表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
7/198

2−2

 ただでさえ王太子が歩めば皆が注目し平伏すと言うのに、謎の漆黒のつなぎ女も後から付いているのだから通り過ぎる誰もが困惑を隠せずにいた。


 それでもリリーナはただ前を向いて足音をさせずに歩む。


 奇妙だな…………。

 マルスブルーの側近、オスカーが僅かに後ろに振り向きリリーナを見る。


 ロズウェル家の領民の娘だと聞いていたが、王太子殿下と歩むのに全く緊張も喜びも見せず無表情でいる女とは……。服装も去ることながら目を引くが、この態度は非常識なのか肝が座っているのか………。


 切れ長の彼の目は再び主であるマルスブルーに向けるも、下種な噂話をしようとするメイドを見かけると鋭く睨みつけていた。


「おお、これは殿下!」

 王城からアーチ状の門を出ると一面陽に当たって輝かしい庭が広がり、現庭師のホックが腰を痛めながらもふくよかな体を賢明に動かし慌ててやってきた。

 お茶会の時やパーティーに使用するであろう、今は何も無い広い芝生が庭を埋め尽くし、大きな幹の木の下には木製のベンチがある。芝生の背後に花壇があり、見事に色とりどりに咲き誇っている。


 そして奥に………薔薇だろうか、植物で覆われた迷路のようなかたまりがある。


「ホック! 僕らがそっちに行くから待っていてくれ!」

 マルスブルーは手を振って止まるように合図をするも、ホックは殿下に気を遣わせるわけにはいくまいと止まらずに息を切らしながら近付いて来る。


 マルスブルーに続いてオスカーが門を潜り、庭へ出る。

 後ろの女を気にすると、


 リリーナは庭に向かって深く礼をしていた。


 今は口に出してご挨拶が出来ないことをお許し下さい。

 私の名はリリーナターシャ・ロズウェルと申します。

 貴方様の庭へ踏み入れさせていただきます。


 心の中で許しを請うと、ゆっくりと頭を上げて一歩、庭へ足を踏み入れる。

 彼女の視線の先にあるのはマルスブルーやホックではなかった。

 それまでただ真っ直ぐ前を向いて歩いていた彼女は、庭の植物たちを慈しむかのように視線を下げ、庭中の植物たちに視線を合わせるかのようにゆっくりと顔を上下左右に動かしながら歩いている。


「広いか」

 突然オスカーに聞かれ、リリーナはまとめきれなかった髪を耳にかけ、

「ええ、とても」

 と歩きながら返事をした。雑に結ばれたライトグリーンの髪が陽の光を受けながら揺れ、ブラウンのショートウルフカットのオスカーは歩みを止めてリリーナを待つ。


 この女は単に根っからの草花好きなだけなのかもしれない。


 そう思ったオスカーは小声で

「今日以上に特に貴族の娘やメイドの奴らがおまえを目の敵にするだろう。何かあれば頼れ」

 と善意でリリーナにかけたが

「庭の手入れの邪魔さえされなければ気にもなりません」

 あっさりと断られた。


 嘘だろ…?!

 普段穏やかなマルスブルーと違って冷徹な目をしていると恐れられているオスカーが珍しくたじろいだ。


 だが芝生を優しく踏み、リリーナは立ち止まり

「業務妨害されたらさすがにお願いを申し上げさせていただきます。先程も助け船を出していただきありがとうございました」

 そしてゆっくりと少しだけ身体を曲げて礼をする。

「殿下、お手を煩わせて申し訳ございません! オスカー様も」

「初めての登城なら迷って当然だよ。さっき彼女がコックのヴィックをメイドいびりから守ってくれた。素晴らしい後継者を見つけたね」

「ははぁ、恐れ多いです」

 息を切らすホックにマルスブルーは優しく背中を擦った。

「リリーナターシャ、待っていた。さっそく案内をしよう」

「申し訳ございません、ホックさん、靴を履き替えるので少々お待ち下さい」

 とリリーナは言うと肩にかけてあった鞄を置き、麻の袋に入っていた膝下までのゴム長靴を取り出し、編み上げのブーツを脱いで立ったまま履き替えた。ゴム長靴は特注品でファスナーが施され、彼女の脚にピッタリとフィットし、遠目から見たらブーツと変わらない洒落た物だ。

