2−5
その日は窓ガラスに霞むように映った自分の姿を見ながら、白い襟を念入りにピシッと皺を伸ばした。
まだ朝日がほんの少ししか姿を現さない朝、多くの従業員たちが忙しない1日を迎える前にリリーナは足音さえ聞こえる空気の中、裏庭よりも先にある場所へと向かった。
騎士団の宿舎。
二階建てで、副団長以上は一階で個室を設けられ、その他の団員は相部屋で過ごしている。
ノックを静かに鳴らす。
すぐに部屋主が扉を開け、まだ寝間着姿の彼女が出迎える。
「会いたかったわリリーナターシャ。いつか来てくれると信じてた。すぐに着替えるわ」
シャツにロングスカートのエレンと共にリリーナは訓練場へと歩いた。エレンは髪を結ってなく、膝まで伸びたホワイトブロンドの髪は静かに歩いてもゆっさゆっさと揺れている。
「これくらい早いと暑くないわね」
「はい、庭仕事は日照りの下では身が持たないので、いつもこれくらいから起きております」
「健康的ね」
無人の訓練場。歩く度に砂利が擦る音が普段以上に孤独に響く。
「教えて。あの時何が起きたの」
円形の訓練場の中心にエレンとリリーナが向かい合って立ち、僅かな風でも砂利が揺れる音が響く。
「…………先に一つ教えて下さい。どうして私を探さなかったのですか」
リリーナに聞かれるとエレンは片手で髪を耳にかけた。
「最初は正直あなたが何か悪事を働いたと疑ったわ。でも、皆ただ倒れていただけで、資料が盗まれた形跡も無いし、本当に何事もなかったかのようだったのを見て、何か起きたのにあなたが揉み消してくれたのだなと思ったの。だから、あなたが話してくれるまで私は待ち続けることを選んだ」
エレンの返事を聞き、リリーナは軽く息を吐き、そして吸った。そしてそっと胸に手を添えて、
「私の中に古の魔女が宿っております」
「えっ」
リリーナが嘘をつかずに打ち明けると、エレンは眠気を一気に覚ましたかのように目を見開いた。
「私にもまだわかっていないことが多いのですが、恐らく、エレン副団長の前世の人物が魔女に強い恨みを持っていたことにより人格が呼び覚まして私に攻撃を仕掛けてきたのです」
「私が、あなたを?」
エレンに聞かれてリリーナはこくりと頷いた。
「幸い土の壁をエレン副団長が魔法で作ったことで周りには怪我はありませんでしたが、魔法で皆様の記憶を少し消させていただきました」
念の為植物が魔法を使えることは伏せ、リリーナは事態を説明し終えた。
「私の前世の人物はどうなったの?」
「私の魔法で鎮まったと思います。再び襲われたらと怯え、何日か訓練に行くのを避けておりました」
「そう………アレスフレイム殿下もご存知なの?」
「私が魔法を使えたり魔女が棲み着いていることはご存知です。が、今回の件は黙っております。忙しい方なので、負担を掛けるわけにはいきませんから」
「それで庭師のあなたに護身術をなんて言ってきたのね、納得」
エレンは「はぁ」と息を吐くとスッと上を見上げた。
「前世ね……今までも突然前世の人格に襲われたことは?」
「無いです」
「そっか。余程天国に行けなかったのかな」
エレンは再びリリーナへ視線を戻した。
「アレスフレイム殿下の他にもあなたのことを知ってる人はいるの?」
「殿下とノイン様、マルスブルー王太子殿下とオスカー様です」
「陛下には知られていないのね」
「好戦家だと聞きました」
「ええ、あなたの力を知ったら世界を支配しようと無理矢理利用するでしょうね。残虐な手段を選びながら」
「…………」
「リリーナターシャ、騎士団は国と国民を守るために在る。もしあなたが良かったら、私からアンティス団長にだけ話しても良いかしら。あなたを守るために仲間は多い方が良いと思うの」
風がエレンの長い髪を靡かせる。エレンは只々真っ直ぐにリリーナを見つめていた。騎士団副団長の誇り高き瞳で。
リリーナは少し俯いて考え、再び顔を上げるとエレンの瞳と目が合った。
「お願い致します」
リリーナがはっきりとした口調で伝えると、エレンはキリッと微笑み、
「任せなさい。あなたのことも私達が守るわ」
拳を自身の胸に軽く打った。
「そろそろ宿舎に戻るわ。また訓練にいらっしゃい」
訓練場を出ようとエレンはリリーナの前に歩き、
「最後一つ教えて。どうして打ち明けてくれたの。また恨まれるかもしれないのに」
背を向けながらリリーナに問い掛けた。
リリーナは考える間もなく、
「私を探さなかったからです」
落ち着いた声色で背中に答えを届けた。
「勝手ながら私を信頼してくださっていると思ったからです」
リリーナの言葉にエレンはふふっと肩を上げて笑い、
「大正解」
顔を振り返って返事をしたのだった。
お盆休暇ありがとうございました!
また今日から連載再開させていただきます。




