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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
77/198

3−5

「王城庭師を務めます、リリーナターシャ・アジュールと申します」

 アレーニに名乗られ、リリーナも名乗ると丁寧に頭を下げた。

「いいよいいよ、堅苦しい挨拶は! 言われてみれば確かにどの葉も虫食いの跡が無いね。もしかして虫達用に別に用意してあるのかい?」

「佐用でございます」

「郷に入れば郷に従えってことだね。わかった。みんな、食事用の葉は別に用意されているらしいよ。この国の虫や植物たちに案内してもらってね」

 アレーニが振り返って飛び交う蟲に伝えると、こぞって羽音を響かせながら餌やり場へと羽撃いていった。

「君が手塩にかけて育てた草花は実に素晴らしい。一人で育てるのは不可能だと考えられる人間が居ないのかな。ま、そのお陰で君は普通の庭師として静かに働けているんだね」

 そっと慈しむようにアレーニは木々の葉に腕を伸ばして撫でると、あまりにもさらっとリリーナがまるで特別な魔力持ちであることを遠回しに言った。

 すると彼女の胸元をスッと指差し、

「そこに居るのは王子クンに持たされたの?」

 ポケットに潜むカジュの葉を指摘した。

 何も魔法を使っていないのに軽々と自分の魔力のことやカジュについても指摘され、リリーナはキリッとした瞳で警戒して少し後退りをした。

「おっと、怖がらないでくれ。ボクは君を攫ったり取って食ったりしたいなんて思っていない」

「………私の意思で持っております」

 先程の問をリリーナが答えると、アレーニは澄ましたような顔つきになった。

「そう。王子クンが君を頑なに守るのも分かるよ。君は美しく勇敢。そして、魂が特殊だ」

「魂……?」

「前世を感じさせない真新しい魂のはずなのに、どこか別人の魂を兼ね揃えている」

「前世が分かるのですか?」

 静かに驚くリリーナに、アレーニはクスッと笑みを浮かべた。

「なんとなくだけどね。前世が人が動物かぐらいなだけで、具体的には全然。前世に興味があるの?」

「少し……」

「ボクの国に来てみる?」

「え?」

「前世を研究している学者が居る。彼等に会う機会を設けてあげることも出来るよ」

「お気遣い有り難いのですが、お断り致します」

 全く悩まずにリリーナに断られ、アレーニは大袈裟にガクッと身体を横に少し倒した。

「えぇ〜、なんで〜、結構本気で前世とかに興味ありそうだったのに~」

「アンセクト国は遠いです。長らく庭を離れたくはありませんので」

 自身のことよりも庭を当たり前のように苦なく優先にする彼女の姿は凛々しく、陽の光が当たって瞳のライトグリーンが植物で出来ているかのように艷やかに煌めいていた。


「…………君がもし、ロナールを世界の頂点に立たせる(つるぎ)となっていれば、ボクがどうにかしようと思っていたが」


 そう呟くと、アレーニはリリーナの瞳を見ながらほぉと淡いため息を漏らした。


 突然、リリーナは彼の片耳に飾ってあった橙色の花を見つけた。ぴくりと彼女の目が見開く。

「その花……」

「花?」

 花を飾るために切るなんてリリーナにしては言語道断だが、花の気配は感じられない。造花だろうとリリーナは察した。

「以前見かけたことがありまして。偶然花屋で会った子どもたちが母親が大切にしている花だ、と。その出会いが王城庭師になったきっかけだったので、懐かしいなと思いまして」

「この花かい」

 アレーニはリリーナの話を聞くと、スッと耳から橙色の花を外して、茎を持った。

「アンセクト国で求婚に用いる花なんだ。その子たちのお母様かお父様がアンセクト国の人だったんだろうね」

「造花にしたのは花が死ぬから?」

 勿論恋愛に無頓着の彼女は求婚の話を聞いても興味がまるで無かった。自分に向けられるかもしれないなんて微塵にも思ってもいない。


「たかが装飾のために花を殺すような真似なんて自然界を愚弄する行為さ。ボクの友達を裏切るのと同じだしね」


 リリーナは自分の価値観と全く同じ意見の者と初めて出会ってこの上ない衝撃を受けていた。偽りも感じられない彼の言葉は、小庭の舞い上がる風に乗り、彼のイエローの長髪とリリーナのライトグリーンの一つに結ばれた髪を同じリズムで揺らした。


「植物と虫は切っても切れない関係だ。互いに健やかに生きるために欠かせられない存在」


 受粉の為には虫の助けが花には必要。

 生まれたばかりの幼い虫には柔らかな葉が養分。

 他にも数え切れないくらいに植物と虫は相互に必要としている理由がある。

 リリーナは彼の言葉を真摯に聞き入れていた。


「自国の花が君との出会いに繋げてくれたなんて運命以外何も感じられないよ。植物使いと蟲使い、二人で自然界をさらに豊かにしていきたい」

 

