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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
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1−3

「うーん♪ 今日も美味ね〜♡」


 聖水を根から吸い上げているのは、中庭の主、白薔薇姫。彼女は小屋ほどの大きさの薔薇の迷宮の中に密かに君臨し、花弁も茎も棘も葉も玉のように真っ白く美しい姿で、人間ならば花冠で飾った誰もが目を奪われる姫君だっただろう。


「アレスくんも美味しそうにしてたわねぇ。ちょっと彼最近働き過ぎだから、また以前みたいに目の下隈男になりそうね」

「スティラフィリー様に貯水槽を用意していただくよう頼みました。彼もいつでも飲めるようになりますし」

「あらぁ……愛かしら」

「愛? 労りですね」


 裏庭の主のカブや他の植物たちとは違い、白薔薇姫はリリーナに恋を勧めてくる。だが、リリーナの辞書には恋愛に関する単語が全く無く、いつも白薔薇姫は面白がって突っ込んでも空振りをしてしまう。


「騎士団の訓練場ってどこなのかしら」

「今日から早速稽古なのね! 案内するわ」


 稽古? と思ったが、リリーナはアレスフレイムに呼ばれていたため、白薔薇姫の案内の元、王城敷地内の騎士団訓練場へと初めて出向くのだった。

 リリーナは日照りを避けてなるべく日陰を歩こうとするも、広大な敷地はほとんどが日当であり、歩くだけでも運動をしたかのような汗が流れ落ちてきた。




 訓練場に着くと騎士たちが一斉にリリーナに注目をした。

 リリーナは表向きは単なる庭師、騎士団の訓練とは無縁のはずの彼女が来たのだから怪訝そうに見られるのは当然。

「何だよ、魔女が来た」

「俺初めて見た。本当に黒のつなぎ履いているんだな」

 来たのは良いけれど、どうすれば良いのよ。

 とリリーナがアレスフレイムを目で探すが見当たらなく、仕方無しに近くの騎士らしき男に声を掛けようとしたところ、

「リリーナターシャ・アジュールか」

 黒髪を頭頂部で結って肩の下辺りまで髪を垂れ下げている長身の男が声を掛けて近寄ってきた。

「左様でございます。アレスフレイム殿下の命でこちらに参りました」

 男に礼をすると、

「騎士団団長のアンティス・クレールダイヤだ」

 水色の瞳がリリーナのライトグリーンと滲んだピンクの瞳をじっと捕らえた。

 アンティス……以前アレスフレイムが言っていた信頼の置ける人物だ、とリリーナは思い返していた。好戦家の国王陛下に気づかれぬ様、ゲルー大国の企みから自国と隣接するレジウム国を守ろうと隠密に動いている人物の一人である。

「付いてきてくれ」

 アンティスに言われ、リリーナは訓練場の奥の方へと彼の背中に付いて歩く。屋外の円形の闘技場のような場所で、多くの騎士たちが二人一組で剣を合わせていた。

「エレン」

 その中に一人だけ女性が居て、アンティスが声をかけると急いで振り向き、高い頭頂部で一つに纏めた腰まで長く伸びるホワイトブロンドの髪を靡かせ、小走りで近付いて来る。

「彼女が副団長のエレン・ドラバイト。君の訓練を担当する」

「はじめまして。私はエレン・ドラバイト、よろしくね」

 女性ながらも副団長に相応しい鍛えられた手を差し出され、リリーナも反射的に彼女の手を握った。だが、

「訓練とは何のことでしょう……」

 全く予想もしていなかったリリーナの言葉にアンティスとエレンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を同時にする。

「…………殿下は何も言っていないのか」

「1番お忙しい方ですからね。強引な性格も相まって無理も無いわ」

 彼らがため息をついていると、リリーナの横に魔法陣が浮かび、苛々したアレスフレイムが姿を現した。

「誰が強引な性格だ」

「あら、聞こえてしまいましたか」

 苛々するアレスフレイムにも全く臆することないアンティスとエレン。流石騎士団団長と副団長と言うべきか。他の騎士たちは国の英雄のアレスフレイムが登場しただけで、緊張した面持ちだ。

 かくいうリリーナはというと、

「訓練だなんて聞いていないわ」

 憮然とした態度で接している。

「ハッ、言えば貴様のことだから適当な理由を付けてサボっただろう」

「…………確かに」

 嘲笑うアレスフレイムにリリーナは悔しそうに認める。

「護身術を学べ。いざというときのために身に着けておいて損は無い」

「庭師の彼女に護身術だなんて必要でしょうか?」

 エレンがため息交じりで聞くと

「俺が不要なことに時間を割かせると思うか?」

 嘲笑いながらも目は笑っていないアレスフレイムの視線にエレンはビクッと震えた。

「仰せのままに。必ず習得させます」

 エレンが胸に手を添えて頭を下げるとアレスフレイムは「フンッ」と鼻を鳴らし、

「エレンの多忙の時は訓練は中止で良い。他の男には相手にさせるな」

 彼らに真顔で忠告をした。アンティスとエレンはそれこそさらに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると、

「今日もリボンで結ってくれているんだな」

 アレスフレイムは彼らの反応なんて知らずにリリーナの髪を結ぶライトグリーンのリボンにそっと触れた。以前、彼女への贈り物の箱の包装に使った想い入れのリボンを。

「自分だと上手く出来ないのでヴィックにやってもらってます」

 他の男の名を彼女の口から聞き、アレスフレイムは一瞬眉をぴくりと動かすが、あのコックは中身は女だから女と見なそう、と自身を落ち着かせ、

「フン、不器用たな」

「なっ!」

 つい意地悪を言い放つと、リリーナの肩をぐっと掴んで耳に口元を近付かせ、

「魔法が使えない時の護身のためだ。真面目に習得しろよ」

 彼女にしか届かない程のささやき声で忠告した。リリーナも唇をきゅっと閉じて彼の言葉の真意を理解した。


 魔力が強い訪問者が来た際や他国で身の危険があっても強大な魔法を使わずに身を護る必要があるから。

 そしてもう一つ、フローラの扉の空間で魔法が発動出来ないから。


「しばらく調査に出向いたり城を突発的に抜けることが続く。何かあれば」

「すぐ逃げますわ。私のことはご心配なさらずに、殿下も休息が取れる時に出来る限り休まれてください」

 フッとアレスフレイムは一瞬微笑むと、リボンの端にそっと口吻をし、それからリリーナの額にも僅かにリップ音をはせながら口吻をした。

 その場に居た全員が幻でも見ているのかと硬直状態になっている。

 アレスフレイムは満足そうに唇を離してリリーナを愛おしそうに見つめた。

 当のリリーナはというと、顔を赤らめたり、トロンと蕩けるような素振りも無く、

「今日は特別な挨拶はしませんの?」

 無自覚に強烈な爆弾を打ち上げるのだった。

「馬鹿! アレは人前ではしないと言っただろう!」

「あ、そうでしたね」

 アレスフレイムだけが顔を真っ赤に染め、自覚出来るほど熱くなってるとなれば、彼は手で顔を隠し、

「真面目に訓練しろよ! わかったな!」

 逃げるように「転移魔法(テレポート)」を唱えてその場から消えたのだった。

 誰もが顔を赤くしたのだが、肝心のリリーナだけが平然としている。


「リリーナターシャ、殿下との間に愛があるの?」


 赤くなったエレンが堪らず聞くと、リリーナは


「愛では無く、労りです」


 今朝白薔薇姫にも同じ事を聞かれたわ、と思いながら深く考えずに答える。誰もがアレスフレイムに内心同情をしたのだった。




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