1−1 魔法禁止令
庭師の朝は早い。
朝日が昇るのとほぼ同刻に起床し、リリーナは白い襟付きのシャツに黒のつなぎに着替えた。
厨房で朝食を取り、水を汲むと勝手口を出て曲がるとすぐ裏庭に着き、
「おはようございます、カブ」
「うむ」
白銀の樹齢3000年の切り株に美しく最敬礼をした。
切り株はリリーナからカブと呼ばれている。裏庭の主で、リリーナから声をかけても返事は一言のみ。人間の姿ならば威厳のあるシルバーの長髪の仙人のような風格であろう。
水の入った寸胴鍋に彼女の髪色と同じライトグリーンのジョウロを沈めて手をかざし、
「聖水生成」
と唱えると、水面が一瞬輝き、その後元の水の色に戻った。魔法で聖水を作って水撒きをするのが王城庭師リリーナの日課である。
無人の裏庭でジョウロを使って水撒きをし、草木に異常が無いか確かめると、突然裏庭の中心に魔法陣が浮かび上がった。
あら、今日は朝から何かしら。
特に警戒もせずにじっと魔法陣を見つめると、この国の第二王子、赤髪のアレスフレイムが姿を現した。
「おはようございます、殿下」
ジョウロを持ったまま挨拶をするも、
「重要な知らせがある」
多忙なのであろう、彼は少し早口にリリーナに切り出した。
「一週間後にアンセクト国から新国王らが来訪する。世界でも特に魔法が栄えている国だ、転移魔法を使って来やがる。その際は一切リリーナは魔法を使うな、奴らに気付かれると厄介だ」
「滞在期間は?」
「三日間と向こうから希望が出ている。要件を済ませたらさっさと帰らせるつもりだがな」
面倒くさい、と互いに顔に滲ませる。アンセクト国は反戦争国。そんなに警戒する必要も無いかもしれないが、リリーナはアレスフレイムの忠告を守ることにした。
「畏まりました。知らせにお越しいただいてありがとうございます」
「それ、聖水か」
彼が寸胴鍋に視線を下ろしたので
「はい」
リリーナが返事をすると、アレスフレイムは片膝を立ててしゃがみ、
「悪い、少し飲んでも良いか」
「勿論。今厨房からコップをすぐ借りて来ますわ」
「手で飲むからいい」
両手で水を掬って聖水を口に運んだ。
「上手い」
微かに呟くと、またすぐに立ち上がって手で口元を拭い、
「それと、今日の庭仕事が終わり次第、騎士団の訓練場に来い」
「え、何故でしょうか」
「来てから説明する」
強引だなぁとリリーナは思いつつ、でも彼のことだから何か自分か国の為への提案だとは考えられるので断ろうとはしなかった。
「畏まりました」
日陰でそよぐ涼しい風がリリーナの後頭部に結ばれたふわっとしたライトグリーンの髪を靡かせる。
彼女の髪と同じ色のリボンと共に。
アレスフレイムは自分が贈った物を身に付けている彼女を見てさも自分のモノにでもなってくれたかのような甘い錯覚に陥りそうになるが(陥った経験済)、目の前に居る彼女はキス自体も知らない恋愛に超無頓着女だと思い出せば冷静さを取り戻すのだった。ライトグリーンのリボンで結ぶのも、彼からぐしゃぐしゃに髪を撫でられる防御策であって、特別な意味が無いことも彼は既に分かってはいる。が、この歳で初めて彼の中で灯した何かは、時折拗らせることもある。
「じゃあな」
アレスフレイムたった一言別れの挨拶を言うと、「転移魔法」と唱えてあっという間に姿を消すのだった。
忙しそうね、倒れなければ良いのだけれど。
ふぅとリリーナは息を吐き、寸胴鍋に残った聖水を見つめた。
「一週間後には三日間魔法禁止……」
三日間雨が振らなければ水撒きは必須。ここのところ矢鱈日差しがきつい日が突如訪れる日もある。単なる水でも勿論植物たちに水やりは可能だが、聖水を与えたいのが彼女なりのこだわりでもあった。
はて、どうしようか。
リリーナは口元に指を添えて城の陰の裏庭でぽつんと俯きながら考えた。
女性がズボンを履かないこの国では、彼女のつなぎ姿は魔女と揶揄されるが、悩む姿も背筋を伸ばして美しく立つ姿は、隠れ令嬢であることを物語っていた。
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第三章の幕開けです。
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