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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
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3−1 他国からの来訪者

「よしっ、これくらい貯めておけば大丈夫かしら」


 その日の朝は、普段起きる時間にリリーナは朝の水遣りを終えた。流石に早朝に他国から訪問には来ないだろうと思い、さらに早起きをし、広大な城内敷地の水遣りを終えると裏庭の貯水槽に魔法で並々に聖水を貯めた。友人でありコックのヴィックに髪をキレイに結ってもらうには時間が早過ぎるため、以前のように自身で結った雑なひとつ結びになっている。


 今日からアンセクト国から新国王たちが来訪する。


 世界でも特に魔法が栄えた国であるが故に、リリーナの特別な魔力を察知されるのを避けるためにリリーナは本日から三日間魔法を使用するのが禁止となる。


「よぉ、今日はいつにも増して早起きだな」


 地面に魔法陣が浮かぶとそこから赤髪の第二王子のアレスフレイムが姿を現した。

「おはようございます、アレスフレイム殿下」

 彼の方へ振り向くと、リリーナは丁寧に最敬礼をした。

「今日から奴等が来る」

「覚えております」

「ならば良い。これが先日言ってた貯水槽か」

 アレスフレイムが深緑色の貯水槽に近寄り、縁を撫でる。

「左様でございます」

「入っているのは聖水か?」

「はい」

 彼は手で水を掬うと口に含ませた。

「上手い」

 多忙で疲れ切っているであろうアレスフレイムに聖水を飲んでもらい、リリーナはほっとしながら隣でそっと見つめていた。

「いつでもお飲みください」

「有難い。そうさせてもらおう」

 鳥のさえずりしか聞こえないような朝の静けさ。

 アレスフレイムはリリーナと目が合うと、彼女のライトグリーンの瞳に吸い込まれるように顔を近付かせた。ゆっくりと、そして静かに。


 二人は特別な挨拶を交わした。


 アレスフレイムから少し彼女から離れると、そっと彼女の髪を指に絡ませた。

「またしばらく会えなくなる。アンセクト国の奴等が帰るまではカジュで連絡を取り合うことも念の為やめておこう。だが緊急時は構わず呼べ。わかったな」

「はい」

 アレスフレイムはぽんぽんとリリーナの頭を軽く叩くようにして撫でると

「やっぱりこっちの方が落ち着くな」

 ハッと少し嘲笑った。

 すると、彼はそのまま後ろに下がり、

「必ず守る。安心しろ」

 転移魔法を唱えて姿を消してしまったのだった。


 会える時間が短い。


 以前は郊外へ共に訪問をしたり、朝食を共にしたりと、時に説教をされながらも長い時間を共に過ごせた。

 これが第二王子と会える本来の頻度なのだろう。むしろ単なる庭師が王族と会うには頻度が高過ぎるくらいだ。


 交わした特別な挨拶を思い出すかのように、彼女は目を閉じて唇にそっと指で触れた。


「大丈夫、きっと大丈夫」


 呪文のように自分に言い聞かせ、目を見開くと、しっかりと前を向き、黒い編み上げのブーツで地に足を付け、歩き出すのだった。

 汗を誘うような日照りを送る太陽が山間から昇ろうとし、彼女の瞳に滲んだピンクローズも僅かに煌めこうとしながら。




「そろそろかな」

 正門にてマルスブルーたちが他国からの訪問者を待ち構えていた。

「フン、どうせ時間きっちりに来るだろう。向こうは転移魔法で来やがるのだからな」

 腕組みをしながらアレスフレイムも苛立ちながらも立って待っている。

「新しい国王様はどんな方なのでしょうね」

 スティラフィリーも額から汗を垂らしながらもマルスブルーの隣に立っていた。

 彼等の他にマルスブルーの側近のオスカー、アレスフレイムの側近のノインも控えている。

「彼が王太子の頃に会ったことがあるけれど……自由な感じかな」

「え」

「そうだな、何を企んでいるのか掴みにくい奴だ」

「えっ!?」

 スティラフィリーは王子たちを交互に見て、どんな人なのだろうかと緊張感を増していた。

「寧ろ奴はキレ者だ。正直こちらの手の内をあまり見られたくない」

 アレスフレイムが苛立ちながら言うのをスティラフィリーがじっと見つめると、突然正門の前で大きな円形の魔法陣が輝き出した。門番たちが動揺を見せる中、アレスフレイムは尚も腕組みをしたまま来訪者を待ち構えた。