 その横でオスカーが支えようと手をすっと差し出すが、ズボン姿のリリーナは構わず足を上げてバランス良くこなし、脱いだブーツを麻の袋に入れ替えて鞄に仕舞った。


 男三人は目の前で女性が支え無しで立ったまま靴を変え、皆口を半開きにして唖然としていた。


「お待たせ致しました、お願い致します。王太子殿下、オスカー様、お連れいただきありがとうございました」

 何事も無かったかのように淡々とお礼を述べ頭を下げるリリーナに他は「あ、ああ………」としか言えなかった。

 オスカーがいち早くハッとして

「荷物を部屋に運ぶように手配をしておこう」

 とリリーナの荷物を預かった。

「ありがとうございます」

「……………これで全部なのか?」

「左様でございます」

 軽い、あまりにも軽すぎる。

 本当に女性の泊まり込みの荷物なのか。

 顔に出ていたのか

「ドレスや装飾品など入っておりませんので」

 と言われて納得した。

「ではアジュール、ホックの後をよろしく」

 穏やかに微笑むマルスブルーの王子スマイルにも

「畏まりました」

 顔色一つ変えずに応じた。こいつは本当に女なのかと思わずオスカーは疑った。


 マルスブルーとオスカーが去り、ホックとリリーナが頭を下げて見送る。

「新しい風が吹きそうだ」

 再びアーチ状の門に向かって歩きながら空を仰ぎ、マルスブルーが眩しそうに言う。

「そのようですね」

 彼の背後を歩くオスカーは芝を見ながら言う。

「すごいなぁ、ヴィックを助けた彼女、昔学問書で読んだ革命の女神のようだった」

 主は今どのような表情をしているのだろうか。

 羨望を抱いているのか…。

 自己肯定感を下げてしまっているのか…。

「彼女は庭師ですよ」

 どちらの感情でも困る。

 次期王として王妃に相応しい女性と縁を結び、国のリーダーとして自信に満ちて君臨をしていただきたい。


 アレスフレイム様もそれをお望みなのですから。




「よく手入れされていらっしゃいますね。この広さをたったお一人で?」

 広い芝生をリリーナとホックが並んで歩く。

「はは、信じられんが、そうなんだよ。なかなか庭師を志す人間がいなくてな」


「ホックさん一人で頑張ってるんだよ!」


 彼を労う春の若葉たちの声を聞き、この人は庭の植物たちに愛されている、とリリーナは悟った。

 暖かい日差しに心地良い風が肌を撫でる。

 リリーナは鼻で息を存分に吸い、ゆっくりと深く吐いた。

「なんて素晴らしい庭なのかしら」

 まるで立ちながら眠ってしまいそうな程うっとりとしたリリーナを見たホックはふふっと笑い、風に揺られる葉の音を聞きながら

「ワシはな…………ここだけの話だが、この庭にはな、魔法がかかっていると思っている」

 リリーナは黙ってホックを見る。

 リリーナと目を合わせてからホックは庭全体を見渡して

「除草剤を撒いてるわけでもないのに雑草はただの一本も生えない。腰を痛めてどうしても何日間か手入れが出来ない日があっても皆病気もせず枯れもせず美しく咲き誇り続ける。不思議だよ。花の女神の加護を受けていると思わずにはいられない」

 “この庭の主”の力が強大なのだろう。

 私の庭の主がユズの木だったように、庭の植物たちを統べる存在がここにもいるはず。


 きっと、淑女のように清らかで

 神父のように聡明で

 物語の救世主のように神々しくて

 そんな植物が………


「聞いたーーーー!?!? ねぇねぇ聞いた聞いた!? 今聞いたでしょ!? 女神の加護ですって! め・が・み!! 流石ホック爺さんよねぇ!」

「はいはいそうですね、姫様」


 予想以上にお転婆な声が聞こえてきた。


 庭の奥に潜む、薔薇の迷路から。




ご覧いただきありがとうございます。

ご感想や叱咤激励など、どんなに短くても長くてもいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