2−3
二人の庭師は薔薇の迷路に向かって歩み出す。
「あれはなぁ、ワシは“薔薇の迷宮”と呼んでいる」
「薔薇の迷宮………」
確かに中の誰かが「姫様」と呼ぶ声が先程聞こえた。
「あらやぁだ、迷宮も悪くはないけど“薔薇の城”がいいわ」
「城の上から見ても茨に覆われて中が見えないし、」
「そんなの当たり前じゃない、あなたたち人間の住居だって屋根があるでしょって、ねぇ?」
「以前貴族の娘さんたちが興味本位で入ったが、不思議と奥まで行けずに出口に戻されたとか」
「あったりまえよぉ! 不法侵入者は追い出さないと」
この庭の主は妙に喧しい。
薔薇の迷宮から離れているが、彼女の興奮しきった声がこちらまで聞こえてくる。
王城の庭だ、さぞかし荘厳で近寄ることさえ緊張する植物が主として統べてするだろうと思っていたが………。
「色とりどりの薔薇が見事でなぁ。ワシも迂闊には手を出せなくて剪定をしたことはないが、茨が伸びすぎることもなくてね」
迷宮の前に着くとホックはまじまじと外壁の薔薇を眺めていた。
「ちょっとそこの庭師お退きなさい!」
先程口論したメイドのレベッカと他6人程のメイドたちがどかどかと庭に踏み入ってきた。後ろからスティラフィリー嬢も気まずそうに付いてきている。
レベッカが先頭に立ち、リリーナを指で指しながら
「御三時にスティラフィリー・クリエット様と恋人でいらっしゃるマルスブルー殿下がこちらでお散歩をされるのよ! だからあなたは」
「では、私はその時間帯は不在とさせていただきましょう」
「そう、邪魔だから…っ! って、ええっ」
業務連絡を受ける様に淡々と受け答えるリリーナにレベッカは調子を狂わされていた。
「まだ時間はございますよね。それまでには必ず姿を消しますので」
「今すぐどこかに行きなさいよ! あなたみたいな不気味な女が庭園にいるべきじゃないのよ!」
別の若手のメイドたちも参戦してくる。
「私は庭師でございますが」
「ホックがいるからあなたは用無しなの!」
「いやあ、ワシも腰がキテ引退しようかと…」
「だったらもっとマトモな引き継ぎ相手を連れてきなさいよ!」
なるほど、同じ従業員であっても三大貴族の関係者相手では反論さえ許されないのか。
馬鹿らしい。
「畏まりました。私はクリエット家の代表である皆様方から庭師として認められないということですね」
「えっ……」
クリエット家の代表と言われて全員が一気にたじろいでいく。
「では、私の主でございますロズウェル様に相談を申し伝えなければなりませんね。貴族会議にて私の雇用の最終決定をしていただく様、お願いを申し上げておきます。クリエット家は王都から遠いですが、ロズウェル家は馬を使えばすぐでございますので」
お父様、ロズウェルの名を使わせていただきますね。
リリーナは凛として相手を黙らせ、
「では、取り急ぎ失礼致します」
メイドたちの横を飄々と通り過ぎて行った。
「なんなのよあいつ!」
「気にすることはございませんわ、スティラフィリー様、あんなのハッタリだわ!」
メイドたちは苛立ちながらスティラフィリーを囲むようにして城へと入って行った。
ホックは女たちの戦闘にただ口をポカンと開けてポツンと立ち尽くしていた。
宛もなく芝を歩き、馬はどこにいるかしらと探すリリーナを地面の下から彼女が話しかけた。
「傑作だったわリリーナターシャ!」
えっ、とリリーナは思わずその場に立ち止まる。
「本当に私達の声が聞こえているのね。ふふっ、さっきガツンっと言ったの見てすっっっっっごくスッキリしたわ! あ、何で下から私の声がするのかって思ってる?」
「え、ええ」
「城の敷地内に私の根を張り巡らせているからよ」
この広大な敷地に!?
どれほど長い根なのだろうか。
薔薇の迷宮自体は人間の小屋ぐらいの大きさだから、主自体はそんなに巨大ではないはずだ。
「さぁ、案内をするわリリーナターシャ、裏庭へ行きましょう」
庭の主に導かれるまま、リリーナは王城の日陰へと歩んで行った。
ご覧いただきありがとうございます。
ご感想、叱咤激励いただけると嬉しいです。
では、また。