「やあ、お迎え有難う! 久々に君たちに会えるのを楽しみにしていたよ!」


 中性的な顔立ちでイエローカラーの背中まで伸びたサラサラとした髪を靡かせた長身の男が中心に立ち、彼の左にはスティラフィリーよりも少し幼く、黒髪で髪を頭頂部に一つにお団子にまとめて長いまつ毛とふっくらとした厚みのある唇に目が引く少女、逆に彼の右にはアレスフレイムたちと同い歳程に見える眼鏡をかけて茶髪の短髪で恐らく魔法で超巨大なリュックサックを背負っている青年。以上たったの三名が来訪したのだった。


「アレーニ新国王、お会い出来るのを心よりお待ち申しておりました」

 マルスブルーが一歩前に出て挨拶をするも、

「いいねいいね! 今日は天気も良くて最高の散歩日和だよ!」

 長身の男がステップを踏むように軽やかにマルスブルーの横を通り過ぎ、正門から中へと玉虫色のブーツの踵を鳴らした。彼の片耳には橙色の一輪の花が刺さっていて、まるでキャンプを楽しむ女性のようにも見える。

「あの、アレーニ国王」

 マルスブルーがたじろぎながら声を掛けると、

「おっと失敬!」

 アレーニが彼等の方へ振り返った。

「さあさあ、国王にさっさと形式的な挨拶を済ませてしまおう! ボクは君たちのお父さんはキライなんだ!」

 笑顔で容赦無く無礼なことを言い放ち、マルスブルーたちは言葉を失って何も言えずにいた。場所もわからないだろうにアレーニは一人でズンズンと城の方へと敷地内を歩いていく。


「おい、だったらお前の目的は何だ」


 最高潮に苛立ちながらアレスフレイムがアレーニの背中に全く敬語を使わない言葉を投げると、彼は妙に色気のある笑顔で振り向いた。


「君だよ、アレスフレイム・ロナール。今回のボクの目的は君とオトモダチになることさ」


 ノインが思わず身構え、緊張した顔でアレスフレイムの横に立った。


「ハッ。気色悪い」


 アレスフレイムは尚も腕組みをしたままアレーニの横を通り過ぎて先頭に立った。

「行くぞ。クソ親父はこっちだ」

「待ってください、アレスフレイムさまぁ♡」

 猫なで声を出しながら黒髪の少女が小走りでアレスフレイムの横にやってきて、

「お兄様にも毅然とした態度で振る舞うのが素敵っ! ぜひエスコートしてくださいませっ、アレスフレイムさま!」

 どうやら彼女は国王の妹らしい。存在感のあるまつ毛でバシバシと瞬きして見つめるも、彼は全く見向きもせずに、

「それだけ走れるならエスコートなんぞ要らないだろ」

 やや速歩きでどんどん城へと歩こうとした。


「素敵だなぁ! 益々素敵になったなぁ! 植物の手入れが本当に素晴らしい! なんて楽園なのだろう!!」


 アレスフレイムの背後で両手を広げながらアレーニは回り、敷地内にある木々や草花を目を輝かせながら見ていた。


「庭師が代替わりしたんだね」


 アレスフレイムの歩みがぴたりと止まる。


「前に居た初老のお爺さんもなかなか腕があったけど、今の代の庭師は別格だね! こんなに生き生きと美しい植物を見るのは初めてだよ!」


 アレーニもはしゃいでいたのを止めて、アレスフレイムの背後をくすりと見つめる。


「ぜひ彼女(・・)から技術を学びたいよ」


 アレスフレイムもノインも背筋が凍りついた。

 今の庭師がリリーナであることを知らせていないのは勿論、単なる庭師の性別なども伝えているわけなどない。


「滞在期間中に会ってみたいな!」

 はははっ! と屈託のない笑顔でアレーニが言うと、アレスフレイムも平然を装いながら

「会えたらな」

 ぶっきらぼうに言うと再び先頭で歩き始めた。

「待って〜、アレスフレイムさまぁ!」

 腕を組もうと伸びた少女の手を容赦無く振り解きながら。




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