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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
79/198

3−7

 星が輝く頃、虫たちの音色が夜風と共に流れる。

 リリーナは浮かない気持ちで1日の仕事を終え、自室に戻ってライトグリーンのリボンを解いた。


 コンコン。


 こんな時間にノック音がした。

「どなたでしょうか」

 リリーナが声をかけると、

「スティラフィリーよ。こんな時間にごめんなさい」

 王太子妃の声がしてリリーナは慌てて扉を開けた。

「こんな夜中に従業員棟へ来る王太子妃がどこにいるの」

「オスカーに我儘を言ってそこまで送ってもらったわ。ようやく時間が出来たの」

 簡易的なワンピースを着ているがスティラフィリーの美しさは目立つ。リリーナは急いでスティラフィリーを部屋に入れ、スティラフィリーは少し疲れた顔で微笑んだ。

「お疲れ様。疲れた顔しているわ」

「あらやだ。しっかりケアしてもらわないと」

「明日にでも貯水槽の水を飲んで」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 ふぅとスティラフィリーは小さな木の座椅子に腰掛けた。

「アレスフレイム様には会った?」

 突然口喧嘩をした相手の名前を出され、リリーナは気持ち強張った。

「お会いしたけれど、ちょっと言い合いになってしまったわ」

「あらま。それもあってお夕食では不機嫌だったのかしら」

「え、不機嫌? 他国の王族の前で?」

「アレーニ国王の妹様もいらっしゃってて、私達よりちょっと歳下だと思うんだけど、明らかにアレスフレイム様に色目を使っていたのよね。ほら、殿下ってそういうの大嫌いじゃない?」

