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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
81/198

4−2

「あなたが庭師の方なんですね! 本当に敷地内の草花は生き生きとしていて、感激しました!」

 訓練場ではシャドが興奮した様子でリリーナに話しかけていた。

「お褒めいただき、ありがとうございます」

 リリーナは無表情でお礼を述べ、訓練で汗をかいた額を手で拭った。

 ロナール国民と違いシャドはつなぎ姿の女性を見ても腫れ物だとは思わない。それどころか、リリーナが女神のような美しさを兼ね揃えているように目に映り、ほぉと息を漏らしていた。

「アンセクト国も王室管理の一般開放された公園も沢山あって、自然が豊かな国なんですよ! ぜひ遊びにいらしてください!」

「ありがとうございます。機会がありましたら」

 ぐいぐいとリリーナに話しかけるシャドの姿を見て、アレーニは珍しい、と思いながら見守っていた。


「マルスブルー王太子殿下!」


 突然、慌てたように一人の騎士がリリーナたちの方へ駆け寄ってきた。

「何事かい?」

 マルスブルーが心配そうに聞くと、騎士は息を切らしながら答えた。

「エレン副団長より至急ご伝言で、ハニビ様が魔法で扉を閉ざしていると!」

 一瞬でアレーニが氷のような冷気を放つと、

「すぐに案内して」

 誰もが身震いをするのだった。

「こっちよ!」

 だがリリーナが冷静に声をかけ、駆け足で案内をした。

 手洗いの中に入るとエレンが魔法で召喚したであろう、大斧を振りかざして個室のドアを壊そうとするが、見えない壁に跳ね返されている様子。

「ぐっ………!」

「ハニビが入ったのはここかい」

 スッとアレーニが扉の前に立つと、エレンは彼に場所を譲った。

「申し訳ございません、お時間がかかっていたので声をかけたら返事をしなかったので」

「君は悪くないよ」

 アレーニはふぅと息を手の平に乗せて吐くと、息はたちまち白い煙を放った。

「鍵を開けてくれるかい」

 ポケットへ声をかけると甲冑昆虫が姿を現し、カサカサカサと素早い脚の動きで個室の下の隙間から中へ入った。「ひゃっ」と思わずスティラフィリーとエレンが強張っている。

 間もなく中から鍵が解放され、扉が開かれた。


「やられた、逃げられた」

 

