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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
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2−1 人々の前世

「ご負担をかけてしまったわ……」


 朝、普段よりもやや遅くに起きたリリーナは、本日開口一番に自己嫌悪を漏らした。

 こっそりカーテンの隙間から差し込む朝日は澄んでいて、今日も日陰を好んで歩いた方が良さそうな予兆を感じる。

 ベッドから起き上がって白い襟付きのシャツと黒いつなぎ服に着替えると、サッとカーテンを開き、全身で朝日を浴びた。

「負担じゃなくて、“甘え”って考えようぜ」

 ひゅるりとカジュの葉が浮かび、リリーナに明るい声でフォローをする。

「どちらにしても良くないわ。甘えるべきは殿下ですもの」

 あちゃ〜、甘えるって意味をわかってないな〜と思いながらもカジュは間もなく部屋を出ようとするリリーナのつなぎの内側のポケットにしゅっと潜り込むのだった。

 今日もリリーナはライトグリーンのリボンを手に持ち、厨房へと歩く。


 水遣りはまずは裏庭。それから中庭、そして他の植物たちの手入れをする。

 一通りの仕事を終えるとすっかり汗だくになるも、シェフのヴィックに結ってもらった髪は乱れを知らない。

 寸胴鍋に残った聖水を飲み、顔を洗うと、そのまま庭から離れた騎士団の訓練場へと真面目に足を運ばせた。


「リリーナターシャ、いらっしゃい」

「エレン副団長、本日もご指導の程よろしくお願い致します」


 用意してあったレイピアを取り、リリーナはエレンの前で丁寧にお辞儀をすると、その美しさにエレンは一瞬心を奪われた。

 が、すぐハッと我に返り、

「筋肉痛はどう?」

 とリリーナに聞いた。

「全くございません」

 本当に強がりでも無く淡々と返事をするリリーナにエレンはまた彼女に感心した。

「では、今日も素振りをしましょう。それから、少し手合わせしようかしら」

「畏まりました」

 エレンに言われ、リリーナは縦振りと突きの素振りを各100回行った。昨日よりも脇が引き締まってさらに姿勢が良くなっている。

「軽く手合わせ出来そう?」

「お願いします」

 単なる庭師相手にしてはハイスピードな指導。けれども、エレンはそれでも付いて来られるリリーナの実力を試さずにはいられなかった。

 エレンはハンカチを心臓付近の胸元の鎧に引っ掛けて、

「今日は足は前後のみの動きとします。私のこのハンカチを外すことが目標です。鎧を着ているので身体に貫通することは無いから遠慮はいらないわ」

 スッとリリーナが片手で剣を構え、エレンもレイピアを片手に構える。


「始め!」


 剣先がカンッと音を立てて重なると、まずはエレンが一歩足を前に踏み込んでリリーナのレイピアに上から振り落とした。リリーナはグッと手首に力を入れて脇を締めて剣の圧力に耐え、一歩下って間合いを取った。


 振り下ろすのか、突きか。


 リリーナはどのようにしたらハンカチを外せるのか悩ませていた。どちらにしても正面突破はすぐに彈かれてしまうだろう。

 守りながら隙が出るのを待つしかない。


「攻めないの!? 守りだけでは相手を倒せないわよ!」

 キンキンと音を響かせながら剣をぶつけ合い、エレンは試しにリリーナが手から剣が落ちてしまいそうな程の強い力でレイピアを振り下ろすと、


 来る………!


 リリーナは反射的に両手でグリップを握り、重たい剣の重力を持ち堪え、上へと弾かせると、エレンの胸の前に隙が生まれ、そのまま胸元のハンカチへと振りかざした。


「嘘だろ…………」


 周りで稽古をしていた騎士たちがざわつきながら予想外の結果に慄いている。

 リリーナのレイピアの先にはハンカチ。エレンも驚きのあまりに目を見開き、二人は息を荒くしながら体制を立て直そうとしている。


 庭師にしておくには惜しい。


 異常な程反射神経に優れている。エレンはリリーナの素質に只々驚かされていた。


「リリーナターシャ、庭師の仕事を蔑んでいるわけではないけれど、庭師にしておくには勿体無い。あなたの実力は国を守るために必要だわ。騎士に転職をしないかしら」

 副団長のエレンからの直々のスカウトに

「断じてお断りします」

 リリーナは速攻で断わった。

 あまりもの呆気ない断り方に

「そっか」

 エレンは訓練場の地面を見て苦笑いをし、再び強気な笑顔を前に見せた。


 間もなく燦々と降り注ぐ日差しが容赦なく暑さをもたらそうとする季節がやってくる。爽やかな太陽の光は訓練場にも溢れ、リリーナのライトグリーンの瞳に少し濁ったピンクローズを鋭く煌めかせた。


 ドクンッッッ!!!


 突如心臓が跳ね返りそうになったのはエレン。


「エレン副団長?」


 彼女の瞳に意識が吸い込まれ、沸々と別の人格が溢れ出した。


 彼女に殺意を抱いた憎しみの塊を。




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