがアレスフレイムが考えながらそう言うも、

「アレスフレイム王子………寛大な心、感謝致す」

 アレーニは丁寧な口調で頭を下げたまま。

「チッ……調子が狂う。さっさと頭を上げろ」

 アレスフレイムが舌打ちをしながら見下ろすように言うと、

「王子クンだって〜! アレーニ国王だなんて他人行儀な〜! アレーニで良いよ、君にならアレーニって呼ばれてもイイナ!」

 今度はいつもの口調で顔も笑顔全開で頭を上げた。

「なっ……!?」

 切り替えのスイッチの尋常じゃない速さにアレスフレイムは上半身を少し引き気味になり、ノインは主の機嫌が損ねないかと胃をキリキリとさせながら見守る。

「ねーねー、帰国する前に一つ教えてヨ!」

「断る」

「王子クン、薔薇ちゃんと話せていたよね? 魅了の呪縛を解くのに貯水槽に投げ込んでとも頼んでいたし。王子クンも太陽の丘の民の血を受け継いでいるのかい?」

 アレスフレイムが質問を断ると即座に言っても綺麗なまでに完全に無視したアレーニ。雰囲気は飄々としていたが、視線はアレスフレイムを逃すまいとがっちり捕らえている。

「恐らく違う。話せるようになったのはリリーナに会ってからだし、特定の植物としか会話をすることが出来ない。そこにいるノインも同じだ」

 答えを聞くとアレーニはふぅと鼻息を吐いた。

「自分のルーツは気になるからね、何か知れたらとは思ったけど。そうか……不思議なこともあるんだネ。じゃあ、ボクはそろそろ帰るとするよ。世話になったネ」

 転移魔法を今にも唱えそうなアレーニの肩をアレスフレイムは勢い良くグッと掴み、

「流石に帰国前にウチの国王にも挨拶をしておけ」

 今度はアレスフレイムが彼を逃さないようにした。

「えぇ〜、このまま自然に帰らせてくれると思ったのに〜」

 露骨に嫌そうにするアレーニをアレスフレイムは半ば無理矢理謁見の間へと連れ出したのであった。




 どうして………私は何を間違えたの…………何が正解だったの……?


 夢の中で誰かの声が聞こえる。

 リリーナはぼんやりとその声を聞いていた。

 間違えた? 正解? どんな問題だったのだろうか。

 どんな…………。


「あ!」


 突然ガバっと身体を起こし、リリーナは布団から飛び起きた。つなぎ服のまま眠ってしまったので、着替える手間はない。そのまま部屋を飛び出して、外へと駆け抜けて行った。




「いや〜、最後までほんっっとうに苛つかせる天才だよね、この国の王サマは」

「父が非礼で申し訳ございません…」

 正門にて。マルスブルーと側近のオスカー、王太子妃のスティラフィリー、そしてアレスフレイムとノインがアレーニの見送りに集った。

「アンセクト国の王も似たようなもんだろ」

「アレス!」

 アレスフレイムが腕を組みながら毒を吐くと、マルスブルーたちは焦ってアレスフレイムを止めようとする。

「失礼な。系統が違うでしょ」

 ギロッと中性的な美しい顔立ちでアレーニは彼を睨んだ。だがすぐに「ハハハッ!」と声に出して笑い、

「仲良くなれて良かった♪ ボクのことが嫌いなら最後まで見送りに来てくれないタイプだもんね、アレスフレイムは」

 茶目っ気に言い放つと、マルスブルーたちは唖然とし、アレスフレイムは顔を赤らめていく。

「さっさと帰れ!」

「ハイハイ、帰りますよ〜。いつでもこっちにも遊びに来てね~」

 アレーニが人差し指を地面に向けて魔法を唱えようとしたその時、


「アレーニ国王!」


 石畳を駆ける足音がアレスフレイムたちの背後から聞こえて来た。

「リリーナターシャ!?」

 この日も日差しが強く、汗びっしょりになりながらリリーナはアレーニの前に着くと、すっかり息を切らしていた。

「具合はもういいのかい? こんなに走ったりして」

 転移魔法を使えば軽々と移動出来るのに…とアレーニが彼女が魔力を悟られないような生活を心掛けていることに感心しながらも、体調が心配になり、下心は全く無く身体を支えようと腕を伸ばした。


「求婚のお返事をしなくちゃと…」

「え」

 

 アレーニ的には自分が選ばれる希望は無いと察し、返事をもらわずにそっと姿を消しても良いとも思っていたが、必死に走ってまで返事を伝えようとすることに僅かながら期待が膨らむ。


「求婚だと………………」


 リリーナの背後では嫉妬の炎をメラメラと燃やしながらアレスフレイムが目を光らせている。『私は何もされておりません!』と一昨日彼女は言っていたが、何もどころの騒ぎじゃないだろと今にも説教をかましたくなる程に。

 求婚ではなく球根のことかもしれない、と事態が大きくならないことを切実に願いながら見つめるノイン。

 アレスフレイム殿下と喧嘩をしてたし、承諾しちゃうのかしら、とドキドキしながら見つめるスティラフィリー。

 何故この女は他国の王族にも慕われるのか、庭師なのに、と事の展開に付いて行けないオスカー。

 え、待って? 求婚? プロポーズ? 一昨日来たばかりなのに? と長年スティラフィリーと付き合って散々プロポーズを待たせたマルスブルー。


 それぞれ想いを抱きながら、リリーナの答えを緊張しながら待つ。


 リリーナは深呼吸をした。呼吸を整え、真っ直ぐにアレーニを見つめる。


「王妃になることをお断りさせていただきます」


 やっぱりね、とアレーニは思ったが、それでも寂しさを隠すことは出来ず、切なそうにゆっくりと頷いた。決して謝らないところも、凛とした君らしくて好きだよ、とアレーニは内心呟く。


