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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
82/198

4−3

「禁止の魔法を使ったね」


 まるで辺り一面が氷漬けにでもなるかのような冷たい雰囲気を放つも、沸々ととてつもない高温の怒りを上げるアレーニに隣にいたリリーナでさえ身震いをした。方やハニビも恐怖で半泣きになっている。

魅了(チャーム)を使ったな…厄介な事になった」

「魅了?」

 魅了、その魔法の名を聞いて、リリーナは何かが引っかかった。リリーナではなく、彼女の中に潜む魔女に関係があるのかもしれない。

 恐る恐るリリーナが聞くとアレーニはハニビを睨みながら答えた。

「相手を無理矢理惚れさせる魔法さ。解くには術者が死ぬか、ヤッちゃうしかない」

「ヤッちゃう…?」

「ハニビ、ここの国王に知られる前に術を解こう。強制送還はそれからだ」

「イヤよ! アレスフレイムさまっ、二人だけになれる場所へ行きましょう!」

「二人だけになれる………」


 二人だけになれる、特別な場所。


 ワスレナグサの残像がアレスフレイムにある景色を彷彿とさせていた。

転移魔法(テレポート)

 とアレスフレイムが唱えるとハニビも続いて二人は姿を消した。

「苛つくなぁ、ちょこまかと。今度はどこに行ったかわかる?」

 リリーナが植物たちの声に耳を傾けた。

「………裏庭ですね」

「オッケー。行って二人がおっぱじめていなければ良いけれど」

「おっぱじめ??」

 純粋に意味を理解していないリリーナの視線にアレーニは寧ろ逆に恥ずかしくなってしまった。

「イチャイチャすること。大量の惚れ薬を飲まされたような感覚に陥ってると思うから、王子クン」

「なるほど」

「じゃあ、移動するよ! ボクの魔力にエスコートよろしくね!」

「畏まりました」

周囲転送(エリア・テレポート)!」

 アレーニが魔法を唱えるとリリーナは瞳を閉じて、彼の魔力に乗って裏庭へと目指した。




「庭?」

 着いた先が別の庭でハニビは意外だと感じていた。もっと密室出来るような場所を期待していたからだ。

 アレスフレイムは裏庭を見渡し、白銀の切り株や日陰に揺れる草たちに目を向けた。

「アレスフレイムさま?」

 突然、かち割れそうな程の頭痛に襲われる。

「ぐっ、ぁあぁっ!!!」

「アレスフレイムさま! どうしたの!? 私を見て、アレスフレイムさま!!」

 両手で頭を抱える彼の姿を見て、ハニビは追加で魅了を唱えようと彼と目を合わせようとするが、痛み苦しむ彼の目を奪えずにいた。


 すると、ハニビの背後にある物が見えた。


「白薔薇…ッ!! アレを飲ませろ…ッッ!!」

「白薔薇? アレ??」

 アレスフレイムが汗をダラダラと流しながら声を絞り出すと、


「は〜い、よく言えました〜♪」


 アレスフレイムにしか聞こえない美しき姫の声がすると、地面からボコッと純白の根が幾つも現れ、目にも止まらない速さでアレスフレイムに巻き付くと、ぽーい! と彼を放り投げた。

「アレスフレイムさまぁぁ!!」

 彼女の悲鳴と同時にアレーニとリリーナが魔法で裏庭に現れた。


 バッチャァアアアアンンッッ!!!!


 アレスフレイムが聖水が貯められた貯水槽に勢い良く放り込まれ、水しぶきを上げた。

 顔から聖水の中に突っ込まれた彼は、すぐに上半身を起こし、ずぶ濡れになりながら中から這い出てくる。

「はぁ、はぁ………やり方が雑過ぎるだろ。鼻から水が入ったぞ」

「あらぁ、ごめんなさ〜い。リリーナターシャにあれ程気を付けろと偉そうにしてたのに、大変! って思ったら気が気じゃなくなっちゃって〜」

「はいはいはいはい、俺が悪うございました!」

 アレーニとハニビにはアレスフレイムが独り言を言っているようにしか見えない。

「アレスフレイム殿下……」

 いつもの彼の調子に戻ったと思いつつも、リリーナは恐る恐る彼の名を呼んだ。

「リリーナ」

 彼もまた彼女の名を呼び返す、愛おしそうに。

「心配かけた。すまない」

 抱きしめたいが如何せんずぶ濡れのため、触れることが出来ない。アレスフレイムはもどかしくなりながら彼女に近付いた。

「嘘……嘘! 嘘嘘嘘嘘!! 魅了が破られるわけがない! どうしてどうして!? この化け物のせいなんでしょ!」

 ハニビは美しい白き根に向かって手を向けた。

「やめて!!」

 リリーナが叫び声を上げると、


 シュ――――――――〜〜〜ッッッッ!!!!