「そうね」

「なんだかいつも以上に機嫌を損ねてしまって、疲れているのかしらなんて思って見ていたんだけど、そっか、リリーナターシャとも喧嘩をしていたのね」

 椅子は一脚しかなく、リリーナはベッドの端に腰掛ける。スティラフィリーは長い柔らかな髪を耳に掛けると、

「あの、余計なお世話かもしれないんだけど」

 遠慮がちにリリーナを見た。

「アレスフレイム様はあなたが心配でならないのよ。アレーニ国王がいらっしゃってすぐ、新しい庭師に会いたいと言ったのよ。それも女の庭師って知ってる口振りで」

 アレーニは事前に彼の友達である蟲から聞いていたのだろう。確かに、それを知らなければ何故単なる庭師の情報が漏れているのか警戒をする。


 私、彼にアレーニ国王が蟲使いであることを伝えていない。

 てっきり彼も既知なのかと思ったけれど、そうでないなら……。

 あぁ、だからだ。だからあんなに怒ったんだ。

 植物のことを蔑ろにされたと思って私も冷静さを欠いてしまったんだわ。

 私が庭を守りたいように、彼は私を守りたいと言葉にしてくれたのに。


 黙って考え込んでいるリリーナを見てスティラフィリーがほっと軽く微笑むとゆっくりと立ち上がり、

「夜分遅くにごめんなさい。それだけ伝えたかったの。失礼するわ」

 ドアへ歩こうとするとリリーナも急いで立ち上がって彼女の前へ歩き、ドアを開けた。

「オスカー様はいらっしゃるの?」

「そこの曲がり角にいるわ」

 スティラフィリーの声を聞いてオスカーが近付いてきた。

「おやすみなさい、スティラフィリー様」

「おやすみなさい、王城庭師、リリーナターシャ」

 リリーナはオスカーに頭を下げてスティラフィリーたちを見送ると、浮かない気持ちが少しだけスッキリして蟲たちによる演奏に心地良さを覚えながら眠りに落ちた。




「はぁ、またあいつらと食事しないといけないのか」


 朝から不機嫌なアレスフレイムと共にノインは顔色を悪くしながら食堂へと向かった。

「おっはようございま〜す♡ アレスフレイムさまぁ♡」

 食堂の扉の前でハニビが待ち伏せていた。申し訳無さそうに彼女の横にシャドが立っている。

 昨日あんなに露骨に嫌がられたのに何故滅気ない、と思いながらアレスフレイムとノインはハニビの横を通り過ぎようとした。ノインだけは頭を下げて挨拶をする。

「お待ちになってください、アレスフレイムさま! エスコートしてくださいまし!」

 アレスフレイムは舌打ちによる返事をした。

「あら塩対応。そこがまたソソるんだけど♡」

 食堂にはアレーニの他にマルスブルーとスティラフィリーも既に着席をしていた。アレスフレイムも着席をするとハニビも仕方なくアレーニの隣りに座り、シャドも恐る恐る用意されたので椅子に腰掛けた。ノインとオスカーは壁際に立って待機している。ロナールの国王と王妃については共に食事をしていない。

 執事やメイドたちが次々に料理を運び、並べていく。

「今日もとても美味しそうだ。ロナールは特に野菜が美味しいネ!」

 目を輝かせながらアレーニが言うと、

「お褒めくださりありがとうございます」

 マルスブルーが柔らかな笑顔で変事をした。アレスフレイムは仏頂面のままである。

「それでは、本日も我が国でお寛ぎいただけたらと思います。大地の恵みに感謝をしていただきます」

「いただきます」

 マルスブルーの合図をきっかけに一同が食事を始めると「すみません」と慌てたように入り口から声がした。

 コックのヴィックだ。頭を凹凹と下げながら入るとノインを見つけて、

「大変遅くなりまして申し訳ございません。アレスフレイム殿下のご好物を用意するのが遅くなってしまいまして。ノイン様、毒見がまだ済んでいないのでお願いしてもよろしいてしょうか」

 ヴィックはとても小さな皿を銀のトレーに2つ乗せていて、その1つをノインに差し出した。

 ノインが鼻からフッと笑みを含めた息を洩らす。

 シャリッと皿に乗った物を食べると、

「問題無い。至急殿下に運んでくれ」

 ヴィックに指示を出した。

 何のことだとアレスフレイムも怪訝そうにするが、トレーには空になった紫の花の豆皿と、生の葉野菜で絵が隠れている豆皿が乗っていて、それを見ただけなのにアレスフレイムの瞳に生命力が戻ってきた。

 彼の前に彼女の育てた野菜が置かれた。   


「ヴィー、私の我儘を聞いて欲しいの。昨日殿下と言い合いになってしまって、謝りたい気持ちを伝えて欲しい。あ、言葉であなたから伝えるわけではないのよ。お忙しい方だから会えなくて……会って休まれる時間を削るのも申し訳ないし……。これを、食事に出してくれたら伝わると思うの。あと、殿下が不機嫌になってお疲れになってるノイン様にも差し出して。毒見をお願いすれば召し上がってくれると思うから。お願い!」


 まぁリリーがそう言うなら伝わると思うけど、大丈夫かしら。

 と半ば心配になりながらヴィックがアレスフレイムに彼女から頼まれた物を運ぶと、彼の顔色が見違えるように内に喜びを秘めた少年の顔のように変わり、ヴィックは笑うのを堪えていた。

「え? え? 生野菜?」

 マルスブルーが困惑しながら訊ねると、アレスフレイムは何も答えずに手掴みでリリーナが育てた格別に美味しい野菜を何もソース等も付けずにシャキシャキと新鮮な音を立てながら噛んだ。


「コレが一番好きなんだ」


 また一枚葉野菜を指で掴むと、片手を頬杖を付きながら優しい笑顔で葉を見つめた。

 一方で向かい側に座っていた表情を無くしたハニビが気に喰わないと黒い感情が沸々と静かに湧き出していた。


 だが、アレスフレイムはあっという間に生野菜を平らげると皿に描かれた赤いフレーミーの小花を見て、さらに愛おしそうに微笑むのだった。




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