「ですが」


 彼女の出した答えにはまだ続きがあった。


『植物と虫は切っても切れない関係だ。互いに健やかに生きるために欠かせられない存在』

『自国の花が君との出会いに繋げてくれたなんて運命以外何も感じられないよ。植物使いと蟲使い、二人で自然界をさらに豊かにしていきたい』


 そう言ったアレーニの言葉に対する答えを。


「私も貴方とは運命を感じます」


 アレスフレイムはリリーナがアンセクト国へ行ってしまうのかと、今にも引き止めたい想いに駆られたが、ぐっと押し殺して見守り続けた。

 一方アレーニは、彼女の言う運命が男女という意味ではなく、植物使いと蟲使い、特別な力を秘めた者同士であるという意味で使ったのだと理解し、静かに彼女の言葉に耳を傾ける。


「この世界を、この大地を豊かにしていくのに結婚は絶対的な条件では無いと思います。異国に住む同士、距離は夫婦よりも離れるのは確か。ですが、手を取り合える手段は婚姻だけでは無いはずです」


 リリーナはアレーニの黄色の瞳を見ながら片手を差し出した。


「貴方とは結婚は出来ない。けれど、貴方とはかけがえのない存在で在りたい。それが、私の返事です」


 アレスフレイムとノインも、アレーニが蟲使いであるのを知っているが故にリリーナの言葉の真意を理解し、彼等もアレーニと手を握る様な想いでアレーニを見つめた。


 アレーニも男の大きな手でしっかりと握り返した。


「わかったよ、リリーナターシャ。有難う」


 だが、これであっさりと引き下がりたくないなぁと悪戯心が芽生えるのがこの男。

「まぁ、フラれるとは思ってたヨ。リリーナターシャとアレスフレイムの間に愛が芽生えていそうだったカラ」

「なっ!?」

 シクシクと大袈裟に傷心を演じるアレーニに対し、アレスフレイムはアレーニの突拍子も無い発言に戸惑いは有りつつも、リリーナが何て答えるのか期待と不安を織り交ぜながらその時を待っていた。


 が、リリーナが悩むまでも無く、その時は余りにも呆気なく訪れる。


「愛ではありません。労りです」


 本章4度目。ついに本人が聞く羽目に。


「私は庭師という立場でありながら、殿下から手厚く親切にしていただき、本当に感謝しております。常に多忙でありながらも私のことを気にかけて下さって、これ以上素晴らしい雇い主はいらっしゃいません!」


 アレスフレイムからの想いを煙ったくなっているわけではなく、寧ろ目を輝かせながらリリーナは称賛し、一方でアレスフレイムの瞳はどん底に突き落とされたように暗い。

「ぶっ……あはははははははっっっ!!!! またしばらく会えなくなると思うが、是非これからも貴国が発展していくことを期待しているヨ、素晴らしい雇用関係デネ」

 アレーニが腹が捩れる程大笑いした後にわざとキリッとした瞳で別れの言葉を放った。

 そして最後の悪あがきに、リリーナの頬にそっとキスをし、

「確かに結婚なんてしなくてもイイネ。互いに独り身だとこういうことも自由に出来る」

 全く悪びれずに彼女に微笑んだ。リリーナは良くわからずきょとんとしている。

 が、ブチッッッッ!!!!! と突如聞こえた破裂音。

 マルスブルーたちが顔を青ざめながらアレスフレイムを見ると、魔法を唱えてもいないのに全身が炎を燃やしているかのように殺気立っていた。

「お〜ま〜え〜はぁあ、早く帰れぇええええ――――!!!! 

 王城敷地内中に響き渡る程の怒声を上げたのだった。

 アレーニは笑いながら魔法で帰国していく、陽の光にまるで溶け込むように。




 くしゅん、くっしゅん。

 その時、とてもとてもか弱く小さなくしゃみが聞こえた。

 上から振り落とされる埃に耐えきれず、細く短い茎がくしゃみと同時に揺れる。

 すると、小走りで駆け寄る音が花壇の先から近付いてくる。

「もう、またシャーリーさんかなぁっ! こっちの窓から埃を払わないでくださいってお願いしたのに」

 口を尖らせながら花壇のすぐ隣の建物を見上げて文句を言うと、すぐにしゃがみ、花を優しく包み込むように手で囲むと、


光ノ浄化(フォス・エーセリアル)


 光属性の魔法を唱えた。

 キラッキラッ、と小さな光の粒を舞い上がらせながら、埃で汚れた空気が澄んでいく。まるで、光の空気清浄。

「もう大丈夫ですねっ! よかった!」

 陽だまりのように微笑むと人差し指で自身の唇に当て、

「誰にも内緒ですよ」

 小声で秘密の約束を交わし、再び小走りで自分の仕事場へと戻った。

 空気を洗ってもらった植物たちは感謝の念を抱きながら彼女の後ろ姿を見届けた。一人のメイドの後ろ姿を。




数ある作品の中からご覧いただきありがとうございます!

これにて第三章が終わりです。

ついに、ついに!次から第四章が書けるのだと思うと作者の心は勝手に弾んでおります。

次章からメインの登場人物も増えて賑やかになります。

引き続きご覧いただけると幸いです。


9月29日現在ブックマーク30名の方々、本当にありがとうございます、嬉しいです。


ご感想等いただけるとほんっっっっとうに励みになりますので、お手数ですが書いていただけると有り難いです。勿論、読んで下さるだけでも嬉しい、いいねも嬉しい、もはや何でも嬉しい。


次章もよろしくお願い致します。

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