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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第三章 蟲の楽園からの来訪者
64/198

1−2

「あの、リリーナターシャ」


 リリーナが裏庭で考え込んでいると、遠慮がちに呼ぶ声がした。


 振り返ると立っていたのは、ブラウンのウェーブの髪を靡かせる美しきスティラフィリー・ロナール。三大貴族のクリエット家出身で、先日第一王子のマルスブルーと婚姻したばかりだ。

 今日はいつもの迷惑侍女のレベッカが付いていない。


「おはようございます、王太子妃殿下」

 リリーナが最敬礼で挨拶をすると、

「そんな畏まらないで。とても遅れてしまったけれど、お礼を言いに来たのですから」

「お礼?」

 スティラフィリーからの申し出にリリーナは眉をぴくりと動かす。


 スティラフィリーは命の危険にまで及ぶ重傷を負ったことがある。それを治癒したのはリリーナと植物による魔法。だが、リリーナが強力な魔法を使えることは秘密であり、スティラフィリーにも黙っておくようにとその場に居合わせたメンバーと合意したつもりではあったが。

「マルス様にかなり無理を言って教えていただいたの。誰が私の命を救ってくれたのか」

 すると今度はスティラフィリーが両手を重ねてゆっくりと背中を曲げて最敬礼をし、

「ありがとうございました。おかげで今もこうして生きていられているわ」

「王太子妃殿下、頭をお上げください」

 リリーナに促されるもまだ少し頭を下げ続け、やがてゆっくりと起き上がった。

「妃殿下はあの時、王太子を身を挺して守られた。咄嗟に簡単に出来ることではございません。怪我の治癒よりも勇気が必要ですわ」

 真っ直ぐに自分の行動をリリーナに認められ、

「ふふ、初めてあなたに褒められたわね」

 スティラフィリーはほんの少し潤ませて微笑んだ。

「今までの数々の非礼、本当に申し訳無いわ。レベッカや他の侍女たちに何も言えなくて……」

 本当ですね、とリリーナは言いかけたが、

「スティラフィリー様は本当に変わられた、と城下町でも耳にします。それで十分です」

「リリーナターシャ………」

 本当に以前に比べて王太子妃らしい風格へと成長したスティラフィリーを褒め称え、過去を水に流すことにした。


「あの、今日レベッカを連れて来なかったのは、もう一つ、聞きたいことがあって」


 突然の話題が変わり、風向きも変わる。


「どうして庭師をしているの? ロズウェルの名を伏せて」


 リリーナは表向きはリリーナターシャ・アジュール、ロズウェル家の領地の娘としている。だが真の名はリリーナターシャ・ロズウェル、三大貴族のロズウェル家の長女である。

 スティラフィリーに気付かれていたことに驚きもあったが、三大貴族同士で屋敷に来訪などしていれば顔を知られていても可笑しくはない、と納得もしていた。

「ロズウェルの名を伏せるのは、名家の令嬢が働けば稀有の目で見られたり、止められたりする恐れがあったからです」

 隠すことなどせず、簡潔に正直に述べる。リリーナの答えにスティラフィリーも頷いて耳を傾ける。

「庭師をするのは、家で土いじりをしていた実力を試したかったから、だと思います。たまたま城下町で前任のホックさんに声をかけていただいたのがきっかけで」

「そうでしたの」

 スティラフィリーはリリーナが勘当でもされたのかと密かに心配していたのもあり、ほっとしている。


「ねぇ、リリーナターシャ、私、あなたとお友達になりたいの」


 裏庭の熱の無い風が二人の令嬢の髪を涼しく撫でる。リリーナはこのようなことは初めて言われたので、それこそ魔法のことや家のことを指摘されるよりもうんと衝撃的だった。風がサラサラと草を鳴らす音だけがして、リリーナは返答の言葉は出ずにいる。

「あなたがロズウェルを隠したいから、表向きはこんなに馴れ馴れしくしないわ。ただ、二人きりの時とか、色々相談事とかあなたともっとお話しがしたいの」

「…………」

「ダメ、かしら…………」


 首を少し横に傾けて切なそうな顔を浮かべるスティラフィリーだが、一方リリーナはというと、


 閃いた。


「早速友達の頼み事を聞いてもらえるかしら」

「え、ええ! もちろんよ!」

 友達関係を結ぶ了承を得たとスティラフィリーは喜び半分、頼み事って何!? と不安半分でいる。

 リリーナは両手を広げて説明を始めた。

「ご実家のクリエットの領地の職人に作ってもらいたいものがあるの。これくらいの大きな貯水槽が欲しいわ。出来たら1週間以内に」

「ええっ!? 1週間以内!?」

「既製品でも勿論構わないわ。来週アンセクト国から訪問に来るみたいで、その時に魔法禁止にされてるから聖水が作れなくてどうしようかと悩んでいたところだったのよ。ああ良かった、クリエットの領地の物なら絶対に良い品だろうから安心して大量の聖水を貯めておける!」

 庭仕事のことになると途端に目を輝かせるものだから、スティラフィリーはそれ以上何も言えず、

「…………わかったわ」

 以前の“どっちつかず”の姿に一瞬だけ戻るのだった。




 彼女たちが5歳の頃。


 ロズウェル家にクリエット夫妻と愛娘が訪問したことがある。

「まぁ! お庭がとってもキレイ!」

 生き生きと美しく咲き誇る花々を見て幼いスティラフィリーは目が庭に釘付けとなった。

「君と同い年の子が育てているんだよ」

 私と同じ歳でこんなに素敵な庭が作れちゃうの!? まるで魔法みたい!

 スティラフィリーは興奮しながら、

「お父様、お母様! ちょっと見ていきますわ!」

 ドレスを少し持ち上げて走って行くのだった。あとから慌てたレベッカが追いかける。


「このお花初めて見るわ! お花の冠にしたらきっとキレイね」

 花壇の前にしゃがむとスティラフィリーは指先を茎へと伸ばした。


 やめて! 切らないで!

 怖い!

 お願い、助けて!!


「誰の許可を得て摘もうとしているの?」


 静かな怒りが込められた声が背中から刺さり、スティラフィリーはおずおずと振り返ると、ライトグリーンの短い髪に白いシャツに黒いズボンの子どもが立っていた。

「あの、お花がキレイだったから………」

「美しいからという理由であなたの首が巨人にもぎ取られても良いの?」

 例え話が恐ろしすぎて、スティラフィリーは涙目になり、レベッカは憤慨した。

「花を少しくらい摘んだって良いじゃないの! 涼しい顔して恐ろしいことを話すなんて気味が悪い子どもだわ! お嬢様、行きましょう」

 レベッカに肩を押されながらスティラフィリーはうるうるとしながら庭を去って行ったのだった。




「本当に、あなたは庭を愛しているのね、昔から」


 スティラフィリーは幼少期を思い出してふっと笑い、

「1週間以内ね、約束をするわ」

 すぐに実家に依頼をしようと裏庭を速歩きで去る後ろ姿は、背筋を美しく伸ばして国を歩く王太子妃の風格を堂々と放っていた。

 



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