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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
67/198

1−5

 騎士団の護身訓練を終えたリリーナは、勝手口から厨房に入ってコップを取り出して水を注いで裏庭へ行くと、魔法で聖水に変えて飲み、身体を回復させた。


「これで明日は筋肉痛から免れるかしら」


 日が沈み始めると漸く外を出歩いても億劫にならない気温になる。夕風に涼みながらリリーナは裏庭の草の上に座り、紫色に染まった空を眺めた。


『きっとこれから、この身体を求める汚い男たちに幸せを奪われていくわ、あなたも』


 以前フローラが忠告をした言葉。

 もし過去にフローラも男たちに身体を求められていたとしたら………


「怖かっただろうな」


 想像しながらぽつりとリリーナは呟いた。

 そして忠告が現実となれば、そう考えるとリリーナは身震いし、明日も訓練場へ行こうと、サラサラ揺れながら草に見送られてることに目を向ける余裕も無く、一人で従業員棟の宿舎に戻るのだった。




 夕飯を済ませ、水浴びをし、歯磨きを終えて、白いシンプルなワンピースタイプの寝間着に着替えてベッドに潜る。

 ベッドから右手を上に上げて、ぎゅっと握る。彼女はレイピアの重みを思い返していた。


 彼等はあれよりも重い剣を携えているのね。


 そしてどれほどの刃を交えたのだろう。そして、何人もの敵を貫いたのだろう。国を守るために。

 

 そして


 フローラはそんな彼等からも抵抗をしても求められたのかもしれない。


「考えたくもない世界ね………」


 正義が崩れ、理性が消滅し、一人の女性を手に入れようと野蛮化した。フローラが生きた世界がもしそうだとしたら……。


 その晩、リリーナは考え事で眠れずに居た。

 普段はベッドに入れば即落ちする程寝付きが良い。

「リリーナぁ、珍しく眠れていないなぁ」

 心配になってきた人間の手の平ほどの大きさのカジュの葉が小さな机から起き上がってくるりと回りながら浮く。

「ちょっと考え事」

「悩みなら聞くぜ」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

「そっか……」

 断られ、カジュもそれ以上は踏み込めず、再び小机に横になって落ちた。


 だが、すぐにピンッと立ち、

「あっちも漸く会議ってヤツが終わっだみたいだな!」

 と明るい声でリリーナに知らせた。

「アレスフレイムと話すか?」

 リリーナは首を横に振り、

「遅くまでご公務をされていらっしゃったのよ。貴重な睡眠時間を削らせるわけにはいかないわ」

 静かにカジュの提案をまたしても断った。

 リリーナから話したいなんて言ったら、それこそアレスフレイムは疲れも飛ぶのだろうに、とカジュは思ったが言葉には出さなかった。


 再び深夜の静けさが戻る。


 普段は心地良く聞こえる木々が風に揺られる音は不気味さを抱き、虫の音は耳障りに感じた。

 目を閉じるも、自分よりも遥かに力のある男たちの手が一斉に自分に向けられたら、とリリーナは悪い空想に縛られる。

 眠れない。眠りたいと思う程焦りが募って精神的に悪循環となる。


「…………起きてるか?」


 とてもとても小さな声であったが、カジュの葉から確かに聞こえた。

 リリーナは思わず急いで上半身を起こすと、カジュも葉をしゅるりと舞わせて、リリーナの手元に飛んだ。

 彼女はそっと指で葉を掴み、

「起きているわ」

 小さな声で返事をした。

「悪い、起こしたか」

「いいえ、たまたま今日は寝付きが良くないだけです」

「体調でも悪いのか?」

「至って良好です」

「そうか。訓練はどうだったか?」

「今日は素振り100回だけでした」

「やったのか?」

「はい」

「ハッ、すごいな。筋肉痛で眠れないのか」

「聖水を飲んだので平気です」

「そうか」

「あ、スティラフィリー様のご好意に甘えて貯水槽を裏庭にご用意していただくことになりました。到着次第聖水を貯めておくので殿下もいつでもご利用下さい」

「有り難う、覚えておく」

「…………訓練を初めて受けたのを気にかけて、声をかけ下さったのですか?」

「いや………声が聞きたかっただけだ」

「……………っ」


 身体が、心がむず痒い。

 何故だろう、声を聞けただけでも有り難いはずなのに、


 なのに、


「会いたい…………」


 咄嗟に出てしまった単なる庭師の呟きに、リリーナはハッと口元を抑えて、

「違うのです、忘れて下さい。お休みなさってください」

 慌ててカジュの葉に話しかけて誤魔化そうとした。

 が、間もなく室内の床が魔法陣で光り輝き、


「アレスフレイム殿下…………っ」


 紺色のバスローブ姿で彼は現れると、無言でリリーナをぎゅっと強く抱き締めた。


 リリーナは申し訳無い想いの波が一気に寄せたが、それが去ると、安堵感、そして何かで胸が一杯になりそうになった。


 ゆっくりと彼女の手が彼の大きな背中を包む。


 彼女からも抱かれ、アレスフレイムはいよいよ彼女と一番近い関係を築こうと少しずつ体重をベッドへと掛けようとしたところ、


「不安………なんです…………」


 彼女の一言にぎょっとし、思わず少し離れて彼女の顔を見ると、弱々しい表情に陥っていることに気が付いた。

「不安?」

「フローラのこと。漠然とした不安感で眠れなくて…ごめんなさい、殿下のお手を煩わせたくないのですが」

「構わないと言っただろう。いつでも呼べ。悩みを抱えるのは一人よりも二人の方が荷が軽くなる」

 今度はアレスフレイムは優しく包み込むように抱き、ぽんぽんとリリーナの頭を軽く叩く。

「安心しろ。寝るまで側に居る。大丈夫だ、大丈夫」

「アレ…ス……………」

 初めて彼女から愛称で呼ばれ、アレスフレイムの胸は高まる。彼女を見ると瞳は閉じていて、肩をそっと掴んで唇を近付けると、


 ガクッと彼女の頭が後ろに下がった。


「嘘だろ……………っ!?」


 すーすーと安らかな寝息が聞こえる。

 ひとまずそっと彼女の上半身をゆっくりとベッドに倒してやり、掛け布団を掛けてやった。


 安心して眠って欲しいとは思った。思ったけど、思ったけど、早すぎるだろ………………ッッ!!!!!


 アレスフレイムは「チッ」と舌打ちをすると、眠るリリーナに顔を近付かせ、そっと唇を重ねると、リリーナの下唇と上唇をそれぞれリップ音を弾かせながら軽く唇で挟み、普段よりも情の熱い口吻をし、せめてものお預け状態を解消した。


「生殺しだな」


 この程度で留めてやった自分を褒めてやりたいと思いながらアレスフレイムは魔法で自室へと戻るのだった。




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