 アレーニから橙色の花がリリーナに向けられる。


 だが、彼女は真意をまるで理解していないような雰囲気だった。

 結構恋愛には鈍感なんだね、とアレーニは心の中でくすりと笑うと、

「ボクの妃になって欲しい、リリーナターシャ」

 アンセクト国のプロポーズをしたのだった。


「……………え?」


 流石に直球の言葉を受けてリリーナは現状を理解した。

 異性から告白をされたことなどまるで無いと思っているリリーナは、初めての事態にどのように対処すれば良いのかと珍しく思考をこんがらせていた。


「はははっ! 初対面でいきなりプロポーズされたらびっくりするよね。今は答えは要らない。ボクが二日後に帰る時に返事をして欲しい。庭について悩むなら共に考えよう。庭も君にとっては大事な家であることは理解しているつもりだからね」


 そう言うとアレーニは差し出した求婚の花を再び耳に戻した。

「あの、ご冗談を」

「本気だよ。冗談で君の気持ちを弄んだりしないさ。この三日間で君に振り向いてもらえるように頑張るよ」

 戸惑いながらもその場から逃げたりしないリリーナを見てアレーニは彼女に近寄った。

「ボクは平和主義者ではあるけれど、貪欲でもあってね。簡単には諦めないかもしれないよ?」

 リリーナの顎を軽く指で上に向けさせると、互いの顔が増々近くなった。


 草木と花を彷彿させるリリーナのライトグリーンにローズピンク混じりの瞳。

 硬い甲羅や妖しくも魅惑的な虫の目を彷彿させるアレーニの黄金色の瞳。


 互いに相手の瞳にまるで吸い込まれていく。


 あと少し、あと僅か、虫の口が花の蜜を味にしようとした瞬間、


「何をしている」


 今にも剣を鞘から引き抜くような剣幕のアレスフレイムが現れ、同時にアレーニの足元だけの地面がボコッと沈んだ。


「ぅおっと。あれ〜、見つかっちゃった」


 バランスを崩して彼女からアレーニは少し離れたが、飄々と整い直した。

「あ〜あ、ボクは君の庭にも王子サマにも嫌われたみたい」

 アレスフレイムはリリーナとアレーニの間を無理矢理割って入り、

「無断の単独行動など身勝手な行動は控えろ」

「はいはい、ゴメンナサ〜イ。大人しく部屋に戻るヨ」

 すぐに胸ぐらでも掴みそうな勢いで彼を睨むと、アレーニはひゅるりと魔法で姿を消した。


「何をされた」


 アレーニがその場から消えてもまだ怒りの炎が消えないアレスフレイムはリリーナに睨みながら聞いた。

「国王のお友達に葉を勝手に食べられました」

「は?」

「ええ、そうです。葉です」

「いや、そういう意味の()ではなく。いや、これはどうでもいい」

「どうでも良くはありません」

 まるでリリーナの大切な植物たちをどうでもいいと言われた気分になり、リリーナも彼と同じような炎の種が弾けようとしている。

「植物のことではなく、貴様が何をされたか聞いているんだ」

「私は何も被害に合っておりません」

「キスをされそうになってもか!?」

 キスって何!? とリリーナはキス自体が何なのかわかってはいないが、それを聞く場合では無いと思った。

「ですから、私は何もされておりません!」

「あれで何もされていないと言い張れるのか!?」

「私ではなく、葉が食い千切られたことの方が大問題です!」

「貴様があの男と接近したことの方が大問題だ! 何故近付いた! 逃げなかった! あれ程注意をしただろう!」

「アレーニ国王は悪い方ではありません!」

 両者ヒートアップしていく途中、リリーナから別の男を擁護する発言に、アレスフレイムは言葉を失った。

「あの男は貴様のことを疑っている! 多少不自然でも避けろ!」

「ご心配要りません! 私達は分かり合っていますから」

「分かり合っているだと………ッ」

 アレスフレイムは増々頭に血が上り、拳をぐっと握り締めた。

「貴様は何も分かっていない! 奴等が帰るまで領地に帰ってろ!!」

 アレスフレイムに怒鳴られ、リリーナは怒りと悲しみで心が溢れ出してしまいそうだった。


『庭も君にとっては大事な家であることは理解しているつもりだからね』


 アレーニの言葉を対比のように思い出してしまう。

 庭に対する愛情を一番に理解してくれていると思っていた人物が微塵にも耳を傾けてくれなくなり、リリーナは涙を溢すのは卑怯だと思って堪え、息を吐いて冷静さを装うことに努めた。

「領地には戻りません。失礼します。転移魔法(テレポート)

 返事を待たずにリリーナは一方的に姿を消したのだった。

 行き場の無い怒りがアレスフレイムに忽ちこみ上げてくる。

「クソォッッ!!!!」

 石でも蹴りたい衝動に駆られたが、足を蹴り上げてみたものの、スッと地に戻したのだった。

 

 


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