 幾つものジョロウグモたちが一斉に黄色の糸を吐き出し、ハニビの手首や足首を縛り付けた。

 蟲たちの行動にアレスフレイムが目を見張る。


「有り難う、君たち。ハニビ、王族が他国の王族に禁止の魔法を使うなんて言語道断だ。ロナール王にバレていたら、戦争が起きていた。その覚悟はあったかい?」

「……………っっ」

 アレーニが蟲の間を彼等のリーダーの風格で一歩一歩ゆっくりと歩を進める。ハニビはそこまで想像が出来なかったのだろう。戦争という言葉を聞いて、何も反論出来ずにいる。

 アレーニがハニビの目の前に立つと、


 パァァァンッッッッ!!!!


 妹だろうが容赦のない平手打ち。彼女の頬は赤くなり、目からは涙が流れだした。

「戦争が起これば、アンセクト国の国民は何人命を落とすことになる、国土はどれほど焼け野原になる!? 王族である以前に国民として、国が平和に繁栄していくことを考えなさい」

「っく、ひっっく」

「戦争でボクたちが勝てば敗北した国の王族は命を落とす、逆ならボクや君が死ぬことになるんだ。君がやったことは、ボクか王子クンを殺すことにも等しいんだよ」

「ごめんなさぃぃ、ごめんなさぃぃいいいっっ!!」

 ようやく事の重大さに気が付いたハニビはわんわんと泣き出した。

「命令だ、帰国して頭を冷やしなさい」

 アレーニが後ろ歩きでハニビから少し離れると、彼女に向けて指で空中に円を描き、黄色の輪が浮かび上がるとか輪の中に彼女が消えていった。


「大変な迷惑をかけた。申し訳無い」


 彼女の姿が完全に消えるとアレーニはアレスフレイムの前に立ち、そして土下座をした。

「ハッ、全くだ」

 アレスフレイムは顔に滴らない様、前髪をかき上げた。

「話し合いの続きは乾いてからだ。ようやく苛立ちの元が帰ってくれたからな」

 アレスフレイムの寛大な言葉にアレーニは頭を下げ続けた。


 戦争が起きない平和な世界を本心から望んでいることがわかった。

 そして彼を慕う蟲たち。

 植物との共存相手の蟲が彼を認めるならば、大地が彼を認めるのと同等。

 アレスフレイムはハニビに対する叱責からアレーニの本質を見抜けたようにも感じた。


「お前らしくない、さっさと立って飄々としていろ」


 アレスフレイムが嫌味を言うと、アレーニは躊躇うことなくすぐさま立ち上がった。

「有り難う、アレスフレイム王子」

 アレーニに礼を言われ、アレスフレイムは自分を乾かすべく、転移魔法を唱えようとすると、

「ヨカッタ〜! ボクまで追い出されたらどうしようかと思ったよ。愛しの君にまだ口説き足りないからネ」

 アレーニがリリーナの手をそっと上げ、甲に軽くキスをした。

「やっぱりお前も帰れ!!!」

「イヤだよ〜。もうちょいリリーナターシャとイチャつかせてよ!」

 アレスフレイムは手が濡れていても躊躇わず彼女の手を握り、

「行くぞ! 俺の後に付いてこい!」

 勢い良く「転移魔法(テレポート)」を唱えると、仕方なくリリーナも魔法を唱えて彼の後を追った。


「やれやれ、なんだかんだでボクが入る隙間は無いのかな」


 アレーニが平穏に事を終えることが出来て安堵をしていると、クモたちが地面から彼を見上げた。

「ん?」

 貯水槽の周りにはトンボが舞っていた。

「そうなの?」

 彼が貯水槽の前に立つと、両方の手のひらで水を汲み、口に含ませる。

「本当だ、とっても美味しいね! 教えてくれてありがとう!」

 リリーナにも向けたことのない無邪気な笑顔で裏庭で過ごしていたのだった。




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