 もぬけの殻となった個室を見てアレーニは笑顔を失せていた。




「魅了は禁止の魔法! 許されない行為ですよ!」

 ノインがハニビを魔法で拘束をしようと手を前に出したその時、

「うるさい、うるさい、うるさ〜い!!!」

 ハニビがバッと手をノインに向け、

蜂巣閉塞(ビーハイヴ・クローズ)!」

 手の平から黄色の魔法の粉を大量に放つと、ノインを六角形の一面だけ透明の黄色の箱に閉じ込めた。

「ここから出せ! 水ノ魔鎖(アクアチェーン)!!」

 ノインが水属性の上級魔法である鋭い鎖で箱壁を破ろうとするが、びくともしなかった。

「ふふふっ、あなたはここでおるすば〜ん♡」

 勝ち誇ったように笑い、ハニビはアレスフレイムの胸に頬擦りをすると、彼の内ポケットに手を忍ばせ、

「これも邪魔〜♡」

 カジュの葉をビリッと破り捨てた。

「ねぇアレスフレイムさまぁ♡ もう一度キスをして」

「一度で良いのか」

 アレスフレイムが煽るように笑みを浮かべると、ハニビは彼の首に腕を回し、

「いっぱい♡」

 猫なで声を上げると、アレスフレイムが応えるように何度も何度もちゅ、ちゅぅっ、ちゅっとリップ音を弾かせながらハニビとキスを愉しんだ。

 普段はこの手のタイプの女性を毛嫌いするのに、とノインは屈辱的でならなかった。

 やがてアレスフレイムの息遣いが荒くなる。

「ハニビ、すぐに俺のモノにしたい。寝室へ行こう」

「あらダメよ、アレスフレイムさま。愛を重ねるのは夜になってから」

「夜までお預けか。気が狂いそうだ」

「んんっ♡」

 何度も何度もキスを繰り返し、互いの背中を抱きながら撫で回し、二人は身体を熱くさせていた。

「アレスフレイム様! お気を取り戻してください!!」

 ノインが叫び声を上げるもアレスフレイムの耳には全く届かず、ハニビがくすりと笑う。

「無駄よ。魔法は解かれない。最高潮の熱い愛を注ぐまでは」

「ハニビ、唇が逃げている」

「アレスフレイムさまぁっ♡ んっっ♡」

 ほんの少しだけのノインに話しかけたのも許さないとでも言いたげにアレスフレイムはさらに激しくハニビと唇を重なり合った。

 ぷはっとハニビが息を吸ってアレスフレイムの熱い口付けから離れると、

「さぁアレスフレイムさま、夜までデートしましょ」

 アレスフレイムの手を握った。

「ハニビが望むなら。俺は夜までずっとハニビの唇を愛でても構わないが」

「まぁアレスフレイムさまったら♡」

 彼はハニビの肩を抱き寄せると、ノインなど全く気にも留めずに執務室を二人で出たのだった。


「くそっ!! かなりマズイ!」

 魅了、それは禁止された特殊魔法。

 魔力を持った女性だけが使える魔法で、どんな男でも虜にしてしまう禁断の術。

 魔法を解く方法は、術をかけた本人の命を落とすか、または男の性欲が発散されるかしかない。

「既成事実でも作るつもりか…ッ」

 ノインは剣を抜いて箱壁を斬ろうともするが、これもびくともしていない。

「国王陛下に知られる前に止めなければ……ッ!!」

 戦争が始まってしまう。

 魔法で自国の王子が無理矢理犯された、よって大罪を犯したアンセクト国を制圧する、と戦争開始の合図を上げるだろう、喜々としながら。


「早く潜りなさい!」


 声と同時に閉ざされた箱の中に薔薇の魔法陣が宙に輝かせながら浮かんだ。

 ノインは白薔薇姫の助けだと悟り、すぐさま魔法陣へ飛び込んだ。箱のすぐ外側、執務室に瞬間移動をして脱出成功。

「あのガキをすぐに追いかけて!」

 ノインは執務室を飛び出し、廊下を駆け抜けるとすぐにアレスフレイムたちの後ろ姿を捕えることが出来た。

 足音に気付いてハニビが振り向く。

「あれぇ、なんで出てこれたの?」

「ハニビ姫、おふざけが過ぎます。一度お部屋にお戻りを!」

 ノインが説得をしてもハニビは不服そうにするだけ。

「アレスフレイムさま、一緒に転移魔法を唱えましょ! 私の魔力に乗っかれば、同じ場所に着けますわ!」

「待て!」

転移魔法(テレポート)!」

 二人は同時に転移魔法でその場から瞬時に消え去り、ノインは悔しそうに拳を握って震わせるのだった。


「ここなら邪魔者も来ないだろうし、ムードもあるわねっ♡」

 ハニビが満足そうに着いた場所は客室からも見えた小庭。

「ここは……」

 アレスフレイムが小庭を見渡す。何かが頭の片隅に引っかかる。

「南の国は花も色とりどりでキレイね!」

「そうだな。ハニビの美しさには劣るが」

「まぁアレスフレイムさまったら♡」

 彼を操り人形にして目の前でイチャつかれ、植物たちは小刻みに震えていた。

 すると、そんな中からアレスフレイムはある植物が目に止まった。

 薄い青紫色の沢山の小さな小花を纏まるようにして咲き、背を低く土近くに涼しげにしている。


 ワスレナグサ。


 何かこの植物に訴えられている気がする、とアレスフレイムはじっと小さな花を見つめていた。

「どうかなさいましたか?」

「いや、なんとなく気になっただけだ」

 ハニビはアレスフレイムの腕をぎゅっと胸を押し付けるようにして組み、上目遣いで視線を向けた。

「私だけを見て、アレスフレイムさま」

 鋭い視線とフェロモンにアレスフレイムは目が眩みそうになるが、ワスレナグサの残像が頭にチラつき、意識や理性がこれ以上ハニビに奪われるのを防いでいる。

「ああ、愛しい、ハニビ……」

「そうよ、アレスフレイムさま、私だけを愛して」


「お遊びはここまでだよ、ハニビ」


 すると突然小庭にアレーニと場所を彼に伝えたリリーナの二人が魔法陣から姿を現した。

 アレーニは静かに怒りを燃やしていた、青い炎のように。

「お兄様!」

 アレーニが有無を言わさずハニビを自国へ強制送還しようと指を前に向けると、アレスフレイムが彼女を庇うようにして前に立ちはだかり、剣を抜いた。

「ん? 王子クン、どういうこと?」

「俺のハニビに手を出すな」

「殿下?」

 アレーニの背後でリリーナがアレスフレイムの様子が変だと心配そうに見つめている。

「お前を見ると妙にムシャクシャする。愛するハニビを奪われるくらいなら死んでもらう」

「はぁ!?」

「アレスフレイムさま、お兄様は強敵よ! 無理をなさらないで」

「心配するなハニビ。必ず貴様を守る」

「アレスフレイムさま……んっ♡」

 あろうことか二人はアレーニたちの前でも平然とキスを愉しみ始めたのだ。


 特別な挨拶……………。


 アレスフレイムが他国の姫君と結ばれるのは外交的にも喜ばしいことのはず。なのに………………寂しいと思うのは我儘なのに、心がチクリと刺さるようなこの感覚は何故だろう。


 リリーナはアレスフレイムから積極的にハニビの唇を重ねている光景を見て、力無く佇んでいた。

 だが、一方でアレーニの怒りはさらに温度を上げていたのだった。




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